第7話 嫌でもやらなきゃならないこともある

「最悪だ」


 異世界から帰還した次の日、千里眼のスキルで外の様子を確認していた俺の第一声がそれだった。


「何だい? 魔物がポップしていないとかかな」


「いや、そっちの方だったらまだ助かる」


 俺の返答に英花の表情が一瞬で引き締まる。


「ヤバい魔物がいるのかい」


「強くはないが今の俺たちにはヤバい」


「そんなにレベル差があるのか!?」


「そうじゃない。相性と装備の問題だ」


 俺の返答に英花がコテンと首をかしげた。

 美女がそれをするとギャップがあるというか妙に可愛らしく感じてしまう。

 ちょっとドギマギしたのは内緒だ。


「意味がわからないんだが」


 向こうはいたって真面目な表情なので見とれている訳にはいかない。


「ぶっちゃけるとゾンビだ」


 有り体に言った瞬間、英花の顔から表情が消えた。


「臭いがきつい腐肉のアレかぁ」


 ガックリとうなだれる。


「そう。臭いくせに嗅覚あるのかよってくらい命のあるものに敏感なアレ」


 不幸中の幸いというか、接近しないと反応しないし遮蔽物に隠れると奴らは見失う程度の感知力しかない。

 セーフエリアの外は密林だ。

 部分的に開けた場所もあるが隠れる場所はいくらでもある。

 それと他の魔物と同様にセーフエリア内を感知することはできない。

 すべての魔物はセーフエリアには入れないので、いざとなれば逃げ込めば何とかなるのだが。

 それでもウンザリするような手合いなのだ。


「人型?」


「ああ、千里眼で見た範囲はすべて人型」


「そんなにいるんだ」


「どうだろう。ウジャウジャではないけど群れているのもいる」


「それにしたってアイツら単体でもしぶといよね」


 人型に限らずゾンビはどいつもタフだ。

 腕や足が無くなっても命あるものが側にいる限り襲おうとしてくる。


「頭を吹っ飛ばすか首を胴体から切り離すかしないと這いずってでも集ってくるくらいには」


「吹っ飛ばしたら腐肉が飛び散るじゃないか」


 ほんのわずかでも飛散したものが自分に掛かろうものなら悲惨きわまりない。

 臭いがこびりついて洗っても洗ってもしばらくは残り続ける。

 しかも衣服だと汚れも落ちないし捨てる以外の選択肢が無いと言われるほどである。

 汚れも臭いも魔法で解決する手はあるけど、それでも嫌なものは嫌だ。

 空気感染はしないが病気を媒介するしな。


「そうだね」


 臭いと汚れはゾンビがしぶといのと合わせてウンザリさせられる要因である。


「かと言って首を切り落とすような武器はないし」


「あるのは解体用のナイフだけだな」


「あんなので切り落とそうと思ったら懐深く踏み込まないといけないじゃないか」


 頭を吹っ飛ばすよりずっとマシではあるものの斬撃でも腐肉が飛び散らない訳じゃない。

 しかも肉薄しないといけない武器しかない状況だと事故が起きないのは望み薄である。


「おまけに一撃で切り落とせる訳じゃない」


 所詮は解体用のナイフだ。


「やはり初期装備は欲しいな」


「もしかして初期装備は槍だったとか?」


 気休めかもしれないけど長物なら汚染から少しでも遠ざかることができるかもしれない。

 魔王はトライデントを使っていたし可能性はあるだろうと思っていたのだが。


「いいや。涼成はどうしてそう思ったんだ?」


 あっさりと否定されてしまっただけでなく問い返される始末。


「魔王がトライデントを持っていたからなんだけど」


「ああ、私が呪いに飲み込まれていたときの話か」


 英花が苦笑した。


「それを言うなら先代魔王もトライデントを使っていた」


「あ、そうなんだ」


「中身の経験や技術と呪いは何のつながりもないと考えるべきだろうな」


 自身を中身と雑に言ってしまうところを見ると己を勇者扱いしたくないがためなのだと改めて思わされる。

