魔王の呪いを解いたら相棒に!? ~日本でレベル1からやり直します~

柚月 雪芳

第1話 魔王との決戦

 魔王城の最奥にある扉を開けようとした瞬間、俺の体が光に包まれた。

 足下には魔法陣が展開している。

 明らかに罠だ。

 事前に勇者パーティの斥候担当が入念に扉を調べていたはずなのだが。


「勇者様!」


「ハリー殿!」


「ハリー!」


 勇者パーティの皆がいっせいに異世界での俺の名を呼んだことで我に返った。

 いくら強力な魔物との連戦が続いたからとって呆けている場合ではない。

 振り返ると皆の足下にも個々に魔法陣が展開している。


 魔法陣から飛び退こうとしてみたが、足が床に吸い付くような感触があってバランスを崩しただけだった。

 どうやら逃がしてはくれないらしい。

 もはや猶予はなさそうなので後は覚悟を決めて耐えるのみだ。


 次の瞬間、目の前の景色が今までにも増して禍々しいものに一変した。

 仲間の姿は無くこの場にいる勇者パーティの面子は俺だけだ。

 どうやら俺たちをバラバラに分断するのが目的の転移罠だったみたいだな。


 足は動く。

 ならば俺だけであったとしてもすることは変わらない。


「お前が魔王か」


 視線の先にある一段高い場所でドクロの意匠がされた玉座に腰掛ける悪魔じみた姿の何者かがいた。

 日本にいた頃にゲームで見た悪魔の姿に似ている。

 体は人で首から上は山羊、そして背中に鳥の翼を持つバフォメットとかいう呼称だったか。

 それはイメージにそぐわぬ強力な瘴気と殺気を放っていた。

 少なくとも魔王軍の中でも上位に位置するのだけは間違いなさそうだ。


 おもむろに山羊頭が立ち上がる。

 答える気はないらしい。

 手にしたトライデントを腕一本で振るうと禍々しくも鮮烈な風が巻き起こる。

 それだけで一般人ならば瘴気の渦に取り込まれて死んでしまうだろう。

 俺は体表にまとった魔力のこもった光で浄化したが。


 今のは威嚇だ。

 あるいは死ぬ気でかかってこいと言う挑発か。

 いずれにせよ難敵どころの話でないのは一瞬で理解した。

 浄化してなお憎しみの念が感じ取れたからな。


 力量差は歴然。

 いかに勇者であろうと仲間のサポートなしとなると敗北は必至だ。

 もちろん簡単に負けるつもりはない。

 が、魔王の力を大幅に削ぐという神器は同行していた神官が持っていた。

 ゲームで言えばハードモードがベリーハードを超えてデスモードになったようなものだ。

 そのせいか斬り合う間合いには程遠いにもかかわらず金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。


 途方に暮れそうになったが泣き言は言っていられない。

 召喚された異世界の存亡がかかっているのだ。

 あと俺もまだ死にたくはないし旨い飯が食える元の世界にも帰りたい。


 こっちに召喚されてからの4年間は人間をやめてたからなぁ。

 食事と睡眠以外は訓練かダンジョンアタックかというくらい無休でフル稼働状態だったし。

 気晴らしに城下へ出掛けることも異世界に残された時間は限られていると言われてはできやしなかった。

 実際、戦いに赴く時ですら移動時間がもったいないと言われ魔法で現地に飛ばされていたほどだ。


 おかげで楽しみは食事だけになったが、これにも問題があった。

 お世辞にも旨いと感じたことは一度もなかったのだ。

 贅を尽くせなんて言わないから雑に作らないでくれと言ったが改善はされなかった。

 食への欲求を甘く見られて俺、激オコ。

 まあ、内心でだけどな。


 思い出したら腹が立ってきた。

 ぜってー日本へ帰ってやる!

