第124話 御近所に隠されていたもの

 遠藤大尉が来訪した翌日は休みとした。

 長期遠征の疲れは残っていなかったけど、大尉の持ち込んだ話に対応する必要があったからだ。


「まさか一気にこの辺り一帯を確保できるとは思わなかったよ」


「そういう意味ではもうけたと言えるのか」


「税金もかからないってお得だよねー」


「うまい話には裏があるものだぞ。ただより高いものはないと言うだろう」


「そこは割り切るしかないんじゃないかなー。涼ちゃんが釘を刺してくれたし」


 遠藤大尉には効果が見込めるかもしれないが、政府のお偉いさんや官僚たちには何処まで通用するものだろうかね。


「接触しようとしてきた場合は要注意だぞ、真利」


「うん、そうだね」


 英花の忠告に素直に頷く真利だが、2人ともそれ以前の問題だと気付いていない。

 そんなに失念するものだろうか。

 真利が人見知りであるということを。

 もしも大阪への遠征が影響しているのだとしたら、それは喜ばしいことなんだろうな。


 ただし、今回のような懸念が生まれてくるので喜んでばかりもいられない。

 そこは一歩ずつ前に進んでいくしかないのだと思う。

 人間はレベルとは関係なく日々成長する生き物だ。

 真利のようにイジメで引きこもり止まってしまう者もいるのだけど。


 だが、どんな長雨もいつかはやむものだ。

 雨が降った時は雨宿りをするように何処かへ逃げるのも決して悪いことではない。

 自分を守ることが罪であるはずがないのだ。

 後は雨がやんだ後に一歩を踏み出す勇気が出せるかだと思う。


 また雨が降り始めたらどうしよう。

 落雷があったらどうしよう。

 不安や恐怖は尽きないかもしれない。

 前に進もうとしても、ぬかるみに足を取られ転んでしまうかもしれない。


 だから、周りの理解や支えが必要になる。

 真利もそうだったように。

 人は一人では生きていけない。

 前に進むのを邪魔する輩や騙そうとする奴もいるが助けてくれる者も必ずいる。

 そのことを忘れずにいてほしい。

 真利を見て自然とそう思った。


「涼成?」


 考え込んでしまった俺は場の空気にそぐわない雰囲気を発してしまっていたのだろう。

 英花が怪訝な表情を向けてきた。


「いや、考え事をしていただけだ」


 頭を振って否定するが、その先を言うのは気恥ずかしい。


「書類の確認なんて夜でもできるから現場を見てきた方がいいんじゃないかと思ってな」


 それっぽいことを言って誤魔化すことにした。

 これも頭の片隅では考えていたことなのでウソではない。

 メインで考えていたことを言わないだけだ。


「む、一理あるか」


 どうやらすんなりと誤魔化されてくれそうである。


「だったら、さっそく行ってみようよ」


 その提案に否やはない。

 俺たちは新たに自分たちのものとなった土地を見に行くことにした。


 この後、俺たちは思わぬ事態に巻き込まれることになるなど夢にも思っていなかった。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 リアを従え御近所を見て回る。

 今や幻影や認識阻害の魔法に頼らずとも外を出歩けるくらいリアの姿は人そのものと言って良いものになっていた。

 あと、ミケがついて来ている。

 こちらはダンジョンに潜る訳ではないので霊体モードにはならず猫のふりで堂々としていた。

 実際はそこらにいる猫とは一線を画すデカさなんだけど本人は気にしていないらしい。

 まあ、御近所さんがいないから騒ぎになることもないんだけど。

 仮に騒ぎになったとしてもミケは猫のふりを続けるだろう。

 割と図太いところがあるからね。


「世界最大の猫と主張すればいいだけですニャ~」


 とは本人の言である。

 人前で喋らないというのに、どうやってそれを主張するつもりなのか。


「それをさせられるのは我々なんだが」


 英花がジロリとミケを睨んだ。


「まあまあ、いいじゃないですかニャー。もっと心に余裕を持ちましょうニャン」


 こんな具合に結構な図太さを披露してくれている。


「そんなことより皆様、お気づきですかニャ」


「何がだ? ハッキリ言え、ミケ」


「このあたり関西に向かう前と雰囲気が変わってしまっていますニャー」


「なにっ!?」


 驚いた英花が立ち止まり警戒感をあらわにして周囲の気配を探り始める。

 俺も確認してみたが。


「これは……」


 言われて初めて気がつくような隠蔽の痕跡。

 見事なものだと言わざるを得ないが呑気に構えていられる状況でもないか。

 これの意味するところは誰か意思のある存在が近くにいるということに他ならないからね。


「向こうの空き地の方からだな」


 英花が視線を鋭くさせて隠蔽の中心方向を見る。


「うちの近所にこんなのができていたなんてビックリだよー」


 真利は緊張感が薄いが敵意や悪意を感じないからだろう。

 何にせよ放置はできない。

 これほど高度な魔法が使える何者かの存在を認識していながら確認しないのは危機感が足りていない証拠だ。


「ミケ、罠は?」


「ありませんニャー」


「見張りもないね」


「そりゃそうだろ。そんなのがいれば俺たちが気付かないはずがない」


 仕掛けは極力排除して潜むことを優先するつもりか。

 ならば魔道具を使った監視もしていないだろうな。


「行くか」


「ああ、放置する訳にはいかんだろう」


 俺たちは隠されている何かに向けて歩を進める。


「誰が隠れているんだろうね」


「人とは限らないぞ」


「ええっ?」


 真利がそんなことがあり得るのかと驚いている。


「レイスのような意思を持つ魔物もいるだろう」


「あっ、そっか」


「それに何かを隠しているだけかもしれない」


「えー、それって隠し金庫みたいなもの?」


 真利の言葉に英花も俺も思わず苦笑を漏らしてしまっていた。


「鍵をかけているなら、そうだろうな」


「どっちかと言うとリスの貯食行動に近い気がするけど」


「何それ?」


「集めた食べ物を埋めて隠すリスの習性」


「そんなことするんだ。賢いねー」


「たまにそれを忘れる間抜けなものいるみたいだけどな」


「アハハ、なにそれー」


 真利が声を出して笑っている。

 本当に緊張感がないな。


「真利、気を抜きすぎだ。もう隠蔽の中心地点だぞ」


「はーい」


 英花が言うように空き地の片隅の目立たない場所に術式の施された場所があった。

 ご丁寧なことに認識阻害と幻影まで重ね掛けしてある。

 いきなり術式を破壊するような乱暴な真似はせず、まずは確認から行うとしよう。

 ここは専門家に任せるのが手っ取り早い。


「ミケ、どうだ?」


「どうやら特殊なダンジョンのようですニャ」


「何だと!?」


「声が大きいですニャ、魔王様。向こう側に人がいれば気付かれていましたニャー」


「くっ」


 今更ながらにいつもの音声結界を張る。


「中に入れそうか」


「それは大丈夫ですニャン。でも、入ってすぐのところに報知の術が施されていますニャ」


 俺たちが侵入すればバレるということか。

 おまけに仕掛けがダンジョンの中じゃ探るのもひと苦労である。


「行けそうか?」


「お任せくださいニャ」


 そう言い残してミケは毎度のごとく忍者を意識してシュバッと消えるように去った。

 と同時に霊体モードになっていたので感知もされないだろう。


「さて、何者が潜んでいるかだよな」


「ミケは特殊なダンジョンと言っていたが心当たりはあるか?」


「どう特殊かにもよるな」


 そのあたりはミケが帰ってきてからということになるだろう。

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