第4話 日本よ! 俺は帰ってきた
元の世界への帰還は多少の問題を抱えてはいたものの困難ではなかった。
俺の記憶から帰還場所を指定できたし世界間の転移術式は英花が把握している。
必要な魔力についても俺たちが2人で協力すれば余力があるという結論に達した。
では、何が問題か。
まず時間の経過である。
俺が召喚されてから4年経過しているが、これを無かったことにはできない。
当たり前のことではあるので受け入れがたいということはなかったが残念には思っている。
よくある異世界転移もののアニメなどでは召喚直後に帰還できることが多いから、そういう都合の良いものを期待したわけだ。
それが叶うなら呪いを受けていない世界に帰ることができるからね。
呪いを受けて4年経過した世界はどう変容しているのか不安がないと言えばウソになる。
魔王がまとっていた呪いが消えているとはいえども、すでに起きてしまった事象は変えられないはずだ。
どれほど酷いことになっているのかはデータがなさ過ぎて想像もつかない。
ただ、帰ってからも戦うことになるのは確定的と言えるだろう。
それに付随する問題が、もうひとつ。
世界間転移に支払うべきコストだ。
ぶっちゃけ代償だな。
命にかかわりはしないが、ある意味それに近いものがある。
4年間で上げてきたレベルだ。
これは英花も同様で、下手をすれば2人ともレベル1になってしまいかねない。
魔物と戦う上では雑魚クラス相手でも命がけになる訳だ。
それでも帰還しないという選択肢はない。
ボヤボヤしていると消滅する異世界と心中することになりかねないのだから。
「では、始めるぞ」
「ああ」
俺の返事を受けて英花が巨大な魔法陣を展開させる。
魔王の間に充分な広さがあるのは、そのことも織り込み済みだからだろう。
魔法陣の紋様が光を放ち始めたところで俺も魔法陣に魔力を注ぎ込んでいく。
術式が複雑で繊細なため一気に注ぎ込むわけにはいかない。
慎重かつ丁寧に魔力を制御しながら放出していく。
時間が経過するごとに体が徐々に重くなってきた。
レベルが下がり始めたのかと思ってステータスを確認したが、そういうことはない。
呪いがかかっている訳でもなかった。
「大丈夫か?」
同じような状態に陥っていたらしく魔法を継続させながらも英花が聞いてきた。
「問題ない。集中しよう」
「心得た」
そのやり取りの後は無言で異世界転移の魔法に集中し続けた。
どれほどの時間が経過したかもわからない。
ほんの数分なのか半日なのか、とにかく短いような長いような不思議な感覚があった。
後になればなるほど魔法陣の輝きが増していくので時間が経過していることだけは間違いなかったけれど。
それとて周囲が真っ白になるほどの光に包まれてしまうまでのことだ。
同時にその状態は異世界転移の魔法が発動可能な状態となったことを意味する。
「行くぞ!」
目の前にいるはずの英花が声をかけてきた。
「ああ!」
「転移したい場所を強く思い浮かべろよ、涼成」
「了解」
英花に言われて俺が思い浮かべたのは田舎にある爺ちゃんの家だ。
これは事前に英花と話している間に決めたことである。
割と条件がシビアだったんだよな。
俺が鮮明に覚えていて、なおかついきなり転移しても目立たない場所だったからさ。
異世界転移をする上で目標地点があやふやじゃ話にならないのは当然として、目立たない場所というのも大事だ。
何もない場所に人が急に現れたら騒ぎになるに決まっている。
誰にも目撃されない場所が理想だろう。
それが爺ちゃんの家だ。
割と田舎の方にある爺ちゃんの家は鎮守の杜なんて御近所さんに言われてしまうくらい鬱蒼と茂った木々に囲まれている。
俺が召喚される直前まで誰も住んでいなかったが、きっと今も住んでいないだろう。
親戚は皆、気味悪がっていたからね。
爺ちゃんたちが存命の頃から足繁く通っていたのは俺だけだよ。
