第5話 家の外は人外境? どうすんのさ
「どういうことだ!?」
思わず大きな声が出たのは爺ちゃんの家の外が見覚えのない光景になっていたからだった。
田畑を埋めて住宅地や商業施設になったとかではない。
秘境と言っても差し支えないような密林地帯になっていたのだ。
どう考えても人の手が加えられたようには見えない。
「どうした、涼成。魔物でもいたのか?」
英花が声をかけてくれたおかげで、俺は呆然としていた状態から抜け出した。
千里眼のスキルを一旦止めて英花の方を見る。
「魔物がいた方が納得できるような状態だ」
「意味がわからん」
俺は外の状況を説明した。
「何処かの密林地帯に飛ばされたか向こうが飛んで来たか」
英花がそんな推測を立てた。
普通なら荒唐無稽な話と一笑に付すところだが、異世界の呪いの件があるので違うと断じることはできない。
「もしくは異界化しているかだな」
ちょっと穏やかでない話が出てきた。
「何を根拠に、そんなことを」
「環境が変わったんだろう? それこそフィールドダンジョンになったかのように」
英花の言うことも理解はできるし、その可能性も考慮した。
が、それをないと判断した理由がある。
「それならこの家もダンジョンの一部になっているってことじゃないか」
もしそうなら俺たちはダンジョン特有の不穏な気配を感じたはずである。
「この家の敷地内はセーフエリアになっているんじゃないか」
英花はそう言うが、そこまでは都合が良すぎて考えていなかった。
「俺たちが帰還転移の目標とした場所が偶然ダンジョン内のセーフエリアだって?」
ダンジョンの中だったというだけなら無いとは言えない。
ところがさらにセーフエリアだったという条件が加わるのは偶然にしてもできすぎているのだ。
「セーフエリアなんてそうそうできるもんじゃないだろう。爺ちゃんの家にできるなんてピンポイント過ぎる」
「それなんだが帰還した場所がたまたまセーフエリアだったんじゃなくて、帰還する場所をセーフエリアにしたんだと思う」
「ん? 意味がわからないんだけど」
「転移する前はここも普通にダンジョンだったってことさ」
「セーフエリアはダンジョン生成時にできたものじゃないと?」
ダンジョンの構造が変化するなんて見たことも聞いたこともない。
「ここの存在はダンジョンができたときに一旦消えたんだ」
それこそ荒唐無稽な話である。
「何を言ってるんだか。英花の言っていることは無から有を創造するに等しいんだぞ」
「無じゃない。涼成の明確な記憶を元に再構成されたんだ」
それならば理屈は通るかもしれないが、それでもまだ信じ難い。
「記憶だけで再構成されるというのは無理があるぞ」
これだけの規模の物を記憶だけで形作る?
ないない。それはない。
帰還転移のために消費した魔力だってギリギリだったはずだし、追加で大幅に消耗したとは考えられない。
「材料があるならともかく魔力が足りないだろう」
「そんなものはダンジョン内にいくらでもあるじゃないか」
「は?」
「魔物だよ。外にいなかったんだろう?」
「あ」
ダンジョン内の魔物をすべて材料にしてしまったのだとすれば魔力の消耗は限りなく抑えられそうだ。
「それにしたってセーフエリアになるとは限らないじゃないか」
「帰還転移の術式には転移先の安全確保も含まれていた。その影響だと思う」
そこまで言われると少なくとも俺には反論の余地がなかった。
未だに信じ難くはあるけれど。
いや、爺ちゃんの家が一度は消滅していたということを信じたくなかったのかもな。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
「これからどうしたものか」
「魔物がリポップする前にダンジョンから脱出する、と言いたいところだが……」
大きな問題が立ちはだかっているために英花も言い淀んでしまう。
「ダンジョンの規模と難易度がわからんことにはなぁ」
千里眼のスキルで見た限りでは大規模なダンジョンだと思われる。
現状の俺たちが太刀打ちできない魔物が出てくる恐れもあるという訳だ。
「腰を据えてマッピングから始める必要がある、か」
そうなると問題になるのは飲食だ。
英花もそのあたりが気になったのだろう。
「水はセーフエリアの井戸があるから問題ないとして食糧の確保をどうするか」
真っ先に問題点として挙げてきた。
「次元収納の中身はどれくらいある?」
「無いに等しいな」
「こっちもだ」
2人して盛大なため息が出てしまう。
このままでは飢え死にしかねない。
「レベルが低かった頃のものしか残っていないってのが悲惨だよなぁ」
武器や防具も満足に残っていない。
解体用のナイフならあるがレベル1の現状では心許ないものだ。
帰還転移する前に余計な気を回して収納してしまったのが悔やまれる。
そもそも爺ちゃんの家に帰還するんだから誰かに見られて通報されるとかないっての。
「……ちょっと待て、涼成」
「どうしたんだ?」
「もしかしてレベルアップすれば取り出せるようになるかもしれない」
「消えたものは戻らないって」
「消えたんじゃなくて取り出せないだけだとしたら?」
「どうだかなぁ」
次元収納は魔力の総量で容量が決まるから現状の俺たちだと最低限しか亜空間に収納できない。
それも中身が詰まっているせいで追加はできないのだけど。
「試してみる価値はあると思うが?」
「そうだなぁ」
いずれにしてもレベル1のままで周辺を探索するのは無謀だから先にレベル上げをしておく必要がある。
その結果、ブツが戻ってくるなら万々歳だ。
幸いにも庭はそこそこ広い。
俺たちが少々暴れても壊れるものは何もない。
まあ、セーフエリアならそもそも破損しないんだけどさ。
しても無かったことになると言った方が正しいか。
「じゃあ、やるか」
「ああ」
いきなりだが徒手空拳でバトルが始まる。
日本じゃ縁が無かった格闘技も異世界で習得した。
戦う術を知らないんじゃ魔王軍とも戦わせられないってことで叩き込まれたんだよな。
あと、訓練と同時にレベルアップする狙いもあった。
これこそ勇者の特権だ。
模擬戦であろうと戦えば短期間で経験値を得てレベルアップする。
普通は訓練でレベルを上げようとすると低レベルのうちでも長い期間を要するのだが勇者だけは違う。
固有スキル勇者によって成長しやすくなっているのだ。
「これだけは勇者になったことを感謝しないとな」
「勇者に選ばれたのが恨めしいんじゃなかったのか」
「それはそれ、これはこれ、だ」
低レベルにしては激しい打撃の応酬の中で軽口をたたき合う。
英花は勇者と呼ばれるのは嫌でも使えるものは躊躇なく使うらしい。
そういう方がストレスはないかもな。
「おっ、もうレベルが上がったぞ」
「さすがに同格相手だとレベルアップが早いな」
チラ見でステータスを確認しつつもバトルはやめない。
まだ疲れていないしレベル1が2になったところで強敵相手には通用しないからね。
そんなこんなで模擬戦を続けることしばし。
「一旦、休憩しようか」
「そうね。次元収納がどうなったか気になるし」
ここでずっと動き続けていた俺たちはようやく止まった。
1歩下がって礼をするのももどかしいとばかりに英花が次元収納を起動している。
出遅れる格好となった俺は苦笑するしかない。
「そんなに慌てなくても逃げやしないだろう」
「あった! スモモがあった!」
そう叫んだ英花が小躍りし始めた。
俺の視線に気付いてすぐにピタッと止まり赤面していたけどな。
「好物なのか?」
「拡張したスペースにガラクタじゃなくて食べ物が入ってたのを喜んだだけ」
まあ、そうか。
今の俺たちに食糧確保はかなり重要だもんな。
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