第127話 名乗ってなかった

「事情は把握した」


 愕然としているエルフを横目で見つつドワーフが口を開いた。


「帰れる場所がないというのは薄々気づいておったが、面と向かって言われると堪えるのう」


「すまない。だけど時間がないのでね」


「ここも持ちこたえられぬか」


「浄化すればしばらくは大丈夫だけど、外から流れ込む呪いは切り離せないからね」


「だったら浄化し続けるまでだ」


 エルフが急に復活した。


「無理だね」


「何だと!?」


 エルフが色めき立つがドワーフが手で制すると、それ以上の行動に出ることはなかった。

 苦々しさと怒りの混じった表情は隠そうともしていないが。


「浄化したって呪いで傷つけられた空間が元に戻る訳じゃない。いつかは隠れ里を維持できなくなる」


「ぐっ」


 短く呻いて歯を食いしばるエルフ。

 怒りは無念さに置き換わったようだ。

 感情の沸点は低めだけど物わかりが悪い訳ではないらしい。


「お主らはそれを知らせに来てくれたという訳じゃな」


「そんなところだね。御近所で死なれるのは寝覚めが悪いからさ」


「すまぬな。問答無用で火球を放ってしまった」


 ドワーフが頭を下げて詫びた。

 エルフもそれに続く。

 思ったより律儀なんだな。


「疑いはしないのか」


 そう問うたのは英花だ。


「ワシは無駄に長生きしておるからのう。相手の悪意やウソはわかるつもりじゃよ」


 スキルではなく人生経験からくる洞察力で見抜くということか。

 勘に近いものだと思うがスキルと違ってレベル差でわからなくなるということはなさそうだ。

 下手なウソや誤魔化しは通用しないだろう。

 いや、そういう真似をするつもりはないけどさ。


「話の腰を折ってしまった。スマン」


 英花も納得したようで引き下がる。


「で、話の続きだけど」


「待ってくれ」


 エルフが話を止めてきたと思うとガバッと勢いよく頭を下げた。

 なんだなんだ?


「すまなかった! 事情を確認もせずに火球を放ったのは自分だ。相応の報いは受ける。だから──」


「あー、そういうのはいいんで」


 俺はエルフの話を途中で遮った。


「謝罪ならドワーフの爺さんもエルフのアンタもしてくれた。それで充分だ」


「お前さん、あっさりしとるのう」


「本当にそれでいいのか」


 ドワーフの老人は呆れたように溜め息をつき、エルフはオロオロしている。


「過剰だったとはいえ自分や仲間を守るための行動だったんだろう?」


「それはそうだが」


「なら、いいさ」


「いや、しかし……」


 こちらが問題なしとしているのにエルフは納得できかねているようだ。


「誰も怪我をしなかっただろう。だったらそれでいいじゃないか」


 これがもし悪意あっての行動であったなら、こんな風に済ませることはなかったのだけど。


「すまんの。ネモリーは──、そう言えば自己紹介しておらなんだな」


 言われて初めてそのことを失念していたことに気がついた。

 という訳で話を中断して互いに名乗り合う。

 ドワーフはジェイド、エルフはネモリーと名乗った。

 こちらも順番に名乗っていく。

 俺や英花は普通に喋ることができたが真利は相変わらずの人見知りを発揮してどもっていた。


「真利は人見知りでね。慣れれば普通に喋れるから今は気にしないでくれると助かる」


「気にしておらんよ。人それぞれじゃろうて」


 ジェイドは自分で無駄に長生きしていると言っただけあって懐が深い。

 ネモリーもジェイドの様子を見て何も言わないことを決めたようだった。

 この2人は隠れ里ではナンバー1と2だそうだ。

 経験豊富なジェイドが頭でネモリーがその補佐をする感じか。


「それでそちらのお嬢さんは?」


 ジェイドが紬の方を見て先をうながした。


「主からもらった名前は稲穂紬。好きに呼ぶといい」


「主じゃと?」


 怪訝な表情を浮かべるジェイドだが紬は説明するつもりがないようだ。

 自己紹介など名前がわかればそれで充分と言わんばかりである。


「紬は召喚魔法で呼び出したんだよ」


「人化の術を使っておる訳か」


 ジェイドはなかなか鋭いね。

 ネモリーはギョッとしたまま固まっているので想定外なんだろう。

 この調子だと、最終的には腰を抜かすかもな。


「正解。屋敷の警備を任せたくて召喚したコルンムーメだよ」


「精霊とはの。確か穀物の守護者じゃったか」


 ジェイドは知識も豊富なようだ。


「その様子では残りの者たちも、ただ者ではなさそうじゃなぁ」


「リアです。私の体はゴーレムでできています」


「何じゃとぉっ!?」


 予想に反して驚いたのはジェイドであった。

 そのジェイドにビックリさせられているネモリーの方が先に立ち直ったほどだ。

 どうやらゴーレムの完成度に驚いたジェイドに対し、その凄さがわからないネモリーといった構図になっているみたいだね。


「生半可な細工では、ここまで自然に動かせられんぞ」


 ジェイドを相手に下手なウソや誤魔化しが通用する訳もないので嘘偽りなくダンジョンコアを使用していることを打ち明けた。


「なんと、そのような方法があるのか!?」


「他言無用で頼むよ」


「もちろんじゃ」


 そして最後に残ったのがミケである。

 満を持して登場と言わんばかりに俺たちの前に歩いてきた。


「最後は飼い猫か。やたらと大きいが──」


「ニャーをそんじょそこらの猫と一緒にされては困りますニャン」


 ネモリーの言葉を遮るように被せて喋り始めたミケ。

 一瞬で絶句してしまうネモリーである。

 愉快そうに笑う余裕があるジェイドとは大違いだ。


「我が輩は猫ではなくケットシーであるニャ。名前はミケと主につけてもらったニャー」


「精霊だけでなく妖精までもか。お主ら何でもありじゃな」


「順番が逆だけどね。ミケが最初で次がリア、最後に紬だから」


 なんとなくこだわってしまったが誰からも何も言われなかった。

 どうでもいいことらしい。

 よくよく考えれば俺もそう思う。

 何にせよ、これで自己紹介は終わったのだから話の続きができる。


「話の続きだが」


「そうじゃったな」


「酷なことを聞くが、どうする?」


「ここが持たんのはわかった。外に出るしかあるまいて。行く当てなどないがな」


 ジェイドは淡々と話すがネモリーは無念そうに瞑目してうつむいた。


「住む場所は提供できるぞ」


 一瞬、呆気にとられたようになったジェイドだったが。


「なるほどの。お主らがここに来たのはこの話をするためじゃったか」


 すぐに理解して苦笑していた。


「ただ、問題がある」


「ほう?」


「国がどう反応するか現時点ではまるで読めないんだ」


「つまり、個人的にここに来ているのじゃな」


 察しが良いのは助かるのだが同時に渋い顔を見せられる訳で。

 心苦しさがないと言えばウソになる。


「ならばお主らに間に入ってもらうとしようかの」


 決断が早いな。


「ワシらは元の世界で搾取され続けておった。そうならんように手を貸してほしい」


 ジェイドが頭を下げた。

 ネモリーも無言でそれに続く。

 俺たちのことは信用するが国は信用できないと言っているも同然だ。

 搾取されていたと言っているのだから、むしろ当然か。


「もしかして隠れ里にいたのって……」


「うむ。あまりに無体な要求が続いたからエルフたちと協力して隠れ里を作り引きこもったのじゃ」


 ハッキリとは言わないが無体な要求をしていたのって人間なんだろうなぁ。

 信用できなくて当然だ。

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