第3話 異世界ザマアと相棒

「ひとつ疑問があるんだが?」


「何だい」


「魔王のガワは消えたよな。その場合はどうなるのかなって」


「あー、それね。奴らにとっては想定外だろうな」


「さすがに先代にもわかんないか」


「先代ってなんだい」


「先代勇者なんだろう」


「よしてくれ。勇者なんて肩書きは奴らが作り出したものであって受け入れがたいものだ」


 心底、嫌そうに顔をしかめる美女。

 確かに彼女は善意で勇者として戦ったにもかかわらず、騙し討ちのような形で魔王にされてしまったからな。


「すまない。他に呼びようがなかっただけで他意はない」


「ああ、名乗ってなかったね」


 美女の苦笑交じりの言葉で互いに名乗っていなかったことに気付いた。


「俺は張井涼成。こっちじゃハリーって名乗ってた」


「私は真尾英花だ」


「マオ・エイカーね」


 俺が確認すると怪訝な表情をされた。


「エイカーじゃなくて英花」


 今度は俺が怪訝な顔をする番だった。


「変わったファミリーネームだね」


「……私の名字は真尾だぞ」


「は!? エイカじゃなくて?]


「何を勘違いしているのか知らないが、私は日本人だ」


「えーっ!?」


 金髪碧眼で肌の色は透き通るように白いのに?

