第2話 先代から告げられる魔王の秘密

 美女は見ていた悪夢を振り払うかのように勢いよく頭を振ると金髪が軽やかに舞った。

 一糸まとわぬ姿であるが故に胸の双球も揺れたものの気にしてなどいられない。

 魔王の第2形態がいかほどのものか死んだ瞬間に知ったなんてことにはなりたくないのだ。

 そして上半身を起こした状態のままで肩を震わせ始めたかと思うと──


「フハハハハッ!」


 突如として美女は笑い始め、それは哄笑へと変わっていく


「ザマを見ろ!!」


 その言葉はありったけの憎悪を込め吐き捨てるように発せられた。


「日本語だと!?」


 勇者として召喚されて4年余り、異世界で耳にしたことなどない懐かしい言葉。

 しかも、それを紡ぎ出したのが魔王の中身である美女とは予想外もいいところである。

 バリバリに警戒していたつもりが自分から叫んでしまうなど愚の骨頂というもの。


「それがわかるということは日本人だな」


 美女が立ち上がる。


「そうだが、服は持ってないのか」


 まだ警戒している状態なので目をそらすことができないが目のやり場に困ってしょうがない。

 ゴメン、困っているというのは半分ウソだ。

 しょうがないから目をそらせないという建前を密かに喜んでいたりする。


「ん?」


 俺からの指摘を受けて初めて自分が全裸であることに気付いたようだ。


「おおっ、これは失礼」


 特に恥ずかしがることもなく美女が何もない空間に手を突っ込みブレスレットを取り出した。

 次元収納スキル持ち!?

 勇者固有のスキルだったんじゃないのか?


