第129話 引っ越し準備

 ジェイドたちの了承を得てうちのフィールドダンジョンへ隠れ里の家ごと転移を行う。

 さすがに2百世帯分を同時にとはいかなかったが、それくらいの猶予は浄化で稼ぐことができる。

 結構しつこい呪いだったが丁寧に浄化を重ね掛けすれば隠れ里から瘴気が消え去った。

 今のレベルだと魔力が結構ギリギリだったので終わると同時にズシッとのしかかってくるような疲労感があった。


 こんなことなら英花や真利に補佐をしてもらえば良かったと思ったが、今更である。

 仕方がないので次元収納から魔力回復ポーションを出して一気にあおったさ。


「くはーっ、生き返るねー」


「オジさんっぽいよ、涼ちゃん」


「ぐっ」


 ビールを飲んだ訳でもないのに、そんなことを言われるとは思わなかった。


「あのなぁ」


「休んでいる暇はないぞ、2人とも」


 反論しようとしたところで英花に急かされる。

 隠れ里の安全を確保したら、次はジェイドたちを連れてうちのフィールドダンジョンへ転移することになっているからね。


「へいへい」


 英花の元へ集まり全員で転移する。

 跳んだ先は爺ちゃんの家の庭だ。


「ここは……」


 ネモリーが不安げな面持ちでキョロキョロと辺りを見回す。


「ダンジョンの中にある俺の爺ちゃんの家。まあ、俺が継いだことになってるから俺の家と言うべきなんだが」


 思い入れがあるせいか、つい爺ちゃんの家と言ってしまうんだよなぁ。


「この家の敷地が、いま現在のセーフエリアだ」


「変わった建築様式だな」


 ジェイドが興味深げに家を見ている。


「今の日本では古いタイプの家だけど入る時に靴を脱ぐのは今も昔も変わらない」


「ほう。この世界は変わった風習があるのだな」


「世界的に見ると日本のように靴を脱ぐ国は少数派だよ」


「多様な文化があるのか。興味深い」


「ジェイド。今は時間がないだろう」


 飽きることなく家を眺めるジェイドをネモリーがたしなめる。


「むう、そうであったな。すまぬ」


 注意され謝罪したジェイドは後ろ髪を引かれる様子もなく皆の方を向いた。

 興味深げに見ていたにもかかわらず切り替えがしっかりしているあたり隠れ里のまとめ役を任されるだけのことはあるよね。


「セーフエリアの拡張をする前に魔物を確認しておきますか?」


 リアが凸凹コンビに問う。


「そうじゃな」


 ジェイドがネモリーの方を見てからそう答えた。


「今日、このあたりにいるのはマッドシリアルです」


 マッドシリアルはマッドビーンの亜種だ。

 見た目はさほど似ていないが茎や根が太く触手を思わせる動きで移動や攻撃をする特徴はマッドビーンに似ていると言える。

 穀物を魔力で大きく硬化させて飛ばしてくる攻撃方法も変わらない。

 得られるドロップアイテムはもちろん魔石と穀物だ。

 この穀物にはマッドビーンでもゲットできるコーンも含まれている。


「今日? 日によって違うのか」


「魔物にも縄張りはあったはずでは……」


 リアの説明に凸凹コンビは困惑の色を見せた。


「ここは俺たちが掌握したダンジョンだから自由に設定が変えられるんだよ」


「なんと!?」


 ジェイドが目を見開きネモリーは絶句している。


「あー、この話は俺たちしか知らないからそのつもりでね」


「当然じゃな。騒ぎになるだけではすまぬ」


「欲深き愚者が集まってくるだろうな」


 ジェイドの言葉を継ぐようにネモリーが吐き捨てた。

 こんなやり取りをしながらセーフエリアの外に出たのだが、そうそう都合良く魔物が現れたりはしない。


「ちょっと釣ってきますニャー」


 ミケがシュバッと駆け出していく。

 別に気配のする方へ向かえば済む話だったのだが、ミケのやる気に水を差すのも無粋というもの。

 という訳で大人しく待つことにしたのだけど……