 魔王にされていた事実やスキルは平然と受け入れているのに、そこだけは簡単に払拭できないようだ。

 個人の心情にとやかく言ってもしょうがないけどね。


「初期装備は長剣だったからナイフよりはマシだろう」


「やれやれ……。剣が出てくるまで組み手でレベルアップか」


 どれだけかかることやら。

 ここから先はいくら勇者スキルがあっても組み手だけではそう簡単にレベルアップできまい。


「仕方なかろう。魔法でゾンビを倒すのは大変だからな」


 そうなのだ。アイツらは本当にタフだからな。

 炎で燃やしても痛みを感じないし呼吸もしていないから窒息もしない。

 おまけに腐肉は燃えにくいこと極まりない。

 あまり思い出したくないけどグジュグジュだからね。


 風の刃で首を切ろうとした場合、切断はできても同時に腐肉をまき散らす結果になる。

 水属性の魔法も似たようなものだ。

 腐肉に当たり汚染された飛沫が飛べば後はどうなるか想像するまでもない。

 石弾を放って頭を吹っ飛ばした場合はもっと酷いが。


 ならば浄化すればいいという意見も出てくることだろう。

 確かにアンデッドは浄化に弱い。

 ただし、ここでも腐肉が邪魔をする。

 汚れを祓う光は腐肉から効力を及ぼしていくからゾンビを動かすコア部分の魔石は後回しにされる。

 結果として魔力を大量に消費させられてしまう訳だ。


 今の俺たちはレベル3しかないのでMPの総量も高くはない。

 同じレベルの中ではダントツに多いとは思うのだが、所詮はどんぐりの背比べというものだ。


「あっ!」


 あれこれ考えていたことが引き金になったのかヤバい事実に気がついてしまった。


「どうした、涼成?」


 英花はまだ気付いていない。


「今のままだと非常にマズい」


「どういうことだい?」


「ゾンビは倒してもドロップは食材じゃない」


 あんなのがドロップする食材なんて食したくもないけどさ。

 ともかく英花も愕然としているので理解したようだ。

 俺たちの次元収納に入っている食材には限りがあるということを。


「ここは水とガスは確保できるから調理には困らないけど」


 それも食材があってこそ。

 え? こんな孤立した場所で水とガスがある方がおかしい?

 別におかしくなんてないさ。

 元の場所で使えていたものは、すべて使用可能になるのがセーフエリアだからね。

 しかも光熱費が一切かからないのだから素晴らしい。

 まあ、人間は水だけで生きていくことはできないんだけど。


「次元収納の領域を取り戻すかダンジョンから脱出するかだね」


 前者はレベルアップでどうにかなるけど組み手だけでは時間がかかる。

 ダンジョンからの脱出には周辺の探索が必要だ。

 千里眼のスキルを駆使しても一筋縄ではいかないだろう。

 このあたりが全然知らない場所になってしまったから視覚を遠くに飛ばせないんだよな。

 未クリアのダンジョンだから領域外に飛ばすこともできないし。


「レベルアップに合わせて脱出の道を探るならともかく無計画に脱出しようとするのは無謀だろう」


「そのレベルアップも組み手だけじゃ厳しいよ」


 食料確保が容易な状況であればのんびりもできたのだけど。


「探索で足を伸ばして別の魔物がいる地域を探すとか」


「その間、レベルアップがおろそかになるよね」


「ぐっ」


 すごく耐え難いと言いたげに英花が呻く。


「やっぱレベルアップは魔物を倒してナンボだよなぁ」


 今回に限っては可能な限り避けたいところなんだけど。


「背に腹はかえられない、か」


 苦渋の決断をするかのように英花が声を絞り出していた。

 気持ちはわかるよ。

 俺もゾンビとの肉弾戦は死ぬほど嫌だ。

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