とにかく爺ちゃんの家なら誰にも見られる恐れがないし鮮明に思い出せる。
そんな訳で目標地点とした。
子供の頃から春夏秋冬、通い続けていた日々を思い出す。
まばゆい光の中でただひたすらに思い描く。
すると不意に足が地につかなくなった。
落下する感覚もなくフワフワと浮かんでいるかのようだ。
視界を埋め尽くす光のせいで何がどうなっているのかは確認できない。
それでも異世界転移しているのだという確信があった。
帰れるんだ。
そう思うだけで大きな安堵感に包まれるような気がした。
ただ、そこから先のことは記憶が曖昧だ。
次に気がついた時には俺たちは魔王の間とは異なる場所に倒れていた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
目覚めたのはほぼ同時であった。
芝生の敷き詰められた庭で体を起こす。
「日本よ、俺は帰ってきた」
言ってみたかったんだよな、この台詞。
「そんなことより暗いね。夜明け前かな」
英花は見事にスルーしてくれましたよ。
というよりアニメとか見ない人かもしれん。
あるいは英花の世界ではあの作品がなかったか。
「周りをよく見てみな」
俺の言葉に素直に従ってぐるりと頭を巡らせる英花。
「木で一杯だ。すぐそこに家屋がなければ森の中と言われても信じたかもな」
「御近所じゃ鎮守の杜って呼ばれてるよ」
「まさにそんな感じだね」
英花が屈託なく笑う。
「ここが実家かい?」
「いいや、爺ちゃんの家だ。ここなら転移してきても騒ぎにはならないだろう?」
「そのようだな」
家の方を見ながら返事をする英花。
「見たところ誰も住んでいないようだし。召喚される前からなんだろう?」
「ああ。隠れ家にするにはもってこいだ」
「その前に掃除しないといけないな」
英花が言うのも無理はない。
4年も放置されていたんじゃ、お世辞にも綺麗とは言い難いのは目に見えているからね。
転移先を家の中にしなかったのは埃まみれになりたくなかったからだ。
「そこは魔法で何とかするさ」
俺の返答に英花が意外なことを耳にしたと言わんばかりに大きく目を見開いた。
「涼成、忘れていないか」
「何を?」
「私たちは大幅にレベルダウンしているはずだぞ。まずはステータスを確認しないと」
「あっ!」
レベルが下がれば総魔力量も下がるだろう。
自分のステータスを開いてMPだけでなく己の現状がどうなっているかをチェックする必要がある。
掃除のために魔法を使って魔力枯渇でぶっ倒れるとかシャレにならんからな。
で、確認してみたんだが……
「私はレベル1まで下がっている」
「俺もだ」
「人類の限界と言われているレベル99まで上げたのに初期化されるとはな」
「そうでもないぞ」
「どういうことだい?」
「レベル1にしてはHPもMPも高いし他のステータスも軒並み高い」
「ふむ。言われてみればそうかもしれないが、気にするべきはレベル1についてだろう」
「いや、レベル1だからこそ気にするんだよ」
「どういうことかな?」
「レベルアップすれば前より強くなれる可能性があるということだよ」
「おおっ、なるほど。それならばさっそくダンジョンを探して魔物を倒しに行かないとな」
急にウキウキし始めた英花は今にも庭から飛び出していきそうだ。
「待て待て。外の様子も確かめずに出ていくのはやめてくれ」
「どうした? ここは涼成にとっては実家も同然なんだろう?」
「そうだが俺が出入りしなくなって4年以上も経っているんだ。御近所さんに不審に思われかねん」
「む、そうか。すまない」
英花がペコッと頭を下げたが、それでも気がはやるようでウズウズした空気は消し切れていない。
俺は苦笑しながら千里眼のスキルを使って塀の外の様子を見たのだが……
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