第157話 決着から脱出へ
自爆上等で駆け引きをしてくるレッドキャップは嫌みったらしく余裕の笑みすら浮かべていた。
解呪の影響で全身に激痛が走っているだろうに、よく笑えるものだ。
それだけ勝利を確信しているということか。
人間を見下していた奴の読みでは俺が解呪をやめるのは確定しているらしい。
ずいぶんと舐められたものだ。
「とうとう頭がおかしくなったのか?」
俺は挑発を再開する。
これはレッドキャップには予想外だったようで一瞬だが間の抜けた表情を見せた。
その後は不機嫌さを隠すこともなく俺を睨み付けてくる。
ブラフじゃないということを主張してくるかのようだ。
「もうすぐ、お前の存在が消えてしまうから無理もないか」
これを聞いたレッドキャップは憎々しげに視線を突き刺してくる。
そんな真似をすればするほど解呪で倍返しされるというのに。
あるいは、あえて自滅のタイミングを早めることで本気であることを見せようとしているのかもしれない。
俺としては、それがどうしたという心境にしかならないがね。
「それとも命乞いでもしたいのか?」
俺はお前の脅迫など意に介さないという意思表示だ。
同時にレッドキャップが激怒するであろうことは容易に読めたのだが。
案の定、奴は呪い返しによって全身から流血してしまった。
当然のごとく今まででもっとも弱体化した姿をさらしている。
もう一息という実感があった。
にもかかわらず倒れない。
それどころか、よりいっそう憎しみを募らせた顔を見せる。
命乞いという言葉は奴のプライドをいたく傷つけたようだ。
何がなんでも報いを受けさせてやるという殺意が次々と湧き出してくる。
そんな状態になっても奴自身は存在を失わずに耐えていた。
呪い返しを肩代わりさせていた館はすでに跡形もない。
しかしながら奴にはまだ風の揺りかごがある。
現に空間が不安定さを増しつつあった。
おどろおどろしい雰囲気を醸し出していただけの空間が、今や嵐の最中であるかのようだ。
レッドキャップが消えるのが先か空間の崩壊が先か。
何とも言えないところだが、ここで尻込みするなどあり得ない。
故にここが勝負所になると思った直後のことだ。
「真打ち登場ですニャー」
不意に実体化したミケがレッドキャップの背後から現れ、奴の頭上を飛び越えるようにして俺の元へ来た。
着地すると後ろ足で立ち上がり前足で奴から奪った戦利品を見せつけるように振り回す。
「これ、ニャーんだ?」
それはレッドキャップの赤い三角帽子だった。
「そんなものをかっさらって何の意味があるんだ?」
思わず聞いていた。
「おや、ご存じなかったですかニャ」
「ああ」
「レッドキャップの帽子こそが奴の力の源ですニャン」
「何だって?」
さすがにそれは知らなかった。
十字架だけが弱点だと思っていたが、そんな急所があるとは夢にも思わなかったよ。
「ですから、奴がこれを失うと魔法が使えなくなりますニャー」
それは浄化により降りかかる呪い返しを風の揺りかごへ振り分けることも呪いを放出することもできなくなるということだ。
「おまけに魔法への耐性も失いますニャン」
「えっ、そこまで?」
「そうですニャ」
ドヤ顔で答えるミケ。
「その割にはずいぶんと勿体ぶってくれたな。館が崩れる前に帽子は奪えただろう」
レッドキャップは十字架と浄化のコンボで身動きが取れなくなっていたからね。
「それをしていたら風の揺りかごはとっくに消えてますニャ」
「なんだって!?」
「ここは奴の作り出した空間ですニャー。何の準備もなく帽子を奪って奴を消滅させたら自爆しなくても空間は維持できなくなりますニャ」
「そういうことか」
ならば、ここではレッドキャップにトドメを刺さずに捕縛して外に連れ出してから決着をつけるのが良さそうだ。
そう思ってレッドキャップの方へ視線を戻したのだが。
「あれえっ!?」
帽子を失ったレッドキャップはすでに消えかけていた。
半透明の状態で恐怖に顔を歪めている。
奴の残忍な性格や今までの振る舞いを思えば同情の余地はないのだけど。
いや、そうではなくて!
「此奴が消えても大丈夫ですニャ。しばらくは空間が維持できますニャー」
「それを先に言ってくれよ」
よくよく考えたら魔法への耐性を失ったことで浄化に耐えられなくなるのは自明の理というもの。
ミケと話している間に消滅していてもおかしくはなかった。
そんなことを考えている間に痕跡を残さずレッドキャップは消えてしまった。
いや、ひとつだけ残っている。
奴の赤い帽子だ。
ミケの言う準備が存在を維持させているのだろう。
これが残っているからか風の揺りかごも急激に崩壊し始めるといったことがないようだ。
とはいえ、よく見ると帽子の輪郭がぼやけ始めている。
帽子が消え去ってしまうのは時間の問題のようだ。
「お急ぎくださいニャー」
「ああ!」
俺は館が消滅したことで見えるようになった白い乗用車目掛けて駆け出した。
館は城と言ってもいいくらい広い敷地に建っていたせいで一瞬でたどり着くということがない。
「独りで住んでいたくせに」
愚痴も出てくるくらいには距離がある。
レベル1の時だったら息を切らしていたかもな。
どうにか車までたどり着くと後部座席のドアが開いていた。
そこにミケとともに飛び込むとドアを閉める前にフルスロットル。
ホイルスピンして車は走り出し、その勢いでドアが閉まった。
洋画で見るような乱暴な運転ではあるものの風の揺りかごが消滅する前に脱出しなければならない。
石畳の道が真っ直ぐではないためにドリフトが当たり前の派手なラリードライブとなってしまった。
ズルズル滑る感覚は日常生活の中で車に乗っていては味わうことがないものだ。
コースアウトすれば大木の餌食になるため、下手をするとテーマパークの絶叫マシンよりスリリングなドライブになっている。
「これ、助手席で眠っている堂島氏が目を覚ましたら大変なことになるな」
「魔法で眠らせているから大丈夫だよ」
俺の呟きに真利が反応して教えてくれた。
「レッドキャップの魔法で眠っている訳じゃないんだな」
「車に乗せてから目を覚ましそうになったんだよね」
「あー、ミケが帽子を奪ったタイミングかもしれんな」
「帽子?」
「赤帽子がないとレッドキャップは魔法が使えないんだと」
「へえー、そうなんだぁ」
「コイツが残っているから、この空間もまだ崩壊せずにすんでいる」
「えーっ、すっごく大事なものじゃない!」
「涼成、気のせいか帽子が消えかかっていないか?」
それまで運転に専念していた英花がバックミラー越しに聞いてきた。
「ホントだ! なんか半透明になってるよ」
「ミケが維持できるように細工してこれだからな」
肝心のミケが無口なのは維持に集中しているからなんだろう。
猶予はあまりなさそうだ。
「マズいぞ。こんなに出口まで時間がかかるとは想定してなかった」
「魔力の流れで出口に通じていると思ったのにー」
千里眼を上に飛ばして俯瞰で確認してみた。
「道が途切れた少し先に俺たちが乗ってきた軽自動車がある」
道なりに進めば問題なく出口に通じているだろう。
「じゃあ、間違ってなかったんだね」
「間違ってはない」
が、そこに至るまでの道のりは恐ろしく遠回りだ。
このままだと間に合わない恐れがある。
レッドキャップの奴は消滅しても最後の最後まで祟ってくれるな。
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