第122話 遠征ふたたび・これはこれで面倒だ

 ロゴランドダンジョンの守護者はイービルトレントだった。

 人間の3倍以上の背丈がある広葉樹の魔物だ。

 他のトレント系の魔物より格段に強いので守護者になるのも納得である。


 今のレベルでは出会いたくない魔物だ。

 おまけにここの守護者の間はやたらと奥行きがある。

 思わず舌打ちが出たさ。


「イービルトレントかよ、面倒な」


 苦々しい思いを抱きながら俺はイービルトレントに向かって駆け出し始めた。

 英花もほぼ同時にダッシュしている。

 急がないと、より面倒なことになるからね。


「そんなにヤバい相手なの?」


 やや遅れて後を追ってきた真利が後ろから聞いてきた。


「ああ、持久戦を覚悟する必要がある」


「ええっ、そんなに強いのー!?」


「強いというか……。まあ、見ればわかる」


 あまり話している余裕はない。

 案の定、イービルトレントは予想通りの動きを見せ始めた。


「何あれ!?」


 真利が驚愕している。

 無理もないか。

 イービルトレントの枝が次々にグネグネと形を変えていってるからね。


 本能的にヤバいと察したのか真利が立ち止まりコンパクトボウで攻撃した。

 が、イービルトレントは形を変えていない枝で鉄球を叩き落とす。


「無駄だ。こいつを倒すには手数が必要だぞ」


 単発の攻撃では今のように防御されてしまい簡単にはダメージを与えられない。


「先に言ってよぉ」


 真利が再び走り始めたが俺たちとは差が開いてしまっている。

 このまま攻撃がワンテンポ遅れてしまうのは仕方ないか。

 まあ、俺たちも奴の初手を封じる前に接敵できそうにないんだけど。


 形を変えていた枝が不意にボトリと落ちた。

 それは直立したかと思うとイービルトレントの前に並ぶ。


「人型になったよ!?」


「トレントマンだ。イービルトレントはコイツらを作り出す能力がある」


「何それー」


 動き出したトレントマンとの戦闘が始まった。

 単独でダンジョンに出没するものと違ってイービルトレントによって生み出されたものは操り人形となる。


 数の上では優位であるはずなのに3体しか前に出てこない。

 そのうちの1体がイービルトレントに迫ろうとする俺の前に立ち塞がった。

 別の1体は英花と向かい合い、もう1体は真利の方を見ている。

 残りはイービルトレントをガードするように並んでいた。

 操られているんだから当然か。

 その分イービルトレントからの攻撃はないのだけは救いだ。


 目の前の敵に殴りかかる。

 剣鉈を使わないのはトレントマンの表皮が硬いからだ。

 下手をすると剣鉈の刃がこぼれてしまいかねない。

 目の前のトレントマンがガードし拳に固い感触が伝わってくる。


「ちっ、一撃じゃ無理か」


 コイツら攻撃力なんかはホブゴブリンと同等だけど防御力だけは高いんだよな。


「涼成! イービルトレントが次のトレントマンを生み出そうとしているぞ」


「わかってるって!」


 悠長なことをしていれば周りがトレントマンで埋め尽くされることになりかねない。

 とはいえ簡単に倒せる相手ではないのが頭の痛いところだ。

 何発も殴ってようやく沈むといった具合である。


「こんなことなら斧を用意しておくんだったよ!」


「いまさらだ!」


 ようやく目の前のを片付けたと思ったら次が控えている。

 そしてイービルトレントがトレントマンのお代わりをしてきて終わりが見えないループに突入決定。


「行くよー!」


 気合いの入った声で遅れていた真利が勢いよく突入してきた。

 体当たりで弾き飛ばすのかと思ったが。


「はあっ!」


 裂帛の気合いを込めて繰り出されたのは深い踏み込みからの掌底だった。


 パァン!


 乾いた音が弾けトレントマンが真っ二つに裂けた。


「は?」


「なんだと!?」


 俺は呆気にとられ、英花は驚愕した。

 が、すぐに真利が何をしたのか理解する。


「「魔勁か!」」


 すっかり失念していた俺と英花は同時に叫んでいた。

 勇者として戦い続けてきた経験が過去の引き出しばかりに目を向けさせ新しい戦い方を馴染ませようとしなかったせいだ。

 まあ、反省するのは後でいい。

 今は増産されるトレントマンを片っ端から片付けてイービルトレントとじかに戦う状況に持っていくのが先決である。


 気づきがあれば後は実践あるのみ。

 俺も英花も真利に続く格好で魔勁を打ち込み次々とトレントマンを一撃で沈めていく。

 そのペースはイービルトレントがトレントマンを生み出すよりも速い。

 そうしているうちにトレントマンの姿はゼロとなった。


 魔勁を使わずにこの状態に持ち込もうとした場合、イービルトレントの魔力切れを待つしかなかっただろう。

 相手は木の魔物なのだから火属性の魔法を使えば良いと思うかもしれないが、イービルトレントもトレントマンも炎熱耐性がある。

 魔力を大量に消費しても殴るのと大差ないダメージしか与えられないのでは使わない方がマシというもの。


 だが、今は魔勁がある。

 俺たちに肉薄された格好となったイービルトレントはトレントマンを生み出している場合ではなくなった。

 が、向こうも八方ふさがりという訳ではない。

 無数にある枝を使って攻撃してくるためトレントマンの相手をしていた時と違って回避に重きを置かなければならなくなった。

 攻撃する余裕はあまりない。

 溜めが必要な魔勁も使わせてもらえないほどだ。


「持久戦ってこういうことだったんだね」


 回避しながら真利が愚痴った。

 その拍子に枝が頬をかすめていく。


「痛っ」


 血を流しているが大きな怪我ではなさそうだ。

 痛みを感じたことで動きが乱れるかと焦りを感じたが、その心配はなさそうである。

 短い期間ではあるが経験を積んだことで甘さが抜けつつあるね。

 まあ、愚痴って回避をミスる時点でまだまだだと言えるのだけど。


「気を抜くな、真利!」


「うん」


 英花が叱咤し真利が返事をした。

 そんな余裕があるのかという疑問が湧き上がったが今度は回避をミスらなかった。

 ギアを1段上げたな。

 それはそれで問題がある。

 持久戦が余儀なくされている状態でペースアップするということは敵を倒す前に息切れしかねないという爆弾を抱えることを意味するからね。


 勝負所であるなら、その判断は決して間違いだとは言えないのだが。

 現状は決め手に欠いていることから考えてもダメ出しはまぬがれない。

 たとえ息切れすることなくイービルトレントを倒せたとしてもだ。


 ただ、今はそれを追求している場合ではない。

 時間をかけてでも確実にというシナリオにリスクが出てきたなら対処すべきだろう。

 俺は新たなシナリオを頭の中で書き上げてシミュレートした。

 現状維持よりもダメージを負うリスクはあるが短時間で勝負を決められそうだ。


 俺は瞬時に決断した。

 それまでよりも力を込め、攻撃してくる枝を次々に弾き飛ばしていく。

 より遠くへ飛ばされた枝が復帰してくるまでのタイムラグがほんのわずかだが延びた。


 その刹那の時間を利用して俺は自分の周りに少し大きめの結界を構築した。

 短い時間で作られた見えざる障壁は勢いよく振るわれるイービルトレントの枝には数発しか耐えられない。

 それでもさらなる猶予が得られたことで、今まさに破られんとする結界の内側により強力な結界を張り直す。


 今度は簡単には突破できない。

 賭けは俺の勝ちだ。

 魔力を練って練って練り上げてイービルトレントの幹の正面に踏み込み魔勁を叩き込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る