第8話 おっさん、魔物を生き返らせる

「倒した魔物を生き返らせるって本気!?」

「ああ。といっても、正確には霊魂をあの世から呼び出すんだ」

「そんな魔法聞いたことないんだけど……」

「無理もない。俺も最近知ったからな」


 元魔王が使っていた死霊魔法を表の魔法使いが知らないのも当然だ。

 とはいっても、不死の軍団を出せばさすがにバレるだろうが。


「死に絶えたものよ、我が呼びかけに答えよ。コール・オブ・レムレース」


 ワーウルフの霊魂が元の肉体のあった場所に現れる。

 どこかへ行くことはない。

 魔力の鎖で魂を縛り上げているからだ。

 元は魔王だったモルシレンスが敵を尋問するために、作り上げた魔法だ。

 死者の魂は嘘をつくことができない。

 ありのままに喋る。

 生前のような意思はなく、ぼんやりとしていた記憶を思い出すように答える。

 だから、尋問には最適なのだ。

 モルシレンスは敵を殺して、敵の持っている情報を吐かせ、死んだ敵をそのまま操る。本当に恐ろしい魔王だ。今は魔王でなくてよかった。

 なぜ、こんなに詳細にわかるかというと、俺が魔法を授かった時にモルシレンスの記憶まで流れ込んできたからだ。

 元・魔王の凄惨な記憶。それが今は助けになっているが……。

 正直、流れていた時は気分のいいものじゃなかったな。


「何用か?」

「わっ、霊魂が喋った。しかも、人間の言葉で」


 言葉はこちらでもわかるようにしてある。

 魔法で人間の言葉を霊魂に話させているからだ。

 ワーウルフの言葉だと俺たちがなにを言っているのかわからないからな。

 尋問用の魔法だっただけあって、言語の壁もない。

 さっそく、質問してみるか。


「お前はなぜ一匹でこの村を襲ったんだ。ワーウルフは元来、群れるものだろう。それなのにどうしてお前は一匹だけだったんだ」

「答えよう。それはオレが偵察するために来ただけだからだ」

「偵察? なんのために」

「この村と近隣の村を二日後に集団で襲うつもりでいた。そのために探りを入れていた。人間たちの中に強力なものがいないかどうか。救援にかけつけるものがいないかどうか」

「それで家畜を襲ったりしていて、様子を見ていたわけか」

「そうだ」

「なるほど、状況が読めてきた」


 どうりでこんなまどろっこしいまねをしていたわけだ。

 しかし、まずいぞ。

 ワーウルフの集団で村を襲われたら、こんな村すぐにやられてしまう。

 俺が考え込んでいるとメイが服の袖を引っ張る。


「ねぇ、これやばいんじゃない。近隣の都市に冒険者の救援を頼んだ方がいいと思うんだけど」

「こっから近くの都市までどのくらいかかる?」

「四日。って、もう間に合わないわね。今からでも住民に避難を呼びかける?」

「避難先のあてはあるのか?」

「都市まで行けばなんとかなるんじゃない」

「ワーウルフは俊敏だ。俺たちが避難を呼びかけても追いつかれてしまうだろう」


 連中は素早い。人間が走るよりも早く移動できる。

 それに加えて匂いを嗅いで、俺たちのことをどこまでも追ってくるだろう。

 くそ、なんて厄介なんだ。


「ねぇ、ワーウルフ達はまだアタシたちのことを知らないのよね。それなら、こっちから奇襲をかけるのはどう?」

「そうだな。たしかにその手があった」


 こっちから奇襲をかけてしまえば、ワーウルフ達といえど一たまりもないはずだ。

 いや、まてよ。

 本当にそれは二人の数だけで手に負えるのか?


「ワーウルフの集団は何匹いるんだ」

「五十八匹だ」

「ごじゅっ!? ちょっとした軍隊並みにいるじゃない」

「二人で戦って勝てる数じゃないな」


 二人だけじゃ勝てない上に村の住民を避難させたとしても都市に着く前に追いつかれる。万事休すか。

 ……いや、何のために元魔王モルシレンスの眷属になったんだ。

 俺にはあるじゃないか、この状況を打開する方法が。


「メイ、ここは俺に任せてくれないか」

「任せてくれってどうするつもりなの」

「俺だけだったらこの状況をなんとかできるかもしれないんだ」

「どうやって? まさか、囮になるつもりじゃないでしょうね。そんなの許さないんだからねっ」

「そうじゃないさ」


 俺は羽織っていた上着を脱ぐ。

 着ていたシャツも脱ぐ。


「な、なに。急に脱ぎだして。やっぱ、自分が囮になって食べられようとしているんじゃ」

「違う」


 もうこうなったら、メイに見せるしかない。

 この背中の紋章を。


「見てくれ、俺の背中を」

「なにこの、背中に刻まれた鳥。もしかして、これ精霊の紋章? あっ、わかった。上位の精霊を呼び出して、ワーウルフをなんとかしてもらうのね」

「違う、精霊の紋章なんかじゃない。これは……魔王の紋章だ」

「魔王? なにを言っているの?」

「正確には元魔王だがな。メイ、俺はただの冒険者じゃない」


 そう、ただの冒険者はとっくにやめたのだ。

 あの日、勇者から追放されて一人寂しく魔物に殺された時から。

 

「君が俺の使う魔法を知らないのは当然なんだ」


 なんせ、今まで人間側は存在を知りこそすれ、邪道すぎるがゆえに使われなかった魔法なのだから。

 そのうえ、使っていたのが魔王だしな。


「君にあらためて、自己紹介しよう。俺はギル・クラーク。勇者パーティーから追放されて、元魔王モルシレンスの眷属になった男だ」



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