 そして異世界の旨くない飯ともおさらばだ。

 魔王が消滅しないことには帰れないっていうなら、なんとしても成し遂げてみせるさ。


 内心で軽口をひねり出してどうにか心を奮い立たせた俺は悠々と待ち構える魔王へ向けて縮地のスキルを使った。

 一瞬で間合いに入り込もうとした刹那、頭の中で最大レベルの警戒アラートが鳴り響く。

 無警戒が過ぎた。


「くっ」


 どうにか軌道を変え体を反らせるだけ反らした。

 渦巻く風が眼前を通り過ぎる。

 それはトライデントの袈裟切りによって発せられたものだった。


「っぶねえ!」


 魔王なんだから当然なのかもしれないが、片手で軽々とそんな真似をして体の軸がまるでブレないとかマジ化け物だ。

 とはいえ驚いている暇などない。

 軸ブレしないなら返す刀でトライデントが振るわれるのが当然というもの。


「ここで退けるかよっ」


 俺は踏み込み両手持ちの大剣でトライデントの柄を受け止めた。


「このぉっ!」


 奴の馬鹿力がわかっていてなお吹き飛ばされそうになる。

 が、どうにか止めることはできた。

 ここで仕切り直しなどと考えてはいけない。

 スピードでは互角でもパワーは段違いとくれば、戦いが長引くほど勝ち目がなくなっていく。


 それに魔王は片手で長柄の武器を振るって両手で武器を持つ俺と拮抗しているのだ。

 しかも力を込めているようには見えず、まだ本気じゃないのは明白。

 油断しているのか侮っているのかは不明だが舐めプをしてくれていることだけは間違いない。

 ならば今こそ間合いに飛び込む前に思いついた策を実行に移すチャンス。

 そのための魔力は練り上げ続けていた。

 そう、起死回生の一手は魔法だ。


「はあああぁぁぁぁぁっ!」


 俺は裂帛の気合いを込め両手剣で魔王のトライデントを押し戻しつつ無詠唱で解呪の魔法を発動させた。

 フルパワーだ。

 魔力の残量など気にしない。

 魔王が常に発している瘴気がまばゆい光に包まれ蒸発するかのように霧散していく。


「グォアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


「うわっ」


 魔王が無茶苦茶に体を振るったことで俺は弾き飛ばされた。

 それでも解呪は止めない。

 奴が武器を手放してのたうち回っている。

 それだけ大きなダメージを与えている証しであろう。

 俺も飛ばされた勢いでゴロゴロと無様に転がる羽目になったが勝ち目が出てきたのならば何でもいい。


「覚悟しろ!」


 解呪の魔法には、さらに魔力を込めていく。

 そのうち魔王が光に包まれて姿が見えづらくなったが、それでもやめない。

 解呪に魔力を注ぎ続けることしばし。


 残りの魔力があとわずかというところで魔王の動きが止まった。

 解呪の魔法を止め大剣を構え油断なく見据える。

 徐々に光の光量が落ちていき魔王の姿があらわとなっていく。


「やったか」


 つい、フラグのような台詞を呟いてしまった。

 魔王の全身から発されていた瘴気が止まっていたからなんだが、床に横たわったまま動かないし大丈夫だよな。

 そう思った瞬間、魔王が上半身をむくりと起こした。


「うおっ」


 充分に間合いを取っているはずなのに飛び退いてしまった。

 ビビりすぎである。

 向こうは上半身を起こしただけで何もしていない。

 むしろトドメを刺すために斬りかかっておくべきだったと思ったところで──


「なんだ?」


 魔王の体が溶け始めた。


「まさかな」


 解呪がここまでの効果を発揮するとは想定外。

 攻撃魔法であったなら、こうはならなかっただろう。

 だが、魔王が本当に滅んだと言える状態になるまで構えを解くわけにはいかない。

 実は第2形態がありましたなんてことになったらシャレにならん。

 そんなことを考えていると──


「ウソだろ、おい」


 悪魔然とした姿の下から二回りばかり小さい人間の美女が出てきた。

 金髪碧眼で肌の色は透き通るように白い。

 異世界人は派手な髪の色をしている者が多かったが金髪はいなかった。

 だから元の世界の人間かと思ったりもしたが、それがどうして魔王になるのか。

 訳がわからない


「どうしてこうなった」

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