第6話 今後の相談

 一息入れた後にもうひと勝負と言いたいところだったが、いざ立とうとするとズシリとした重みを感じた。


「思ったより疲れているみたいだ」


「私もだ」


「世界間を転移した影響かな」


 その前の魔王との最終決戦についてはあえてスルーだ。

 限界まで魔力を振り絞ったとはいえ、ちゃんと休んでから帰還転移してきた訳だし。


「レベルアップの組み手は明日にした方が良さそうだな」


「そうね。こんなことで怪我をしてもつまらないし」


 という訳で縁側から家に上がり込んで居間に入る。

 座布団も座卓も見覚えがあるようでないような不思議な感覚だった。


「どうした、涼成?」


「いや、家の中のものに違和感があるというか」


 困惑しながら返事をすると英花は一瞬だけ目を丸くさせたかと思うとフフッと笑った。


「セーフエリアの特徴が出ているな」


「どういうことだ?」


「涼成の記憶通りに再現された家も自動修復の機能が働いて新品同様になっているんじゃないか」


「あ……」


 言われてみれば、その通りだった。

 家の中にあるものだけでなく家そのものもピカピカだった。


「機能が過剰に働いているのか」


 つまり、ずっとこのままということだ。

 ちょっとションボリ。


「仕方ないさ。セーフエリアに干渉するのはダンジョンをクリアしないことには、どうにもならないんだし」


「ああ」


 英花の言葉に頷いたもののションボリモードは続いたままだ。

 理屈じゃわかっていても納得できるものではないので簡単に切り替えられるものではないからね。


「クリアしないのか?」


 英花はそうすることがさも当然であるかのように聞いてきた。


「どれだけの広さかもわからないのに?」


 俺としては脱出する方が先決だと思ったのだが。


「わからないから腰を据えて探索から始めようと言ってるんだよ」


 英花には呆れたとばかりに溜め息をつかれてしまった。


「焦っているのか?」


「俺が?」


 意外な問いかけに思わず目が丸くなる。


「外の様子も確かめずに飛び出すなと言ったのは涼成じゃないか」


「うっ」


 確かに言った。

 今の俺も先程の英花と変わらぬ状態だ。

 漠然と外を目指すつもりでいたという体たらくで頭の中には探索のたの字もなかった。

 フィールドダンジョンと外の境界が何処にあるのか把握できていない状態でそれはない。

 あやうく闇雲に歩いて遭難するところだった。


「スマン。まずはマッピングからだな」


「先にレベル10まで上げないか。今の我々は初期装備すらないんだぞ」


 そうだった。

 総魔力量を増やして次元収納を拡張しないと仕舞い込んだ物資が出てこない。


「確かに防具なしでレベル3は厳しいか」


 それもポップする魔物しだいだが石橋を叩いて渡るくらいのつもりでいた方がいいだろう。

 雑魚が相手でも1ミスが即命取りとなるのが現状だ。

 死ぬ心配のない組み手で強くなっておくのは必須だろう。

 慎重すぎて臆病者だと嘲笑されるかもしれない。

 RPGで言えば絶対に勝てる雑魚で限界までレベル上げをしてから先に進むようなものだからね。


 だけど、これはゲームじゃない。現実なんだ。

 しくじったからロードしてセーブポイントまで戻るなんてことはできない。

 異世界に召喚されて勇者としてギリギリの戦いを繰り返してきたからこそ、その事実は身に染みている。

 迷いは死と隣り合わせであるということもね。

 だから笑われようが馬鹿にされようが石橋を叩いて渡るのが基本方針だ。

 世の中、何が起きるかわからないから絶対ではないけれど。


「どの程度まで組み手でレベルアップするかはポップする魔物を確認してからだな」


「そうだな。厄介なのがウジャウジャ出るようなら当面は外に出ない方がいいか」


 堅くて攻撃が通りにくいのは素手で殴ると痛いし。

 やたら素早いのは攻撃を当てるのも、ひと苦労。

 魔法で攻撃してくるのは魔法主体で対応するためMPの消耗が激しくなる。

 そういうのと連戦することになるならHPやMPに余力がほしいし他のステータスも高ければ対応が楽になる。


「その分、レベルアップが遅くなるけどな」


「仕方ないさ」


 互いに顔を見合わせて苦笑した。


「運が良ければ装備も帰ってくるだろうし」


「しばらくは無理だろうな」


「どういうことだ、涼成?」


「古いものの方が先に帰ってきている気がするんだよ」


「言われてみれば、スモモなんていつ入れたか覚えてないな」


 俺の勝手な思い込みかもしれないので好物じゃなかったのかよというツッコミは入れなかった。


「ポーションも初期の頃に使っていたものだから効果が低い」


 英花が困り顔で愚痴る。

 まだまだレベルが低いから現状なら程良いとも言えるが数が多くはないので気安く使える訳ではない。


「次元収納の肥やしになっていた代物じゃしょうがないさ」


「けれど、そういう意味でも可能な限りレベルは上げておきたい」


 魔物を倒して素材を得ることはできるが何が得られるかはポップする魔物しだいだ。

 欲しくないものばかりになったらキレるかもしれない。

 領域が確保された分に限るとはいえ中身を確認できる次元収納とは有用性が違う。


「じゃあ、明日からは気合いを入れて組み手をするか」


 そう言いながら拳を前に突き出した。


「そうだな」


 英花が俺の拳に己の拳を合わせてくる。

 美人なんだけど、こういうところは男前なんだよなぁ。

 出会って間がないというのに自然と馴染んでいたし一緒にいて楽な相手ではある。


「できれば魔法の感覚もつかんでおきたいし」


 それは失念していた。


「だよなぁ。レベル3の頃の魔法の威力とか思い出せないって」


「思い出せても今の方が能力値が高いから感覚にズレが生じるぞ」


 英花からの指摘は大事なことだ。

 気付かずにいれば、いざという時に重大なミスに繋がりかねない。


「そっか、そうだよな」


 ズレを修正する必要性を考慮するとレベルアップのたびに確認しておくべきだろう。

 ひたすら組み手だけに集中してなるべく短期で目標のレベルを目指すという訳にはいかなくなった。


「思ったより時間がかかりそうだ」


「では、外で経験値を得る方へ切り替えるのか?」


 方針変更するのかと英花が問うてくる。


「どのみち魔法の威力を確認するためには外に出ないと無理だ」


「そうだった」


 という訳で組み手でレベルを上げつつ魔法の確認のために外に出るという方針で確定。

 とはいえ基本は[いのちだいじに]だ。

 方針を覆すような魔物が出ないことを願いつつ、その日は休むことになった。

 思った以上に疲れていたようで少しの休憩くらいでは満足に回復できなかったからだ。


 飯を食って空腹を満たし風呂に入って汗を流し布団を敷いて眠りにつく。

 こんなにゆっくりできたのは、いつ以来だろうか。

 召喚される前も学費を稼ぐためのバイト三昧でずっと忙しかったからなぁ。


 あ、ちなみに英花とは色っぽいイベントが発生したりはしませんでしたよ。

 俺はさっさと寝てしまったし向こうもそういう素振りは微塵も見せなかったからね。

 英花は美人ではあるけど間近にいるとそう思えないのが要因として大きいと思う。

 言葉遣いはともかく所作にどことなくオッサンくささがあるせいだろう。


 現時点では気が置けない相棒というのが俺の中に根付いている英花の印象である。

 そこに艶っぽいことが入り込む余地は薄い。

 ラッキースケベでもあれば少しは違ってくるのかもしれないけれど。

 いずれにせよ当面は色恋沙汰には発展しない気がする。

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