第159話 今頃になって真利が……
サービスエリアに到着して真っ先にしたことは遠藤大尉たちへの連絡だ。
大川曹長の個人アカウントへメール送信しただけで電話などはかけていない。
まだ夜が明ける気配も感じられない時間だからね。
風の揺りかごの中で派手にあれこれとやってきたけど半日と経過していない。
感覚的には丸一日を向こうで過ごしたような気がしなくもないのだけど。
なんにせよ、大川曹長が起きているなら折り返しの連絡もすぐに入るだろう。
[堂島氏の救出完了]
この短い一文を見て反応しない訳がない。
遠藤大尉へ確実に連絡が入るだろうし詳細を知りたいと電話をかけてくるくらいはするはずだ。
これでなんの音沙汰もないのであれば寝ているか仕事中だろう。
「反応ないね。この調子だと朝までここにいることになるかなー」
「帰ってもいいが、その場合は堂島氏を休ませる場所を確保しなきゃな」
「うちで寝かせたくないな」
「ならば、今すぐ起こして帰らせるか」
英花はなかなか容赦のないことを言う。
「レッドキャップに吸収されていた魔力が回復しきってないだろ」
何度も搾り取られたおかげで体力面でも消耗が見られるから簡単には回復しなくなっているのだ。
魔法で眠らせておけば回復を早められるので今も脱出前にかけた魔法は解除していない。
遠藤大尉たちが迎えに来るまではそのままにしておくつもりだ。
「待つしかないかー」
「だな」
「そうなると暇になるな」
夜中のサービスエリアなんて自販機くらいしか稼働していないからね。
飲食店で時間を潰すなんてこともできやしない。
「なんかお腹すいてきちゃった」
「言われてみれば俺も小腹が空いた感じだ」
「変な時間に動き回ったからだろう」
「自販機くらいしかないのが悲しいところだよな」
「最近の自販機はバカにできないんだよー。コンビニが参入してきたりしてるから」
「コンビニが?」
それは初耳だ。
「自販機でコンビニの商品が買えるらしいな」
どうやら英花は知っているようだ。
元の世界とこちらの差を埋めるべく情報を積極的に吸収しているから俺よりも詳しかったりするんだよね。
「だったら、それでいいんじゃないか」
「温かいのがいいなー」
「贅沢ものめ」
「ホットスナックの自販機もあるだろ」
「あるかなー」
などと話をしながら車を離れる。
ミケは霊体モードで留守番だ。
それらしき自販機は夜間でも開いている建物内にズラッと並んでいた。
イートインのコーナーもある。
「実際に見てみると品数の豊富さが目立つな」
英花の言う通りだが、そうでなくてはコンビニとは言えないと思う。
そのぶん自販機がズラッと並んでいるのだけど。
「壮観だねー」
「さすがに大袈裟だ」
「温かいのがないよ」
ショボーンと落ち込む真利。
「なあ、涼成」
神妙な面持ちをした英花が話しかけてきた。
「どうした?」
「カレーが売られている」
「それが、どうしたんだ?」
見ればお弁当のひとつとして自販機内にカレーライスがセットされていた。
「コンビニで普通に売ってるだろ?」
特に珍しいとも思わないのだが、英花は何に引っ掛かったのだろうか。
「冷めたままで食べるものじゃないだろう」
「む、そうだな」
言われて初めて気付いたのは、ちょっと恥ずかしい。
冷えたカレーはなんというかこうマズくはないんだけどゲンナリするんだよね。
期待値の分だけ口にした時にガッカリしてしまうからだろうか。
「いくらなんでも、これは売れないだろう」
「同感だ。誰が買うんだよって話だよな」
英花と2人で苦笑し合うのだけど。
「カレーライス、ゲットー!」
と言いながらお金を投入してボタンを押している人がいますよ。
「妙にはしゃいでいるけど冷めたカレーライスなんて旨くないだろう、真利」
英花に指摘された真利が振り返ると不敵な笑みを浮かべていた。
ちょっとハイになっているな。
「フッフッフ。甘い、甘いのだよ。コンポートにハチミツとシロップを重ね掛けしたものより甘いのだよ、諸君」
誰だよ、お前と言いたくなるようなキャラ作りをして変なことを口走る真利。
英花が引き気味になって微妙に顔をしかめている。
たぶん甘さマシマシになったコンポートを想像して気持ち悪くなったのだろう。
「ジャーン!」
自販機からカレーを取り出した真利が差し出すように見せつけてくる。
「んんっ?」
何故だか透明の蓋が曇っている。
「温かい?」
「イエース、その通りだよー」
テンションが高いままの真利が返事をした。
正直、俺も英花と同じように引いてしまっている。
しかしながら温かいカレーライスが食べられるなら、深夜の変身を遂げた真利には目をつぶることができそうだ。
「最近のコンビニ自販機はレンジ機能までついているんだな」
思わず感心したのだけど、何か違和感がある。
「待て、涼成。この自販機にそんな機能はないぞ」
英花に指摘されて俺も気付いた。
そうだ。温める時間ゼロのレンジなんて存在するはずがない。
そもそも他の商品と並んだ状態で陳列されている商品をレンチンするスペースがないのだ。
購入したら、そのまま下の取り出し口に商品が運ばれるだけである。
「魔法を使ったな、真利」
「無茶するなぁ。そんな短時間で一気に加熱したらどうなるかわからないだろ」
「あ、大丈夫大丈夫。本格的に温めるのはこれからだから」
ガクッときた。
要するにフタが曇る程度に表面だけ加熱させたんだな。
すっかり騙された。
「迂闊に魔法を使うんじゃない」
真利がまなじりを釣り上げている。
「心配いらないよーん。私たち以外ここにいないじゃーん。防犯カメラだってこんな細かいの映んないからー。それにあのカメラは音声を録音するタイプじゃないしー」
やたら長い言い訳をして真利はケタケタと妙な笑い方をした。
あ、これは壊れたな。
今頃になって絶叫もののラリードライブの影響が出たか。
(おい、涼成。真利は大丈夫なのか)
妙なテンションになっている真利を見かねた英花が俺にヒソヒソと耳打ちしてくる。
(んー、あんまり大丈夫じゃないかな? 車で空を飛んだのがダメだったみたいだ)
(はあ? とっくに終わったことだぞ)
英花は訝しげな顔をしてこっちを睨んでくるが、そうだとしか考えられないんだよね。
(それに脱出直後に展開した風の結界も上手く制御していたじゃないか)
英花は論理的に俺の判断したことを崩そうとしてきた。
けれど、幼馴染みとして付き合ってきた経験から導き出した答えだということを失念してもらっては困るな。
(ずっと戦闘モードだったスイッチが夜食に意識が向いて切れたんだろうな)
(……緊張の糸が切れたということか)
(そういうことだ)
(それにしたって壊れ方が酷くないか?)
真利が何故そうなってしまったのかには英花も納得したようだが、状態については受け入れがたいようだ。
(落ち着くまではこのままだぞ)
(なんとかならないのか?)
(下手に止めない方がいいぞ)
(そうなのか?)
(真利の好きにさせておいた方が元に戻るのも早いと思う)
(溜め込んだものを出し切る的な感じか?)
(その理解で合ってる)
つまり、ストレスが完全に無くなるまでこのままということだ。
(難儀なものだな)
(俺もそう思うが、遠藤大尉たちが来る前で良かったと思うことにしてる)
英花がギョッとした目を俺に向けてきた。
(おい、奴らが今来たらどうするつもりだ)
(さあ? なるようにしかならないさ)
願わくば早々に回復してほしいものである。
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