第一話 陰陽師と虎 ⑦

「……なるほど」

 理解はできないが納得はできた。話を聞いて晴亮は大きな息をつく。

「でもなんでうちのほこらから出てきたんでしょう」

 伊惟が首をかしげる。

「時軸の穴というのがこことつながっていたんですか?」

「たぶん、だけど」

 話を聞いているうちに思いついたことがあった。

「寒月家が京から江戸に来たのはいえやすさまが江戸幕府を開いたときだ。京の都はもともと霊的に守護された町だった。江戸城を建てたおおどうかんどのは、その霊的守護を城自体に施したと言われる」

 幼い頃、父に聞いた話だった。

「そして江戸の町を守るためにいくつかのおんみようを伴った。寒月家はそのひとつ」

「そんな有力な家だったのですか?」

 今の衰退からは考えられないとばかりに伊惟が言う。

「ああ、当時の寒月家当主にはさきの力があったと言われている。家康公はその力を必要としたんだ」

「先見の、力?」

「そうだ。当主はその力でこの地に鬼が現れることを予感されたのだろう。だから江戸へ来てこの地に屋敷を建て、祠を建てた。鬼が現れないように……。まさか二百年もあとだとは思ってもおらず」

「二百年後には陰陽師もすたれて寒月家は貧乏で、祠はぼろぼろになって、封じの力も衰えていたとは思わずに」

 伊惟の容赦のない言葉に、晴亮は「ううう」と胸を押さえる。陰陽師の衰退はさすがにご先祖も予想できなかっただろう。子孫として情けない。

「虎丸さんはこれからどうしますか?」

 雑炊を平らげ、満足そうな虎丸に、晴亮は尋ねた。

「決まってる。霞をたたき斬って元の世に戻る」

 なんでもないことのように虎丸は答えた。

「あいつを放っておけばこの世は鬼の世になる。それにお前、言っただろ。大江山の鬼退治の話に俺の名は出てこないと。それは俺がこっちに来ちまったからだ。だから霞のやつを倒して元の世に戻れば、俺の名も残るというわけだ」

「で、でもどうやって元の世に……? 祠は今朝ほどのぞいてみましたが普段どおりでしたよ」

「そんなこと知るか」

 虎丸は面倒くさげに言ってそっぽを向いた。

「金時が言ってた。どうすればいいかわからなくなったときは、目の前のものからひとつずつ解決していけばいいと。だからまずは霞を倒す。そうしたらなにか起こるかもしれない」

 どうすればいいかわからなくなったとき。

 虎丸も内心は不安があるのだろう。突然八百年後の、しかも当時は京の人間が誰も知らないような東の果てに飛ばされたのだ。だがそれをおくびにも出さず、前向きに進もうとしている。

 もし自分がそんな目にあったら、きっとめそめそとうずくまっているだけだろう。

「虎丸さん」

「おう」

「私もお手伝いします」

 そう言った晴亮に虎丸はきょとんと目を丸くする。

「霞童子を追うにしても虎丸さんはこの地、この時代についてなにもご存じないんですよね? だから虎丸さんがここで生きて、霞童子を見つけるために動く手助けをします。私でわかることはいろいろお教えしますし、衣食住も私が」

「ちょ、ちょっと、師匠せんせい! 食は無理ですよ、もう米も菜もありません!」

 伊惟があわてた様子で晴亮の腕をひっぱった。

「なんとかする。虎丸さんは私たちの命の恩人じゃないか!」

「厄災を運んできた張本人ですよ!?」

「だとしても、虎丸さんがここへ現れたのはきっと運命なんだ」

 晴亮は改めて虎丸の前に手をついた。

「寒月の名にかけて、虎丸さんの霞童子退治を助勢いたします!」

「もとよりそのつもりだったが?」

 虎丸は頭を斜めに傾けた。

「運命だろうとなかろうと、おまえたちはここにいたんだから俺を助けろ。戦場ではそこにあるものを利用する。ここは俺と霞の戦場なんだからな」

「ちょっと! その態度はないでしょう? 助けてもらえてありがたい、って感謝するところでしょう!?」

 平然と言う虎丸のあまりの態度に、伊惟の怒りが爆発する。

「鬼がなんだっていうんだ! あんたの方が疫病神じゃないか!」

 虎丸のまゆね上がり、端整な顔が一気に鬼のような形相になる。

「なんだと、小僧! その口のききようは! 俺は頼光公のこのだぞ!」

「へんっ! こちとらちゃきちゃきの江戸っ子だい! 時代遅れの田舎侍なんざ、でもねえよ!」

「江戸なんか東の果てのど田舎じゃねえか、ちゃきちゃきってなんだよ!」

「ちゃきちゃきもわかんねえのかよ、西の田舎もん!」

「ややややめてやめてやめて────!」

 晴亮は二人の間に飛び出て互いににらみ合う顔を両手で押し離した。

けんは駄目! 止めないと二人とも追い出しますよ! ここは私の屋敷、腐っても当主なんですから!」

 むうっと二人は晴亮の手のひらの下で黙り込んだ。

「……確かに腐りかけているな」

 虎丸は色の変わった天井板を見上げた。

「……まあ、一応師匠ですし」

 伊惟も勢いをなくして唇をとがらせた。

「でもこの人とは仲良くできる気がしません。とっとと霞とかいう鬼を見つけ出して、出て行ってもらいますからね」

「望むところだ。俺だってさっさと霞を討伐して、頼光公や金時のところへ帰りたい」

 正反対の感情ではあるが意見の一致をみたらしい。晴亮はほっとして伊惟と虎丸の手をとった。

「みんなで力をあわせて鬼を退治しよう!」

 伊惟と虎丸はそっぽをむく。晴亮はこれから先のことが思いやられて、頭と胃のが痛くなるばかりだった。

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