#55 人の感情を動かすには、発言力が必要である。
「痛……」
大砲のような音がしたのと同時に、駒田さんが真斗とぶつかって倒れてしまった。尻もちをついたようで、辛そうな顔をしている。クラスのみんなも二人に注目し始めた。
俺は駒田さんに声をかけようとしたが、その前に真斗が俺を制した。
「悪い悪い、急いでた」
俺は真斗の対応に驚愕して、空いた口が塞がらなかった。もう少し謝り方というものがあるだろう。
「駒田さん。大丈夫?」
大田さんが心配そうに手を貸しているが、駒田さんは手を振り切って、真斗の方を睨みつけた。
「貴方……。あそこまで強くぶつかっておいて、そんな言い方しかできないの?」
彼女の言い分は尤もである。これでも怒りを抑えている方だと思う。関根さんにこれをやっていたら、どうなっていただろうか……。
「謝っただろ」
「そんなんで謝ったとでも?」
「うるさいな。そんなにネチネチ言ってくるから可愛いのにモテないんだよ」
女子にそのワードを言うのは……。しかも真斗のやったことを考えたら、このくらいでも甘いものなのに……。
「……これだから男子は。それに地下に言われても説得力ないわ」
なお、この前と一緒で地下と言ったところで、真斗には違う意味で通ってしまうだろう。
「地毛って、俺のこの髪色は染め……」
「これだから無知は……。地下ってのは、身分の低い人って意味よ」
なんと、駒田さんは、真斗に対して種明かしをしたのだ。それまでは笑っていた真斗の表情が一気に険しくなる。
「は?」
「何? 私は正論を言っただけだけど?」
確かに正論かもしれないが、真斗にそれを言うのは火に油を注いでいるだけだと思うんだが……。
「ざけんな……」
すると、真斗が駒田さんに近づいていくのが見えた。真斗の表情からして何かをしそうに見えたので、俺は真斗の腕を掴んで止める。近くにいた一輝も、俺に倣って掴む。
「放せ怜遠、一輝。こいつは学力で他人を見下すクズだ」
「お前が最初にしっかり謝っておけば良かったんだよ」
俺達は真斗を力一杯止めているものの、彼の力は凄まじいので、結構きつい。
すると、朝練組も教室に戻ってきて、二人の注目度はさらに高まった。
「本当男子って……。低脳だし、無神経だし嫌。なんで共学になったのかしらね……」
彼女も彼女で毒を吐くのをやめないので、ヒートアップしてく一方である。この喧嘩を俺に止める力があれば……。
「駒田さんもう言うのやめて。このままだと悪くなる一方だよ」
大田さんが駒田さんを説得しているが、火を完全には消せていなそうで……。俺も真斗を抑えるのに手一杯だったので、厳しいし……。
「田中君もやめて。これ以上は」
「……るせ、侮辱してくる方も……」
しかし、我を忘れた真斗にはなかなか効かない。
「二人ともやめなよ!!」
すると鈴木が真斗の前に立ちはだかった。大きな声だったこともあり、二人は驚いて鈴木の方を見ている。
「田中クンも駒田さんも、共になんでそんなに煽り合うの? そんなことして何になるの?」
鈴木の言っていることは普通のことだったが、カリスマ性があって、俺以外のみんなも黙って聞いていた。
「しっかり謝らなかった田中クンも悪いし、火に油を注いだ駒田さんも悪いよ。喧嘩両成敗だよ」
二人は黙ったままだったが、駒田さんが先に口を開いた。
「……まあ、鈴木君に言われるなら仕方ないわね」
そう言って席に戻って行った。鈴木は、あの駒田さんの心までも動かしてみせた。普通にすごいな。
「わかったよ……」
真斗も納得したのか、力を緩めたのだ、俺と一輝は彼を放した。一触即発だったのにこうも変わるなんて……。
「鈴木すごいなー」
「鈴木君かっこいいー」
「大田さんも頑張ってたねー」
クラスの人達も、みんな鈴木と大田さんを褒めている。それと同時に俺は、自分の無力さに嫌気がさしてきた。
「俺は、何もできなかったな」
ヘタレな自分とはお別れした筈なのに、またダメだった。このままじゃダメだとはわかってはいるものの、二人を止める力は今の俺にはなかった。
俺はもう一度。どうすればよかったか考えることにしよう。
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