第125話 隠れ里だって?
「予想通りでしたニャー」
帰ってきたミケの報告は要領を得ないものだった。
「意味がわからないぞ、ミケ。わかるように話せ」
英花が不機嫌さをぶつけるように言った。
「おっと、これは失敬しましたニャ」
そう言いながら前足でペシンと自分の額を叩くミケ。
器用な奴だ。
「結論から言えば隠れ里ですニャン」
「隠れ里だと?」
怪訝な表情を見せる英花。
「ハイですニャ」
返事を受けて今度は俺の方を見てきた。
異世界で書物を読みあさった俺の記憶に該当するものがないか聞きたいのだろう。
「残念だが異世界の知識にはそういうものはなかったな」
「そうか。どうやら異世界でも例のないダンジョンのようだな」
「厳密に言えばダンジョンではありませんニャ」
「なにっ、どういうことだ!?」
ガバッという音が聞こえそうなほど勢いよくミケの方へ振り向く英花。
「ダンジョンコアがないんじゃないか」
眉間にシワを寄せた英花がこちらを見た。
「バカな。ダンジョンコアなしにダンジョンが存在できるはずが──」
そこまで言いかけて、はたと気付いたように言葉を止める英花。
ダンジョンではないと言われたことが引っ掛かったようだな。
「いや、ダンジョンでなかったとしてもダンジョンのようなものが出現し存続し続けるなどダンジョンコアに相当するものがなければ不可能だろう」
異世界で俺たちが得た知識や経験からすれば英花の言ったことこそ正しい。
俺の言葉など単なる思いつきに過ぎないしな。
「ですが、涼成様の仰ったとおりなんですニャ-」
「意味がわからないぞ」
「隠れ里はダンジョンとは別の理で存在するものですニャン」
「むう」
別物と言われてしまっては英花も反論のしようがない。
「妖精郷なんかも隠れ里の一種ですニャ」
「なんだ、妖精郷も隠れ里なのか」
思わず声に出てしまっていた。
未知のものだと思っていたら異世界で得た知識にあるものだったからね。
そしたら英花がこちらを見た。
「知っていたんじゃないか、涼成」
その口ぶりは非難めいていたので誤解されているのは明らかだ。
「俺も今初めて知ったんだよ。それに向こうの書物では妖精郷は異世界のひとつであるとか書かれていたんだぞ」
妖精郷の存在については知っていたがダンジョンのように亜空間に類するものだとは思っていなかったのだ。
「異世界の書物も当てにならないな」
「しょうがないさ。勇者も妖精も形式は違えど召喚で呼び出されるから妖精郷は異世界と考えられるなんて論理で立てられた仮説のようなものだったからな」
「ニャハハ、ずいぶんと乱暴ですニャー」
ミケが苦笑している。
そこから聞いた話によると、隠れ里は誰かがそこに在りたいと強く願うことで生じるものらしい。
隠れ里ができた後は誰もいなくならない限り消滅することがないという。
妖精郷はそのあたりが特殊で、すべての妖精が出払っても消滅はしないんだとか。
「で、中にいたのは妖精じゃないんだよな」
「もちろんですニャ」
「困ったことになったな」
「そうなの?」
それまで黙って聞いていた真利が不思議そうに聞いてきた。
「当然だろう。この中にいるのは異世界人だぞ」
「あっ」
言われて初めて気がついたように驚いている真利。
「涼ちゃんが召喚された世界の人たちがこっちに来ちゃったんだ」
「いや、それは違うだろう」
英花が否定する。
「あの世界を維持させるために執着していた連中が他の世界とも言える隠れ里を用意するなど考えられない」
俺もそう思う。
滅び行く世界に固執していた連中にそんなことができるはずがない。
「じゃあ、何処の世界の人なんだろうね」
中の様子を見てきたミケならいざ知らず俺にわかるはずもない。
「少なくとも勇者召喚された世界の呪いを受けた世界のひとつだろうな」
確信があるかのように英花が言った。
異論はない。
むしろ、そうとしか思えないくらいしっくりくる話であった。
「でしょうニャー。そのせいで困ったことになっていますニャン」
「困ったことだと?」
「ハイですニャ。このままだとこの隠れ里は近いうちに消滅してしまいますニャー」
「それは……」
「誰もいなくなったのか」
英花が言葉に詰まり俺も中にいたであろう者たちへ心の中で黙祷を捧げたのだが。
「いえ、人はいますニャ」
「なに!? 人がいるのに消滅するとはどういうことだ」
英花が苛立ちをにじませた声を出していた。
「魔王様、話は最後まで聞いてほしいですニャ」
「む」
ばつが悪いのか恥ずかしそうに頬を薄く染める英花である。
「原因は簡単ですニャー。呪いに浸食されているからですニャ」
「また呪いかよ」
「仕方ありませんニャ。呪いで元の世界を失った隠れ里が残ったのは呪いとつながりがあったからですニャン」
詳しく聞いてみたところ隠れ里が元の世界もろとも消滅しなかったのは、別種とはいえ同じ亜空間ということでダンジョンとつながりができたからだという。
そのせいで呪いが唯一残った俺たちの世界に引き寄せられたんだそうだ。
そして俺たちの世界に定着したものの、今度は呪いの権化とも言うべきダンジョンとつながりができたとことで領域が浸食されつつある。
完全に浸食されてしまうと、そこに在りたいという願いが上書きされてしまい隠れ里の存在が維持できないという訳だ。
「中に人がいると言ったな、ミケ。どんな様子だ」
問題はそこだよな。
隠れ里が維持できるなら問題ないが、それは望み薄だ。
隠れ里内の呪いを浄化しても再び浸食してくるのは目に見えている。
そんな環境では中の人たちも呪いの影響を受けて衰弱するか凶暴化するかしてもおかしくはない。
おそらくは前者だろう。
隠れ里内に侵入者を感知する術式を設置するくらいだからね。
「大半が寝込んでいますニャー」
やはり、そうか。
「なんとか起きているのはエルフが1人にドワーフが1人ですニャン」
「は!? ちょっと待て」
想定外の情報がいきなりポンともたらされたことで英花が素っ頓狂な声を出した。
俺だって唖然としてしまって声すら出せなかったよ。
「何ですかニャ、魔王様」
「エルフにドワーフだと」
「そうですニャ」
愕然とした表情の英花とは裏腹にミケは「それが何か?」と言わんばかりに平然としていた。
「召喚された異世界にさえいなかった種族じゃないか。そんなのがこの世界に現れたら大騒ぎになるぞ」
困惑した表情で首をかしげるミケ。
「何を言ってるんですかニャ、魔王様。エルフもドワーフも獣人だっているじゃないですかニャー」
「お前は何を言ってるんだ。あれは物語の中にしかいない架空の存在だ」
「ええっ!? 動画で見たから、てっきりいるものだと思っていましたニャー」
何処をどうすれば、そんな勘違いが発生するのだろうか。
もはや笑い話にもならない。
「頭痛くなってきた」
「でも、助けないと隠れ里ごと消えちゃうよね?」
真利が不安そうに聞いてきた。
御近所でこんな事態が発生しているんじゃ知らない振りもできやしない。
無視して消えられたんじゃ罪悪感が半端なく押し寄せてくるのが目に見えているからね。
「とりあえず中に入ろう。まだ無事な2人と話をしないと何も始まらない」
「それしかないか」
「きっと何とかなるよ」
英花と真利の同意を受けて俺たちは隠れ里へと入っていった。
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