 そう考えたところで、ひとつの可能性に思い至った。


「ああ、帰化したんだ」


「してない。根っからの日本人だ」


「意味がわからない」


「それはこっちの台詞だ。何を根拠に外国人だと思ったんだ。日本語を喋っているだろう」


「え? 何処からどう見てもコーカソイド系の見た目じゃないか」


「別に不思議なことはないだろう。江戸時代に大量に移民してきたんだし」


「移民? 鎖国してたのに?」


「鎖国? 鎖国とは何だい?」


 そこで俺たちは目をぱちくりさせて顔を見合わせる。

 しばし沈黙の間が続いたが、ほぼ同時に納得の表情となった。


「「歴史が違うんだ」」


 道理で話が食い違う訳である。

 英花が自然なイントネーションで日本語を喋っていたため無意識に自分の世界と同一視してしまっていたのが原因だ。

 向こうも同じような思い込みをしていたせいで、なかなか気付けずに混乱してしまった訳だ。

 気付けば二人で笑い合っていた。


「さて、さっきの話なんだが」


 ひとしきり笑ったところで話を戻しにかかると英花も真顔に戻った。


「確実に言えるのは、この世界は大きな呪いを使った反動で消滅する」


 俺もそう思う。

 呪いは破られると呪詛返しと言って呪いをかけた側に何倍にもなって返ってくる。

 この世界が受け止められる規模でないのは明白だから結果も容易に想像できるというもの。


「どのくらいだと思う、英花?」


「1日は持たないんじゃないか。涼成はどう思う?」


「早くて半日と言いたいところなんだけど、ちょっと待ってくれ」


 ひとこと断ってから俺は再び千里眼のスキルを使った。

 視線を飛ばす先は俺が召喚された王城だ。

 玉座にいる王が険しい表情で藻掻き苦しんでいる。

 呪詛返しを食らっているのは明らかだ。

 そしてそれは王だけではなく他の連中もだった。

 中には早々にギブアップした奴もいて、干からびた状態で床に倒れ伏した死体が何体かあった。


「王族は往生際が悪いようだぞ」


「なにっ、まだ生きていたのか!? 世界規模の呪詛返しだぞ」


 英花は呆れていたが俺も同感だ。

 悪党ほど往生際が悪い。


「時間の問題だとは思うが、アイツらが粘った分だけ世界の消滅はお預けだな」


「さっさと諦めればいいものを」


「無理じゃないか? 何を犠牲にしても寿命を延ばそうとしてきた連中だぞ」


「あー、アイツらなら意地汚く粘るかー」


 呆れた様子でフンと鼻を鳴らして失笑する英花である。


「そんなことしてもザマアとしか思わないんだが? 涼成もそう思うだろ」


「そうだな。せいぜい頑張ってもらおうか」


「どうしてさ」


「俺たちが脱出する方法を見つけるまでの時間稼ぎはしてもらわないと」


「なるほど。それはそうだ」


 英花は屈託のなさと皮肉さの間を感じさせるような笑みを浮かべた。


「で、どうやって逃げるかなんだが」


「それなんだが涼成ならば方法がある」


「俺だけ? 英花はどうなんだよ」


「私は一度、帰還しているからな」


「そうか。呪いの中に帰還の術式が含まれていたんだっけ」


 でなければ、わずかな時間といえど英花が元の世界に戻ることはできなかったはずだ。

 同時に英花には帰るべき世界がもうないことを意味する。


「だったら俺の世界に来ればいい」


「いいのか?」


「ていうか、英花の協力がないと俺も帰還できないぞ」


 帰還の術式を知っているのは英花だけだからな。


「そうだった」


 英花は苦笑するが、それだけではなく何処か上の空のような雰囲気を感じた。


「心配しなくても確実に戻してやろう」


 思わず溜め息が漏れそうになったのは英花の返事から一緒に来るつもりがないと感じたからだ。


「英花はこっちに残るつもりか」


「帰る場所がないんだからしょうがあるまい」


「帰る場所がないなら俺と一緒に来ればいいじゃないか」


「いや、それだと涼成の世界に多大な影響を及ぼしかねないだろう」


「何を言ってるんだか」


 今度こそ溜め息が漏れた。

 エルフのような尖った耳をしているならともかく英花は誰が見ても地球人だ。

 元の世界とは異なる異世界の日本人ではあるが言葉も普通に通じている。

 細かな部分でボロが出たとしても所詮はその程度。

 元の世界に来たところで誰も異世界人だと騒いだりはしないだろう。


「バタフライ効果を知らないのか」


「チョウチョの羽ばたきが天候を左右させるほどの変化になるってやつだろ」


「知っているならわかるだろう。本来存在しない私がそちらに現れればチョウの羽ばたきどころの変化ではないぞ」


「そんなこと言うなら俺が勇者召喚された時点でそういう状態だろうよ。今更だ」


 俺がそう言いきっても英花の反応は頑なだ。

 仕方ない。できれば言いたくはなかったんだが。


「ひとつ聞くが、英花の世界が滅んだのは本当にあっという間だったか」


 デリカシーに欠ける問いに英花の表情が強張る。


「何が言いたい」


 声のトーンが1段下がっていた。

 確実に怒らせてしまったよな。


「俺が思うに勇者召喚が始まった時点で元の世界も良くない影響を受けているはずだ」


「む」


 英花は短くうなって血相を変え、どうして気付かなかったのかと言いたげな表情をのぞかせた。


「控えめに考えても世界中にダンジョンができたとか魔物が大量発生したとかありそうだと思わないか」


「何が言いたい」


「4年もその状態なら魔王のガワが世界を蹂躙しなくてもヤバいことになってそうだろ」


 そこまで言うと英花は険の取れた表情に戻って短く嘆息した。

 俺の言いたいことは伝わったようで怒りの矛は収めてもらえたみたいだ。


「手伝えということか」


「そういうことだな。せっかく帰れても文明崩壊されたりしちゃ意味ないし、助けると思って一緒に来てくれると助かるんだけど」


「どんな搦め手で説得してくるのかと思ったら真っ向勝負の直球だな」


 事実であるが故に、その一言には苦笑を返すしかない。


「まあね」


 社会の荒波に揉まれていない高卒の若造が使う搦め手など大した効果もないのが目に見えている。


「それで、どうかな?」


「わかったよ。寝覚めの悪い結果にはなってほしくない」


 了承はしてもらえたものの英花は寂しそうに笑った。

 酷なお願いをしてしまったのかもしれないな。

 それでも死んでほしくないと思ったことだけは譲ることができない。


「よろしく頼むよ、相棒」

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