第158話 カースタントはこりごりです
千里眼を一時的に解除する。
赤帽子の状態を確認するためだ。
目を閉じていないと千里眼のスキルは使えない。
片眼だけで使うことも可能だが、無改造の市販車でラリードライブをしている状況下では酔ってしまう恐れがある。
ここでのミスは命取りとなりかねない。
確実を期して慎重になるのは当然と言えよう。
「間に合うかなー」
不安そうに真利が呟く。
「心配するな。俺が間に合わせる」
魔力を練って準備を進めながら話をする。
「それって今のままだと間に合わないってことだよね」
赤帽子の透け具合からすると、その通りであると言わざるを得ない。
「そうとも言う」
「勘弁してよぉ、涼ちゃーん」
「なんだ? 真利は俺を信用していないのか?」
「信用してるけどぉ」
恨めしそうな目で見てくる真利だ。
「信用してるけど何だ?」
「絶対、普通じゃない方法だよね」
「普通にやって間に合うならそうするさ」
「うわーん、やっぱり無茶するんだぁーっ!」
「うるさいぞ、真利」
大きな声で嘆く真利をたしなめる英花。
現状を理解しても苛立ちを見せず冷静でいられるのはさすがだ。
くぐり抜けてきた修羅場の数も質も違うから当然と言えばそうなんだけど。
「涼成、どんな方法で間に合わせるんだ?」
当然のことながら聞いてくるよな。
普通じゃない方法に対応しなきゃならないのは運転している英花なんだし。
「結論から言えば道を切り開いてショートカットする」
「なるほど。無理に間に合わせるにはそれしかあるまい」
バックミラーに映る英花は不敵な笑みを見せていた。
「具体的にはどうするつもりだ?」
「別に普通だぞ。木を切り倒して近道を作るだけだ」
レッドキャップがひねくれた性格をしているせいか、この道も不必要に蛇行している。
これが急峻な山の中を通る道であるならわからなくもないのだけど。
「だが、魔法で木を切るにしても車が走れる道にはならんだろう。止まって錬成スキルで道にしている時間はないぞ」
「説明している時間はないな」
千里眼で見ていた時に目星をつけたコーナーが見えたからだ。
直線が少し長めなので加速する余地がある。
「とにかくフルスロットルで真っ直ぐに走ってくれ」
言いながら練り上げた魔力で風刃と一陣風の魔法を時間差で放つ。
風刃で木を切り、任意の風を吹かせる一陣風で切った木を押し倒すつもりだ。
「わかった」
「えーっ! このままだと森に突っ込んじゃうよぉ」
腹をくくった英花と違って真利は涙目だ。
昔から絶叫マシンとか苦手だったから無理もない。
今まで、よく我慢していたと思う。
「近道を作ると言っただろう」
地面すれすれで木々が切り倒されていく。
ただ、倒された木が邪魔で車が通れるような状態ではない。
コーナーが迫ってきた。
もうフルブレーキで減速してもコースアウトは確実だ。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!」
女子らしくない悲鳴を上げる真利だが、前は見ているな。
失神する様子もない。
俺が次の魔法を準備していることに気付いているからか。
次の瞬間、車が斜め上を向いて宙に放り出された。
「やっぱりジャンプしたぁ!!」
地属性の魔法で即席のジャンプ台を作ったからね。
そして一陣風の魔法を使って姿勢を制御。
森を切り開いた向こうに見える道へ滑るように着地させる。
風で補助しないと着地の時に車が派手に跳びはねたことだろう。
それ以前に、飛距離が足りなかったと思う。
「涼成、まだジャンプするのか?」
何故か英花が期待のこもった目をしている。
「まるでナイトドライバーのキッドみたいだったぞ」
英花が言ったナイトドライバーのキッドとは古い外国のドラマシリーズに出てくる人格を持ったAI搭載車のことだ。
そういや、アレはボタンひとつでジャンプしていたな。
「生憎と遊んでいる時間はないから最短のショートカットにさせてもらった」
「そうだったな。不謹慎だった」
気持ちはわからなくもない。
俺もナイトドライバーをよく見ていたから思いついた作戦だ。
ちなみに英花は真利の秘蔵しているDVDコレクションを視聴して大層気にいったらしい。
「次のコーナーを抜ければ出口だぞ」
「了解!」
気合いが入っている。
何度もジャンプする訳じゃないと知って安堵している真利とは対照的だ。
「真利、気を抜くなよ。向こうの様子はわからないんだからな」
消えた場所に出てくることだけはわかるが、向こうの状況がどうなっているかわからない。
下手をすると高速道路に復帰した瞬間に追突事故になる恐れだってあるのだ。
「うっ、うん」
返事がぎこちない。
こういう時は何もしていないと余計なことを考えてしまうものだ。
先程のようにギャーみたいな叫び声を上げるだけならまだしも、パニックを起こされても困る。
「という訳で真利には一仕事してもらう」
「ええっ!?」
「大したことじゃない。追突事故になっても被害が最小限になるよう車の周りを風の結界で覆うだけだ」
「いきなりすぎるよー」
「とっさの状況に対応できなきゃ一人前とは言えないだろう?」
「そんなぁ」
「俺は戦闘とさっきの魔法で魔力を消耗したからな。堂島氏を念動で保持する方に回らせてもらう」
「ええっ、ズルーい」
子供っぽい泣き言を言ってくるが、これも修行になるから俺は手を出すつもりはない。
「早く準備しろよ。もう出口が目の前だぞ」
「うわわっ」
真利はあたふたした様子で泡を食っているが、それでも魔力を練り上げる。
このあたりは、ずっと魔物と戦ってきた経験が反射的に行動を起こさせているようだ。
魔法を使い始めた頃の真利であったなら、こうはいかなかっただろう。
確かな成長を感じ少し嬉しくなった。
ただし、笑みはこぼせない。
下手に目撃されたら誤解されかねないからね。
そうでなくても真利にとっては集中を乱しやすい状況にある。
ここで失敗される訳にはいかない。
「突入するぞ! 気を引き締めろ」
英花が注意をうながしてきた直後、一瞬だがグッと押し戻されるような感覚があった。
うまく亜空間から脱出できたか。
風景がガラリと変わる。
光量が極端に落ちたものの、英花が車のライトを即座に点灯させた。
赤い光がふたつ目の前に現れる。
「くっ」
英花が短いうめき声を発しながらも車を減速させ車線を変更する。
隣の車線には後方に車両がなかったからだ。
「真利、助かった。風の結界がなかったらスピンしていた」
やはり結界を展開しておいて良かった。
「あ、うん」
どうにか役割を果たせた真利も安堵して大きく息を吐き出している。
余裕がないようで短く返事をするのが精一杯といった有様ではあったが、これも経験として蓄積されるだろう。
その後はサービスエリアに向かった。
色々あって疲れたからね。
こんな状態で夜中に走り続けるのもリスキーだし遠藤大尉に連絡を入れなきゃならないし。
風の揺りかごでのことをどう話すか打ち合わせて彼らが到着するのを待つ。
「色々あったけど終わり良ければすべて良しってところかな」
堂島氏は救出できたし全員が無事に脱出できたことは素直に喜ぶべきだろう。
軽自動車は風の揺りかごと運命を共にしてしまったけど、そこは仕方あるまい。
「日常の足を買い直さないといけないな」
「軽自動車はやめておくべきだと言っておこう。今回みたいなことがあると、また使い捨てることになる」
「こんなこと、もうこりごりだよー」
それは俺も同感だ。
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