第123話 帰ったら貰った?

 ロゴランドダンジョンを掌握した。

 イービルトレントとの戦闘は途中から冷や冷やさせられたけど終わってみれば完勝と言って良いだろう。

 あの後、真利には説教しようと思っていたら英花に先を越されたので俺からは何も言わないことにした。

 本人も最後の方でヤバいと自覚して落ち込んでいたし追い打ちなんて意味がない。


 名古屋市内のダンジョンは軒並み制覇したので今度こそ帰ることにした。

 観光も終わっていたので思い残すことはない。

 ただ、一般道でぼちぼち寄り道しながらだ。

 今回の件でダンジョン間転移ができることがわかったんだし使わない手はないよね。


 という訳で真利の屋敷に辿り着いたのは名古屋を出発してから1ヶ月もたってからだった。

 普通に帰れば多めに休憩をはさんでも出発した日のうちに帰れたはずなんだけどね。

 タイミング良く訪ねてきた遠藤大尉には呆れられてしまいましたよ。


「君らは何処でどう道草を食ってきたんだ?」


「帰るついでに各地のダンジョンに顔を出してきただけですよ」


「どれだけ回ってきたんだか」


「いちいち数えちゃいませんから俺たちにもわかりません」


 というのは半分ウソだ。

 カウントはしていないけれど詳細な記録は取ってある。

 何処のダンジョンかわからなければ転移目標にすることができなくなるからね。

 そういう訳で数を知ろうと思えば可能なのだ。

 面倒くさいから頼まれてもしたいとは思わないけど。


「物好きだよなぁ」


 感心しているんだか呆れているんだかわからない調子で喋ったかと思うと溜め息をつく。

 両方が混ざっているのかもしれないな。


「趣味みたいなものなので」


 こう言っておけば深く追求されることはないだろう。


「仕事と趣味を兼用できるとはうらやましいねえ」


「さて、どうでしょうね。他人のものは良く見えがちだと思うんですけどね」


「隣の芝生は青いってか」


 フフンと鼻で笑う遠藤大尉。

 ことわざまで使いこなすかと思ったが、ほぼ直訳状態のものが英語にもあった気がする。


「それはそうと今日の用向きは?」


「ハハハ、今日は仕事じゃないんだ」


「は?」


「非番で暇なんだよ」


 意味がわからない。

 仕事じゃない日でもあるにもかかわらず、ここに来るなど理解不能である。

 ひとつだけ納得できたのは他のメンバーがいない理由だ。

 いくらチームを組んでいるとはいえ休みまで連む理由にはならないもんな。


「休みなら来るな」


 律儀に出なくてもいいと言ったのに俺の隣に座っている英花がうなるように言った。

 完全に威嚇している。


「つれないなぁ。三十路のオッサンを哀れもうという気はないのか」


 英花の冷たい応対にもめげることはない。


「ある訳がない」


 根比べだとばかりに「帰れ」を間接的に言う英花だ。

 このまま放置すると大尉が帰るまで同じことを続けそうである。

 とはいえ俺も統合自衛軍の人間と馴れ合いたい訳じゃないんだよな。


「大尉、勧誘に来たのなら帰ってください」


「そんなつもりはないって。純粋に遊びに来ただけだ」


 その言葉を耳にして英花が迷惑だと言わんばかりにしかめっ面になる。

 それが目に入っているはずだが遠藤大尉は涼しい顔だ。


「大尉は暇かもしれませんが俺たちは暇じゃないんですよ」


 そうだそうだと英花がうなずいている。


「つれないことを言うなよぉ」


 唇を尖らせて文句を言う大尉。

 三十路半ばのオッサンの態度とは思えないが、これが遠藤大尉の素であることを俺たちは知っている。

 何だかんだと言って異世界から帰ってきた俺にとっては数少ない顔見知りだからな。

 今回の遠征で増やしてきたから少ないとは言えないか。

 人脈という意味では名古屋じゃ散々だったけど。


「せっかく朗報を持ってきたんだからさ」


「朗報?」


 怪訝な表情を隠すこともなく英花が疑問を口にした。


