第128話 どうするべきか
隠れ里の住人たちは搾取されるのを拒否したために引きこもらざるを得なかった訳だ。
「ワシらも外に出るからには働かねばならんことはわかっている」
「労働に見合った対価を求める、だろう」
「うむ。じゃが、こちらの世界の相場がわからぬ」
「それは提供するものと求めるもので変わってくるからなぁ」
確認もせず安請け合いはできない。
「ワシらは職人じゃ。作ったものを売り、その金で食料を買う」
「具体的には何を作るんだ?」
「武器や家具など色々じゃよ。材料さえあれば酒も造れる」
幅広くやっていると。
様々な業種の職人が集まっているのだろう。
そして、食料が不足していると。
「魔道具も?」
間違いなく作れると思うが確認しておかなければならない。
作れない方が保護する上では楽なんだけどね。
「もちろんじゃ。そのせいで監禁されそうになった仲間も大勢おる」
現状で魔道具職人はいないことになっているから存在を知られると騒ぎになるどころの話では収まるまい。
作れる者がいたとしても名乗り出たりはしないだろう。
俺たちも魔道具を作れることは公表していない。
ジェイドが言ったように誘拐から監禁される恐れがある。
技術を独占できれば大もうけできるからね。
そこまでやらかす連中はそう多くないとしても詐欺などは掃いて捨てるほど出てくるはずだ。
「困ったね。変なのが湧いて出そうだ」
「そうか」
「何処に行っても強欲な者はいるのだな」
ジェイドは怒るでも慌てるでもなく淡々と呟きネモリーが嘆息した。
「じゃあ、魔道具の作り方なんて知りませんということにしたらどうかな」
それは真利の提案だったが採用できないんだよな。
せっかく人前で勇気を振り絞って意見を出したというのにね。
「真利、隠れ里も魔道具の一種と考えられるのだぞ」
英花が採用できない理由を指摘した。
亜空間は形あるものではないが、術式を構築して付与するという点においては魔道具と何の違いもありはしない。
「そうなんだ。それじゃあ作れませんなんて言えないよね」
ショボーンと落ち込む真利である。
「しばらくは黙っているべきなのは確かだけどな」
「いずれ世間に知られるぞ」
「時間稼ぎにはなるさ」
「そんなことをして何になる?」
英花が問いながら怪訝な表情を見せる。
「それまでに簡単なものなら誰でも作れるようにしてしまうのさ」
「どうやって?」
「それこそNewtubeを使えばいい」
「どう考えても顔出しはNGだろう」
呆れた様子で英花が否定してくる。
「誰だかわからないようにしてしまえばいいだけのことだろ」
そのあたり少し考えただけでもやりようはいくらでもある。
仮面とか覆面を被ったりカメラの画角を調整して見切れるようにしたり。
編集でどうにかする手もあるよな。
「そう上手くいくだろうか」
英花は懐疑的な考えを変えるつもりはないようだ。
「まあ、そのことについては後でゆっくり考えればいい」
それよりも喫緊の問題がある。
「ひとつ聞きたいんだが」
ジェイドの方を見て問いかける。
「何じゃな」
「食料は後どれくらい持つ?」
その問いにジェイドは無表情だったがネモリーが目を見張る。
「もう無いんだな」
ネモリーが己の失策に気付いて、ばつが悪い思いをしている表情をのぞかせた。
それを見たジェイドが溜め息をついて首肯する。
「皆には魔法で眠ってもらっておるが、当てのない状態ではどうにもならん」
「そこは提供するから大丈夫」
「しかし、今のワシらには対価を用意できぬ。素材がないことには何も作れぬからのう」
「とりあえず貸しってことで。素材も提供するさ。仕事ができないだろ」
「すまぬ。恩に着る」
ジェイドが深々と頭を下げるとネモリーもそれに続く。
素直に受けてくれて助かった。
拒まれたらどうしようと内心で途方に暮れる前段階にあったのは内緒である。
「それは良いとしても眠らせた者たちは起こして大丈夫なのか?」
英花が隠れ里の住人が衰弱していることを心配しているようだ。
「それは……」
ネモリーが言い淀む。
つまり、それだけ思わしくない状況だということだ。
「目覚めさせても起き上がれる者は少ないかもしれん」
ジェイドがそう教えてくれた。
「ネモリーよ」
そのまま相棒のエルフに向き直ったかと思うと話を続ける。
「この者たちは奴らとは違うじゃろう」
そう言われてネモリーはビクリと体を震わせた。
どうやら人間からかなり酷い目にあわされたことがあるようだな。
「今は借りられるだけ借りておけ。返す時のことは皆が無事に脱出できてから考えても遅くはあるまいて」
「わかった」
強張った表情でうなずくネモリー。
トラウマ案件でもあったのかね。
とはいえ、それを追求するほど野暮じゃないつもりだ。
機会があれば向こうから話してくれることもあるだろう。
しかし、問題が解決した訳ではない。
「この隠れ里には全部で何人いるんだ?」
規模から考えて千から数千の間だと見当はつけられるのだが正確な数字は不明である。
そこを把握しておかないと彼らを運び出すにしても問題が発生しかねない。
「ワシらも正確な数字は把握しておらんのじゃ」
「約2百世帯で千人を少し超えるほどだったかと」
その人数を正確に調べるとなると時間がかかるな。
「何を間怠っこしいことを考えているんですニャ」
呆れたようなミケの声が聞こえた。
「どういうことだ?」
「家ごと運んでしまえば事故なんて起こるはずないですニャー」
また、とんでもないことを言い出すものだ。
確かに誰かを置き去りにしてしまうことだけはないと思うが、できることとできないことの判別はちゃんとしてほしいね。
「全員を個別に運び出していたら間に合いませんニャ」
「浄化してからでもか」
「当然ですニャン」
そう自信たっぷりに言われたことで、残された時間の少なさが本当にやばいレベルのものだと嫌でも気付かされてしまう。
「だからといって家ごとってのは無茶だぞ」
「そんなことはありません」
俺の反論に否定の言葉を口にしたのはミケではなくリアであった。
「私が運びます」
「どうやってさ」
「ダンジョン間転移を応用すれば問題ないかと」
それの意味するところは、つまり……
「うちのフィールドダンジョンに運び込むつもりか」
俺の考えでは住人を個別に外に運び出して空き家に運び込んでから衰弱した者たちを回復させるつもりだったのだけど。
運び出すだけでも時間がかかるため隠れ里の消失までに全員を運び出せない恐れがあった。
ミケの話によれば、それは恐れではなく確定と言って良いだろう。
それと運び出した住人たちを魔法で眠らせたままにしていたとしても時間がかかれば限界を迎える恐れもある。
それに引き換えリアの主張する方法ならば時間が一気に短縮される。
可能であるならばの話だが。
「そうです」
リアが特に気負うこともなく肯定した。
自信があるかどうか以前に、できて当たり前だと思っているということか。
条件は満たしているかもしれない。
隠れ里はダンジョンの呪いに浸食されているが、それは裏を返せばつながっているということだ。
ダンジョン間転移は可能ということになる。
家をまるごと転移させるには莫大な魔力を消費することになるが、それもダンジョンの主であるリアからすれば些末なことだ。
「ダンジョンの中は危険地帯だということを忘れているぞ」
「セーフエリアを必要な分だけ拡張すれば問題ありません」
ノープロブレム。
何の問題もないって訳だ。
「なるほど。これは一本取られたね」
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