「魔物が来たらどうするつもりじゃ」


 ジェイドが懸念を抱えていますと言わんばかりの表情を見せる。


「どうもこうも倒すだけなんだけど?」


「丸腰ではないか。お主ら何も持っておらぬではないか」


「マッドシリアル相手に武器は必要ないよ」


「なんじゃと!?」


 ジェイドだけでなくネモリーまでもが驚いているが忘れてやいませんかね。


「誰かさんの魔法を封じたのは誰でしたっけ」


 そう言うと、さすがに思い出したようだ。


「そうじゃったな」


「誠に申し訳ない」


 ジェイドはばつの悪い顔で目をそらしネモリーはションボリと頭を下げる。


「別に謝る必要はないけどさ」


 そうこうしている間にミケが戻ってきた。


「釣って来ましたニャン。団体さんなので稼ぎ時ですニャー」


 ミケからわずかに遅れてマッドシリアルの集団が現れた。


「おい、涼成。数が多いぞ。どうするんじゃ」


 ジェイドに初めて名前を呼ばれたな。


「そんなに慌てるような状況じゃないよ」


「任せてー」


 真利が膝の高さあたりに扇形の風刃を出して放った。

 放たれた直後から風刃は前に進みながら横に広がっていく。


「なっ!?」


 ネモリーが愕然を絵に描いたような表情で短く声を発した。

 あれだけ大きな火球を放っておいて驚くようなことでもないと思うのだが。


「なんじゃ、何を驚く」


 ジェイドにはネモリーがどうして驚いているのかがわからないようだ。

 風刃は透明だし横に伸びていくのが見えないからだろうな。

 戸惑っている間に横一列に並ぶような格好で現れたマッドシリアルが軒並み根元から切断された。


「終わったよー」


 あっけらかんと言い放つ真利を驚愕の顔で見るジェイド。


「お主には最初から見えておったな。あれは何をしたんじゃ?」


 唖然とした表情のまま隣にいるネモリーに聞いていた。

 この頃には茫然自失の状態から復帰していたのでジェイドの疑問も耳に届く。


「ちょっと普通じゃない風刃だった」


「どう普通じゃないんじゃ」


「生成した時点では普通のサイズだったものが射出した後は横に伸びていった」


「むう。並みの制御力ではそのようなことはできんじゃろう」


「そうだな」


 どこか他人事のように返事をするネモリー。


「お主が驚く訳じゃ」


 相棒の魔法の実力を知っているジェイドがこんなことで普通に納得するのは違和感しかないのだが。

 あのサイズにまで巨大化させた火球と真利の風刃は、術式制御の観点から見ても大差はない。

 だから、俺としてはそんなに驚かれるほどのことかとは思うんだよね。

 とはいえ説明しても感覚のすり合わせはできないだろうから特に何も言わずにスルーした。


「では、この近辺をセーフエリアとして拡張します」


 リアが祈るように手を組み瞑目した。


「隙だらけじゃのう」


「ダンジョンの主である者がそこに出没する魔物に害されたりはしないさ」


「む、そうじゃったな。人と見紛うような姿をしておるから、つい忘れてしまうわ」


 これはしょうがないか。

 俺たちも、つい人に接するようにリアと応対するからね。


「完了しました」


「もう、終わったのか!?」


 ジェイドたちは驚いているが見ればわかるだろうに。

 俺たちのすぐ近くまであった木々が消えているのだから。


「拡張予定地域に魔物がいないことを確認して領域を変更するだけですから」


 リアは事もなげに言ってのけるが、隠れ里の維持に四苦八苦していたジェイドたちからすれば驚きに値することらしい。


「次は引っ越しですね」


 再び祈りのポーズを取り始めるリア。

 やがて隠れ里で見た家がひとつまたひとつとダンジョン内に姿を現し始めるのであった。

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