第163話 なにしてるの?
新しい車は候補を絞り込んだ上で試乗して比較検討した結果、やはりコンパクトSUVを購入することとなった。
でかい車はキャンピングカーで充分ってね。
ただ、コンパクトとなっているものの大きさはそこそこある。
「そんなにコンパクトじゃなかったね」
「SUVにしてはという意味だろう。試乗した中では小さい部類だったじゃないか」
英花の認識が正しいと思う。
「なんにせよ、買い出しに行くのに不足がないのは確認できたし問題ないだろ」
ディーラーで購入した帰りにスーパーとホームセンターに寄ってきたのだ。
ちなみに即納できるという理由で試乗車を購入した。
たまたま新型が出たことで試乗車を入れ替えるタイミングだったおかげである。
新型との差で気になる部分もなかったし、待たされずに買えた上にかなり値引きもしてもらったのでラッキーな買い物となった。
「そうだけど練習は必要かなー。乗車感覚がキャンピングカーとも軽自動車とも違うし」
確かに真利の言う通り慣れは必要だろう。
「今日は割れ物を積んでいるから無理だが不整地にも行っておきたいな」
「あー、ぶっつけ本番は嫌だよねー」
「それだけではないだろう。涼成は改造のためのデータを欲しているのだと思うぞ」
「まあね。引っくり返りたくはないからさ」
「えーっ、何処を走るつもりなのぉ?」
真利が目を丸くさせてしまっている。
「冗談だ」
「なんだー」
たわいない話をしている間に家の近くまで戻ってきた。
隠れ里の民たちの居住区の近くを通りかかると公園でエルフたちが何か作業しているのが見えた。
魔道具職人たちのようだ。
「何してるのかなー」
「さあ、わからんな」
公園とはいえ街を譲り受けたことで私有地扱いになっているから禁則事項など無いに等しい訳だし。
「気になるなら車を止めて聞いてみればいいではないか」
「そうするか」
という訳で公園の近くで停車して公園内で作業らしきことをしている隠れ里の民たちに近づく。
「おーい、何してるんだ?」
「「「「「御屋形様!」」」」」
作業の手を止めた隠れ里の民たちが最敬礼で出迎えてくれた。
「そこまでかしこまらないでくれよ。ちょっと気になったから声をかけただけなんだし」
「何か粗相をしていたでしょうか」
隠れ里の民の1人であるエルフの男がおずおずと尋ねてきた。
「いいや。見慣れない作業をしていたから何してるのかなーって感じで寄らせてもらっただけだ」
「そうでしたか」
安堵して胸をなで下ろす質問者。
どうやらこの彼が、この場における責任者のようだ。
「これを魔石でも動くように作り替えて実験するところでした」
掌にのせられたそれは子供の頃に夢中になって遊んだ玩具であった。
色々なパーツをカスタムして壁で仕切られたコースを走ってタイムを競う電動ミニカーのミニ全駆だ。
「ミニ全駆か。懐かしいなぁ」
あの頃は本気でミニ全駆ニッポンカップの頂点を目指していた。
ニッポンカップはミニ全駆を世に送り出したミヤタの公認競技会でミニ全駆のレースとしては最大規模のものである。
夏休みが近づくとワクワクしたものだ。
雑魚すぎて地方予選で敗退するのがお決まりのコースだったけどね。
「男子の間で流行ってたよね」
真利も懐かしそうにしながら話しかけてきた。
「ああ」
「最近は大人の間で流行ってるみたいだよ」
「なに、本当か?」
「こんなことでウソついてどうするのー」
「ルール無用NCNCチャレンジというのがネット動画でいくつも流れてるよ」
詳しく話を聞いてみると、ミニ全駆のレギュレーションを無視して最速を競うミヤタ非公認競技のようだ。
ネット動画のネタとしてアップロードされたのが始まりらしい。
「我々もそれを見て面白そうだと思って、これを始めたのです」
見れば公園内に木製のコースが作られている。
先程見かけた作業は、これの設置を行っているところだったみたいだ。
「その割にはコースが縦横無尽な感じだよ?」
NCNCチャレンジは普通の家庭でも設置できるサイズのコースでやるものらしい。
ルール無用を謳う競技の中で唯一の共通項がニッポンカップ認定サーキットを使用するというものだ。
NCNCチャレンジという名称も、この3連の周回コースが由来になっているのだとか。
これをすべて走るために高架があるのがポイントで、ここを走る際にコースアウトしやすくなるため攻略の鍵となると言われているそうだ。
「NCNCチャレンジは、この実験が成功してから挑戦します!」
なんだか隠れ里の民たちの鼻息が荒いんですけど。
まあ、こちらの世界の文化に馴染んでいると思えば喜ばしいことではあるかな。
それにNCNCチャレンジでも魔道具のアピールができれば良い宣伝になるかもしれない。
魔法や魔道具の動画配信も好評だけど、それだけに注文が大幅に減ってるんだよね。
それだけ冒険者たちの間に魔道具の職人が増えているということだから当初の目論見通りではあるんだけど。
ここらで何か一歩踏み込んだ魔道具の開発をした方がいいのかもしれないね。
「ふむ、面白そうだな」
意外にもそれまで傍観姿勢だった英花が興味を示した。
「NCNCチャレンジに参加するのか?」
「いや、そこまではしないが」
英花が苦笑する。
「こういう子供が喜びそうな娯楽品を魔道具のラインナップに加えれば販路が拡大しそうじゃないか」
「すぐに真似されるだろうけどな」
「御屋形様、そこは抜かりありません」
自信たっぷりにリーダーのエルフが言った。
「そんなこともあろうかと実験用に用意したのは簡単には真似のできない究極のマシンです」
「究極のマシン?」
「はい。ここを御覧ください」
そう言ってミニ全駆のホイール部分を指差した。
「何だ、こりゃ?」
よく見るとホイールとシャフトがつながっていないのだ。
車体が浮いている格好になっているにもかかわらずホイールが脱落する様子はなかった。
魔道具でなければあり得ないことである。
「こんな浮いた状態だとモーターの動力が大幅にロスしそうだけどな」
「いいえ、ロスはゼロです」
「どういうこと?」
俺が問うとエルフはミニ全駆のボディを外した。
内部構造がむき出しになったところで目が点になる。
「モーターがないぞ!?」
魔石を使うということでバッテリーがないことは予想していたが、あまりにも意外だった。
モーターだけでなく、それに付随するシャフトやギアも存在しない。
シャーシがスカスカ状態で寂しいことになっているのはミニ全駆に慣れ親しんだ身としては違和感を禁じ得ない。
ある意味、究極ではあるけどね。
「スゴいね。これで走っちゃうんだ」
「速いですよ」
答えたエルフだけでなく他の隠れ里の民たちまでもが鼻高々のドヤ顔である。
「つまり、ホイールがモーターとして機能するんだな」
英花がそんな推理をした。
それ以外は考えようがないのだけど、そう結論づけるのには抵抗があった。
ホイールの見た目はモーターらしさがまるでないからね。
けれど、従来の常識を無視して魔道具として考えればあり得る話か。
「そういうことです」
「なるほどね。これなら軽量化も簡単だよな」
「それだけではありませんよ。ホイールが浮いていることで衝撃を吸収して跳ねません」
高架の上を走行した時に車体が浮いてしまうが着地時に跳ねるとタイムロスとなる。
「同様に曲がる際にもコースアウトを避けることができます」
自信満々に説明してくれるけど実験と言っていたから試走するのはこれからだろう。
要するに理論上の話である。
上手くいくかは走らせてみないとね。
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