第一話 陰陽師と虎 ③
──がああああっっっ!
異形が
(鬼? 化け物! あやかし!? 物の
頭の中にさまざまな言葉が行き交う。初めて見る人外の生き物に、
だが恐怖はより大きな
そう、確かに鬼の首に足を絡め、両手で頭を抱えているのは人間だ。黒っぽい着物を着て
異形は自分の首にとりついている男を引き
「ばかっ! 逃げろ!」
異形の頭にとりついていた男がそれに気づいて叫んだ。言われるまでもなく晴亮たちは逃げようとしたが、どうしても下半身が言うことをきかない。
異形が地響きを立ててこちらに突進してきた。晴亮はとっさに懐の中に納めていた符を取り出し、それを異形に向かって放つ。
異形の手のひらに符が張り付き、それは小さな炎を上げた。
「ぎゃう!」
異形が声をあげる。晴亮も驚いた。まさか効き目があるとは思ってもいなかったからだ。その驚きが体を押してくれた。
「逃げろ、伊惟!」
自分にそんな力があったとは知らなかった。晴亮は少年の腕を持つと、地面を引きずって駆けだした。
「せ、
伊惟の悲鳴。目の前に青い壁が立った。異形は飛び上がり、二人の頭を越えて晴亮の目の前に立ち
青い豪腕が振り上げられる。鋭い爪が
ガキン!
金属的な音が頭の上で響いた。とっさに目を開けると、異形の首に取り付いていた男が晴亮たちのすぐ前に立ち、剣でその爪を受け止めていた。
ギギギ、と耳障りな音がした。爪が
自分たちを
異形がもう一本の腕を振り上げた。男が剣を滑らせ異形の角の先を叩き斬ったのと、振り上げた爪がその背をえぐったのはほぼ同時だった。
異形は一声吠えると後ろ向きに大きく跳躍し、雑木林の中に消えた。
「待て!」
男は叫んで追おうとしたが、その瞬間、背中から大量の血が噴き出し、それに押されるように地面に倒れ込んだ。
「ま、て……」
男は雑木林に向かって手を伸ばした。だが、もう相手の姿は見えない。
男の手が力なく地面に落ちたとき、晴亮はようやく呼吸をすることを思い出した。
「い、伊惟……無事か」
「は、はい」
少年の声も震えて
「怪我は」
「ありません、でも」
二人は倒れている男を見た。切り裂かれた背からどくどくと血が流れている。
「な、中に運ぼう。それから医者だ」
「はい!」
晴亮は伊惟に命じて家から敷布を持ってこさせた。その上に二人で男の体を乗せ、ずるずると引っ張ってゆく。乱暴な方法だが、意識のない相手を運ぶには仕方がなかった。そもそも六尺(一・八メートル)ほどの大きな男だし。
(いったい、これは現実なのか)
自分の両腕に力がかかっているのに、晴亮はまだ夢を見ているような気分だった。
(鬼、あれは鬼か。鬼を封じてある
伏せている顔はまだ若そうだった。髪も乱れ、失血で青ざめているが、端整な、知性を感じられる顔立ちだった。
(助かってくれ)
晴亮は祈った。自分たちを守った背中が忘れられない。
(私たちのために戦ってくれた人を失いたくない)
地面に跡を引く血の色は、夕闇の中にじきに見えなくなってしまった。
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