第164話 試走してみた
机上の空論とはよく言ったものだ。
魔道具化させたミニ全駆の試走は完走できなかったからだ。
まず、大きな起伏でジャンプするとそのままコースアウト。
これは何度繰り返しても同じ結果となった。
「なんということだ……」
エルフたちはショックを受けている。
「軽すぎるのが問題だな」
「いくら着地の衝撃を吸収できても、そのまま飛んでいったんじゃなぁ」
「面目次第もありません」
エルフたちは相当ショックだったようで試走前のドヤ顔は完全に鳴りを潜めている。
「試走なんて失敗するのが当たり前だろ。要はデータを集めて次に生かす姿勢が大事だと思うぞ」
そんな風に慰めただけでエルフたちは復活して気を取り直した。
「御屋形様の仰るとおりだ!」
「やはり御屋形様はスゴい」
「だから、そういうのはいいって。勘弁してくれ」
敵視されるよりはずっといいんだけど、居心地が悪いのも事実である。
「とにかく問題がひとつ出たんだから他にも出てくるかもしれないよ」
「おおっ、そうですな。ここはコースを組み替えて実験を続けるとしましょう」
リーダー格のエルフが言った直後から隠れ里の民たちが動き始め長めの勾配は取り除かれた。
その分コースは短縮された訳だが、それでもまだまだ長い。
「じゃあ、行きます」
究極のマシンを回収していたエルフがコースへ復帰させる。
次に問題が出たのは上り坂の直後にある直角コーナーだった。
コーナーに入った瞬間、スピンするように回転しながらコースアウトしたのだ。
「「「「「ギャ──────────ッ!!」」」」」
エルフたちの悲鳴が周囲に木霊する。
近所迷惑だ。
「もうちょっと静かにな」
「もっ、申し訳ございません、御屋形様!」
動揺が激しいようで謝る声も無駄にデカくなっていた。
「はい、これ」
俺たちが話している間に真利が究極のマシンを回収してくれたようだ。
「ありがとうございます、奥方様」
妙な誤解をされているな。
一緒に住んでいるから、そんな風に思われたのだろうけど。
俺たちからすると男女の浮いた感覚はまるでなくて相棒という意識が強い。
「えっ、ちっ違うよ。結婚なんてしてないよっ」
案の定、真利も慌てて否定している。
「では──」
言いながらエルフは英花の方を見た。
「私も結婚はしていないな。涼成は相棒ではあるが」
泡を食った真利に対して英花は落ち着いている。
人生経験の差が出たかな。
「皆が気にすべきはそこじゃないだろ。ミニ全駆が回転しながら飛んでいった問題を解決しないとダメなんじゃないか」
俺が指摘してようやくエルフたちは我に返った。
彼らの言う究極のマシンが一度ならず二度までもコースアウトしたことは相当にショックだったようだ。
「仰るとおりですが予想外すぎて何がなにやら……」
「そんなことはないだろう。この結果は充分予測し得たと思うがな」
「ええっ」
英花の指摘にエルフたちは目を見開いて驚いている。
「このミニ全駆はフロントにバンパーがないだろう。それが原因だ」
そのせいでタイヤが壁面に直接当たる構造になっていた。
衝撃吸収のため、わざとそうしたんだろうけど裏目に出た訳だ。
外側のタイヤが当たってダンパーの役割を果たした結果、車で言えば外側にハンドルを切ったような状態になったものと考えられる。
曲がる方向と逆に進もうとするのだからコースアウトするのも当然というもの。
「なんということだ」
隠れ里の民たちは追い打ちで再びショックを受けている。
特に自信を持っていた部分が原因でまさかのコースアウトだからなぁ。
「ステーはつけた方がいいだろうな」
「そうするしかないようです」
ショボーンと落ち込んだままエルフは返事をした。
「たぶん速くなるよ」
「どういうことですか!?」
真利の発言に隠れ里の民たちが驚きをあらわにする。
「だって今のままだと衝撃を吸収するだけじゃなくて逆側へ進もうとする格好になるだろ」
「「「「「あっ」」」」」
今頃、気付いたようだ。
ミニ全駆は見ているだけで遊んだことのない真利にもわかったことに気付けなかったのは、ひとえに経験の不足だろう。
今までミニカーも車も見たことすらなく動画を見て初めて興味を持った訳だし。
ただ、エルフの魔道具職人たちは細工物も得意なようだ。
タブレットでミニ全駆のパーツの写真を確認してローラー付きでサクッと自作した。
木製なので普通なら強度不足が気になるところだけど、そこは魔道具職人。
強靭化の術式を刻み込んで問題ないレベルに仕上げている。
さっそく走らせてみたがコースアウトすることなく走るようになった。
ただし、スピードは落ちている。
「何故だ!?」
「重くなったからか」
「いや、ここまで遅くなるのはおかしい」
確かにね。
今にも止まりそうだし。
隠れ里の民たちは深刻な面持ちで考え込んでいる。
原因がわからないようだ。
俺たちからすると「え、マジで?」と聞きたくなるくらい単純な理由なんだが。
「本気で言ってるのか?」
英花が困惑しながら問うた。
「原因がわかるのですか?」
「魔力切れに決まっているだろう。軽量化のために魔石を切り分けて小さくしたのは誰だ?」
その問いかけは気付かない方がどうかしていると言っているように聞こえた。
「「「「「あ……」」」」」
指摘されて気付くと、ばつが悪そうな顔で小さくなっていく。
不具合の中でも魔力切れなど魔道具職人からすれば真っ先に気付くべきことだからね。
弘法も筆の誤りといったところか。
「こ、交換するぞ」
完全に止まってしまった究極のマシンを開いて魔力の亡くなった魔石を取り出しチャージ済みのものと交換する。
再び走らせようとしていたのだが。
「ちょっと待て」
英花が呼び止めた。
「何でしょうか?」
「その魔石の魔力量では、このコースを1周することはできないぞ」
「「「「「ああっ」」」」」
隠れ里の民たちは愕然としている。
英花に指摘されるまで気付かなかったことと指摘された事実の両方にショックを受けたようだ。
おっちょこちょいにも程があるぞ。
魔道具も従来品や手本などがある場合は完璧に仕上げるのになぁ。
ちょっと心配になってきた。
「面目ありません」
「新しいものに挑戦するのが、こうも試練に満ちているとは思いませんでした」
要するに応用が利かないってことだよな。
意外な弱点が露呈したものだ。
「情けない限りです」
「そうかなー」
自重するエルフに疑問を呈したのは真利だ。
「挑戦して気づきが得られたんだから良かったと思うべきじゃない?」
同感である。
今回、新しいことを試そうとしてこうなったことは間違いなく経験として蓄積されるだろう。
ここで苦い思いや恥ずかしさを感じたりした彼らも先々でこの経験を活かすことがあるはずだ。
人は失敗から学んでいくものだからね。
その後は失敗しては修正してを繰り返し、どうにかコースを周回できるようになった。
究極のマシンと呼ぶには物足りない速さに落ち着いてしまったけれど、それは仕方あるまい。
安定性と速さはトレードオフの部分があるからね。
NCNCチャレンジでは奇抜なアイデアでトレードオフしないマシンを生み出している猛者が大勢いるようだけど。
ファンを使って強引にグリップさせるミニ全駆などはその最たるものと言える。
もっとも、魔道具職人たちは別のアプローチで何とかできないかと考えているようだ。
隠れ里で停滞していたことを思うと新たな試みにチャレンジするのは良いことなんじゃないかな。
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