第一話 陰陽師と虎 ⑤

 男は布団に横になることを拒んだので、掛け布団を畳んで楽に座れるように背に当てた。あぐらをかいた男は部屋の中や晴亮たちをじろじろと見回す。

「おぬしたちは──あのとき一緒にいたものたちだな」

 晴亮がうなずくと、男は小さく頭を下げる。

「おぬしたちが助けてくれたのだな、礼を言う」

「い、いえ! 私たちの方こそ助けていただきました。あなたがいなければ命がなかったでしょう」

 晴亮はあわてて両手を振った。

「ありがとうございました」

「そもそもあんたのせいじゃないんですか」

 横に一緒に座っている伊惟が男をにらんで言う。さっき犬の子のように扱われたことに腹を立てているらしい。

「あんたがあれを連れてきたんじゃないか!」

「こら、伊惟!」

 晴亮は小声で少年を𠮟しつした。伊惟はぷくっと丸い頰を膨らます。

「連れてきたのは俺じゃねえ」

 男は伊惟にぶすりと言い返した。

「俺があいつに連れてこられたんだ」

「あ、あの」

 晴亮は身を乗り出し、畳に手をついた。

「あなたはどなたなんですか? あれ──あの異形はなんですか? なんでうちのほこらから、なんで戦って……」

「いっぺんに言うなよ」

 男は不満そうな顔で言った。

「す、すみません」

 晴亮は姿勢を正して膝の上に手を置いた。

「ああいうの、初めて見て。まるでとぎぞうの絵のようだったので」

「俺の名はとらまる

 男──虎丸は膝に両手を置いて背筋を伸ばした。

おういん虎丸だ。もっとも姓はよりみつ公が適当につけてくれたもんだがな」

「虎王院……虎丸さん……」

「──寒月家」

 虎丸は記憶を辿たどるように目線を上にあげた。

「寒月と言ったな、もしかしておんみようどうか?」

「へ? あ、はい。ご存じですか?」

 虎丸はうなずいた。

じようの方にそんな名の陰陽師がいる。そうか、ここは四条か?」

「あ、いえ。ここはほんじよです」

「ほん、じょ?」

 聞き慣れない名なのか、虎丸は妙な発声で言った。

「はい、本所の松倉町です。しじょうというのはどこの」

「四条は四条だ、京の。ほら、下って四条通り……」

「こ、ここは江戸ですよ?」

 晴亮は仰天して言う。同じように虎丸も驚いていた。

「えど? えどってなんだ。どこの田舎だ」

「田舎って、江戸は日本の中心だぞ!」

 男のとんちんかんな答えに伊惟が言い返す。

「江戸も知らないのかよ、どこの田舎もんだ!」

「なんだと、小僧!」

 虎丸が片膝を立てると、伊惟もすばやく立ち上がった。

「なんだよ!」

「まあまあまあ」

 晴亮は伊惟の腰を強く引き、もう一度座らせた。

「あ、あなたは──虎丸さんは京からいらしたんですか?」

「そうだ。俺たちは京からおおやまに向かった。しゆてんどう討伐にな」

「まさか」

 思わず声が出た。それに虎丸は目を怒らせる。

「なにがまさかだ。頼光公と四天王、そして俺。大江山の奥深く、命がけでやつらを襲撃した。俺は逃げ出したかすみどうを追いかけて──」

「いや! いやいや、待ってください、それはおかしいですよ」

 両手をばたばたと振る晴亮を、まじと見据えて虎丸がえた。

「なにがおかしい!」

「だって、酒吞童子とかみなもとの頼光と四天王って……いちじよう天皇の時代じゃないですか」

「そうだ。みかどの命を受けて都を荒らす鬼共を成敗しに」

「それ、八百年も昔の話ですよ!」

「あ?」

 虎丸はまゆをひそめた。片目が大きく見開かれる。

「八百年……昔、だと?」

「そう、そうです。絵物語にもなっています、源頼光と四天王の鬼退治──」

 だがそこに虎王院虎丸という名は存在しない。霞童子という鬼の名も伝説にはない。

「まさか……」

 虎丸は片手で自分の頭をつかんだ。

「じゃああいつが言っていたのは真実まことだったのか。時と場所を超えると言ったのは」

「時と場所を超える?」

「くっそおおっ!」

 虎丸は勢いよく立ち上がった。晴亮が止める間もなく、布団をり飛ばし、障子を開けて廊下に飛び出る。

「ここが八百年後の世? えど? ほんじょ? 俺は、俺たちは時も場所も超えて、違う世にきちまったというのか!」

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