「そうさ。君ら、この近辺の土地を片っ端から買っているだろう」


 そんなことまで調べているのか。


「誰も住んでいないのは治安悪化の元ですからね」


「それと土地を購入するのと、どう関係があるんだ?」


「素性の知れない人間に住まれないようにするためですが?」


「はあ? よそ者対策だって言うのかい」


 信じられないと言わんばかりに素っ頓狂な声を出し目を丸くさせる遠藤大尉。

 どうやら嫌みは伝わらなかったようだ。

 スカウトのために統合自衛軍が購入して住み着くつもりはないのかと暗に言ってみたんだけどね。


「それなら都合がいい」


「何がです?」


「この辺の土地のことさ。誰も住まないだろうから君らに管理を委託するってよ」


「意味がわかりませんけど。そもそも誰がそんなことを言ったんです?」


「与党のお偉いさん方だ」


 ますます意味がわからない。


「ほら、議員の息子に迷惑をかけられたことがあっただろう」


「そういうこともありましたね」


 まだ1年と経っていないが、もっと前の出来事のように思えてしまう。


「アレの詫びだよ。表向きは管理の委託ということになっているが税金のかからない状態での譲渡だと思ってくれればいい」


「ずいぶんと大袈裟で太っ腹ですね」


 なんだか話の流れがおかしくなってきた。

 暇で仕事じゃないと言ったのは何処の誰だ?


「下心がないと言えばウソになるが、見返りは求めないということでお偉いさんたちの意見は一致してるとよ」


「信じられませんね」


 英花も警戒感をあらわにしている。


「言うと思ったよ。君らの活躍に対する特別ボーナスだと思ってくれだとさ」


 今後とも奮闘してくれってことか。

 場合によっては手伝ってねというのも含まれているだろうけど。


「いい様に使われるのは御免被りたいんですがね」


「頼み事をすることもあるかもしれないが、あくまで頼み事だとも言っていたよ」


「つまり断るのは自由だと?」


「もちろん、そうさ」


 だとしても貰うものを貰っておいて知りませんとは言いづらいだろう。

 本気で嫌なこと以外は向こうのお願いを聞くことになりかねない。


「ああ、面倒な手続きは済んでいるから心配はいらない」


「おい」


 俺が応答する前に英花がツッコミを入れていた。

 気持ちは俺も同じである。

 受け取り拒否すら想定して押しつけてくるとは、いい度胸だ。

 こちらがヘソを曲げるとは思わなかったのだろうか。


「管理の委託と言いますけど無理があるんじゃないですかね」


「どう無理があるんだ」


 遠藤大尉は空とぼける。


「俺たちだけで管理しきれる訳ないじゃないですか」


 小さいとはいえ街まるごとだから個人で管理するなど不可能に等しい。


「そこは人材を派遣するから大丈夫だ」


「無理でーす。給料が払えませーん」


「それはこっち持ちだから心配無用だ」


 ああ言えばこう言うだな。


「そもそも信用できませーん」


「そこは面接してもらってだな」


「スパイしかいない時点で受け入れる気はないと言ってるんですよ」


「あー、それはあるかもしれないな。じゃあ人材に関しては断ってくれて構わない」


「意地でも受け取らせるつもりなんですね」


「各地で問題になっているからな」


「不法侵入ですか」


「ああ。所有者がハッキリしていれば警察も動きやすい。それに言い方はアレだが見せしめにもできる」


 一応は向こう側にもメリットがあると言いたいようだ。


「そういうことだから、よろしく頼むわ」


 手続きが終わっているんじゃどうにもならないが。


「今回のは詫びということで受けますが、あまり深入りしてくるようなら敵認定させてもらいますよ」


「それは勘弁願いたいねえ」


 遠藤大尉はブルッと身震いして苦笑した。

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