 唖然とする俺を尻目に美女はブレスレットをはめると、それは一回り小さくなった。

 自動サイズ調整がついている魔道具のようだ。


「んー、普段着でいいかな」


 などと美女が呟くと、次の瞬間にはグレーのスエットの上下に身を包んでいた。

 体のラインをわからなくする服装に目のやり場には困らなくなったが一気に残念感が増した気がする。

 そのせいで俺の警戒感は霧散し再び呼び起こそうにもブレーキがかかってしまっていた。


「すまない。みっともないものを見せてしまった」


 この美女には羞恥心というものがないのか感性がズレているのか。

 普通でないことだけは間違いないと思う。


「それで君が日本人ということは勇者召喚されたのか」


 俺が動揺している間に向こうの方から話を戻してきた。


「ああ」


「魔王を倒せば元の世界に帰れると王に言われただろう」


「そんなことまで知っているとは驚きだな」


「そりゃあ私も勇者として召喚されたからな」


「はあっ!?」


 あまりのトンデモ話に素っ頓狂な声が出てしまった。


「驚くのも無理はない。さっきまで魔王だった中身が勇者だなんて誰が信じるのかって話だよな」


 美女はそう言いながら苦笑し肩をすくめた。


「結論から言えば、勇者はこの世界を存続させるための生け贄だ」


 話がぶっ飛びすぎていて意味がわからない。


「前提として、この世界は滅びかけている」


 召喚された際に聞かされた話なので俺は頷いた。


「しかし、それは魔王のせいではなく勇者召喚をした奴らに原因があると言ったら信じるかい?」


「わからない」


 この問いが目の前にいる残念美女の姿を目にする前であったなら信じなかったとは思う。

 滅亡寸前の世界を自分の目でろくに確かめもしなかったのにな。


「少し待ってくれるか」


「ああ」


 美女の了解を得て俺は目を閉じ千里眼のスキルを使う。

 この期に及んでようやくといったところだが確認しないことには始まらない。

 まぶたの裏に映し出される異世界各地の映像。

 人工物のある場所は軒並み廃墟であった。

 俺が召喚された城の中とは大違い。

 そのすぐ外ですら日々の営みを感じられぬ空虚な街並みがあるのみで人の営みの痕跡すら感じられない有様だ。

 異世界の人々は劣勢ではあるものの何とか持ちこたえていると聞かされていたんだがな。


「滅びかけどころか滅んだようにしか見えないな」


 千里眼で見ていた光景から美女へと視線を戻しながら感想を述べた。

 召喚者たちの話は大嘘だったことが判明したことで美女の話の信憑性が上がる。


「しおらしいことを言っていた王はとんだ詐欺師だった訳だ」


 王だけではない。

 あの城にいた連中は皆、俺を騙し続けていた。

 もしかすると影では嘲笑されていたかもしれないな。


「私も騙されたよ」


 美女が自嘲気味に苦笑する。


「話の続きだが、奴らは不老不死を得ようとして他者から生命力を奪う術を編み出した」


 不穏な話が始まったものだ。

 問題はそれが滅亡しかけている世界とどう繋がるかである。


「ただし、効率はすごく悪かったようでね。連中の城そのものが術の根幹となっている」


「そんな風には感じなかったな」


 気付けば俺だってさすがに変だと思ったはず。

 しかしながら、あの城で気付いたのは強力な結界が張り巡らされていることだけだ。

 何か俺に気付かせないような仕掛けがあったのかもしれない。


「当然だろう。常に発動などしていたらとっくに世界の寿命が尽きている」


「……星のエネルギーすら吸い取るのか」


 とはいえ、それくらいでないと世界が滅ぶかどうかの話にはならないよな。


「その通りだ。私がいた世界も吸い尽くされて消滅した」


「なっ!?」


「魔王にトドメを刺すのが発動の条件だ」


 だとすれば勇者パーティの仲間と分断された俺は幸運だったようだ。

 本来であれば仲間の持つアイテムの力を借りて魔王を弱らせ戦うつもりだったからな。

 あれは偽りの正解であり罠だった訳だ。

 ソロで戦うことになって一か八かで魔王を弱らせようとして真実の正解を引き当てるとは夢にも思わなかったが。


「いくら勇者が魔法への抵抗力が高くても油断すればアウトだ」


「魔王を倒せば油断もするさ。俺も1人で飛ばされなきゃ、そうなっていただろうな」


 美女が皮肉な巡り合わせだと言いたげに苦笑する。


「しかも魔王が消滅した瞬間に元の世界へ帰還したからな」


「ん?」


 帰還できたのに引きずり戻されたことになるな。

 間怠っこしいことをする理由は何だ?


「そこで見たのは地獄の光景だったよ」


 地獄とは帰還直後に見たいものではなかっただろうに同情を禁じ得ない。


「魔王が消滅したと言ったが、それは中身だけの話だ」


「俺が解呪した黒いガワの部分か」


「ああ。あれが元の世界に増殖しながら拡散して降り注いでいった」


「それが地獄の光景だと?」


「元勇者を魔王に仕立て上げる代物だぞ」


 そう言われるとぐうの音も出ない。


「あっという間に生きとし生けるものが死滅した」


 それは勇者でも対応しようがなかったのではないだろうか。


「絶望したね。こんな悪趣味な真似をする魔王に怒りと憎しみを覚えたよ」


 強張った顔で声を絞り出す美女。


「だが、それこそが新たな魔王を生み出す糧だった」


 呪いの塊みたいなものだったからな。


「抵抗する余力もなく私はアレに飲み込まれ意識を失った」


 そして新魔王が誕生したってことか。


「それはわかったが、生命力を奪う術は関係なくないか?」


「何のためにアレが私の世界を滅ぼしたと思う?」


 疑問を口にしたら答えではなく質問で返されてしまった。


「吸い取り済みか」


「そういうことだ。後は異世界に再召喚して集めた生命力の大半を奪い取るだけ」


「それを受け止めるのが奴らの城ってことなんだな」


「その通り。そして新しい魔王は次の勇者が倒しに来るまで魔王城へ幽閉されるという寸法だ」


「シャレになってねえ」

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