第126話 凸凹コンビ

 緩やかに下りが続く道をひたすら歩く。

 奥の方に出口らしい明かりが見えるものの今まで見て来たダンジョンでは考えられないくらい何もない状態が続いていた。

 ハッキリ言って暇である。

 通路は広めなので圧迫感はないのがせめてもの救いだろうか。


「やはりダンジョンとは違うな」


「確かに。ひたすら一本道が続くというのは私も見たことがない」


「そうなんだー」


「わざわざ空間魔法の結界で通路を伸ばしているからな」


「えーっ、それじゃあいつまでも出口に着かないんじゃないの?」


 真利が目を丸くさせて聞いてきたが、そんなことはない。


「何もない一本道で無限ループは意外に難しいぞ。色々と細工しなきゃならないし魔力もそのぶん余計に消費してしまうから効率も悪い」


「せいぜい10倍に引き延ばすのが限度だろう」


 それでも百メートルが1キロになると考えれば効果は充分だ。


「魔力の無駄遣いじゃない?」


 真利としては、ただ引き延ばすだけなど何の意味もないと思っているのかもしれない。


「時間稼ぎになるだろ。入り口で進入したのがバレバレなんだし、向こうは待ち構えていると思うぞ」


「それダメなやつだよね。どうして壊さないの?」


「空間魔法の結界を壊すだって?」


 思わずまじまじと真利を見てしまった。


「真利よ、何か勘違いしておらぬか」


 俺が呆気にとられている間に英花が問うた。


「勘違い?」


「我々は隠れ里の者たちにケンカを売りに行く訳ではないのだぞ」


「あっ……」


 その反応からすると、すっかり失念していたようだな。

 道理で考えなしの発言をすると思ったよ。


「いつもの調子で反応していたら脳筋みたいになっちゃうだろ」


「脳筋」


 ショックを受けたように大口を開けて某絵画のようになってしまっている真利。


「そう言われたくないのであれば後先は考えて話すのだな」


 英花の忠告も耳に届いているのかいないのか。

 しばし固まってしまっていた。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 通路を抜けるとそこは隠れ里だった。

 そう言いたいところだったが、生憎と最初の光景は視界を埋め尽くさんばかりの巨大な炎であった。


「ずいぶんと熱烈な歓迎だな」


 言いながらも迫り来る特大火球を魔力の障壁で止める。

 制御は止めていないのかグイグイと押し込んでくる感触があった。

 それは悪手だ。

 指向性を持たせて爆発させた方がよほどマシである。


 俺は障壁と炎の接触面から魔力の糸を侵入させ制御の終点である火球の中枢に侵入する。

 術式を読み取ってみるがシンプルで力押しする気満々な代物だ。

 これなら乗っ取るのは容易い。


 まずは供給される魔力を魔法から外部へと切り替える。

 それだけで制御をこちらのものにすることができた。

 向こうはまだ己の魔法を乗っ取られたことに気付いていない。

 完全に断絶させたのではないからなんだろうが、ちょっと油断しすぎじゃないですかね?

 後は火球に残った魔力を抜き取って霧散させれば火球はすうっと音もなく消え去った。


「なっ!?」


 短い驚愕の声は若い男のものだ。

 火球が消えたことであらわになった姿はスラリとした中性的な美男であった。

 耳が尖っているしミケの報告にあったエルフだろう。


「お前さん自慢のファイアボールも、ずいぶんとあっさり潰されたのう」


 別の男の声は若者とは反対にずんぐりした老人が発したものだった。

 爺さんは大きなマサカリを担いでおり、まさにドワーフを体現した姿をしている。

 2人が並んでいると凸凹コンビという単語が自然と頭の中に浮かんできた。


「どれ、次はワシに任せてもらおうかの」


 マサカリをドンと地面に突き立て柄から手を離したドワーフの爺さんがゆっくりと前に出てきた。

 武器を持たない相手には素手で挑むのが当然と言わんばかりである。


「言葉が通じるようで何よりだよ」


 魔法を使って翻訳することも覚悟していたのだけど向こうは日本語を完璧に喋っている。

 戦うにしても非はこちらにあると暗に示しているつもりなのかもね。

 コミュニケーションを取るつもりがあるのかないのか困った凸凹コンビだ。


「しばらく前に外をうろついていた連中が別の場所で寝っ転がっていたから頭の中をのぞかせてもらったんじゃ」


 老人はずいぶんと物騒な話をしてくれるものだ。

 頭の中をのぞくとか異世界へ召喚される前だったら正気を疑うところである。

 まあ、魔法を使えば可能なんだけど。

 それにしたって難易度は低くないので誰にでもできるものではない。


 それを踏まえて考えても彼らの実力はかなりのものだろう。

 しかも、この隠れ里を呪いの浸食から守るため常に魔力を展開させてブロックしているようだ。

 でなければ、こうもあっさりエルフの魔法を封じ込めることはできなかったと思う。

 制御の甘さはこちらよりもブロックすることに集中していたからだと考えれば容易にうなずける。

 もし完全な状態で戦っていたなら手こずるどころの話では終わるまい。


「魔法で記憶を読み取ったか」


 言いながら英花が一歩前に出た。

 他人の記憶を覗き見るような真似をするあたりが引っ掛かったのかもな。


 けどなぁ……

 英花は忘れているようだけど、ドワーフの言った連中に心当たりがある。

 奴らならプライバシーなどなくてもいいと思うけどな。


 そもそも見知らぬ世界に飛ばされてきたことを考えれば、少しでも安全に情報を得ようとする気持ちはわからないではない。

 同じ立場だったなら俺もそうしていたと思う。


「おいおい、ケンカを売りに行くんじゃないと言ったのは何処の誰だよ」


 俺のツッコミに反応したのは爺さんの方だった。


「なんじゃ? お主ら転がっていた連中の仲間ではないのか」


「そいつら、たぶんうちに侵入しようとして返り討ちにあった連中だな」


 うちというか真利の屋敷なんだけど細かなことを説明するのは面倒なのでそういうことにしておく。


「そういえば、お主の顔には見覚えがあるのう」


 俺の方を見ながらドワーフが言った。


「もう1人が今日はおらぬようじゃが」


「英花、眷属召喚たのむ」


「心得た」


「「なっ!?」」


 返事をしてすぐに紬が呼び出されたのを見て凸凹コンビが絵に描いたような驚きぶりを見せた。


「ここが隠れ里だというのは知っているが、仲間は特殊なスキルを持っているからこういうことができるんだよ」


 これについては連中の記憶にないことなので2人が知らなくて当然だ。


「で、奴らの記憶にあるのは彼女だと思うんだが」


「ああ、間違いない」


「だったら一戦交える必要はないんじゃないか」


「そうじゃな。話を聞くくらいはしても構わんじゃろう」


 ドワーフはエルフの方を見た。

 任せるというように無言でうなずきが返された。


「まずはワシらの方からどうしてここにいるのかを説明しておこう。とはいえ分からないことだらけじゃが」


 そこから話されたことは予想していた通りのものだった。


「ワシが最後に外を見た時は何もかもが無茶苦茶じゃった。あれでは元に戻すことなど叶うまいて」


 という言葉で締めくくる。


「災難だったな。俺たちの世界ももう少しで同じ運命をたどるところだったんだけど」


 俺がそう言うと2人は俄然興味を抱いたようだ。

 もちろん説明したさ。

 誤解されぬよう慎重に言葉を選び話をすることしばし。


「──という訳だ」


「では二度と戻れぬのだな」


 話し終わるとエルフの方が深く嘆息した。

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