#53 真面目な人ほど、自分の気持ちを隠しがちである。

 それから下校した俺たちは、そのまま駅のカフェに入った。俺は眠気を覚ましたい気分だったのでコーヒーを注文して、一輝はクリームソーダを頼んでいた。空いている席を見つけて、すぐに確保する。


「さっきは大変だったね……」


「それな」


 時は少し前に遡る。



 俺らが下校しようとすると、柴田さんがついてきた。まあ、向かう駅が一緒なのだから、それは別におかしくない。しかし、俺らと一緒にカフェに来ようとしたのだ。


「私も、タピオカミルクティー飲みたいな〜。ねえ神里君〜?」


「あはは。あれ美味しいよね……」


俺も裏では彼女に対して呆れを感じながら、表では苦笑いをした。


「タピオカね。美味しいけどお腹に溜まるよね」


「ね」


「えー、それがいいんじゃん」


 お腹に溜まるのがいいって……。まあ感じ方は人それぞれなので、否定する気はないけど。


「てか、地元のカフェさ、値段も良心的だしいいよね」


「地元?」


「あれ? 言ってなかったっけ? 今日行くのは地元のカフェだよ」


 もちろんこれは嘘である。理由をつけて別れた後、学校の最寄りのカフェに行くつもりだ。


「そうなの? ざんねーん。また誘ってね〜」


 まず、君が勝手に来ようとしたんだろ。と思ったが、言ったら不機嫌になるので心の中に留めておいた。火には油を注がないほうがいい。



「途中の信号で柴田さんと別れられたのもデカかったよね」


「確かにね」


 一輝も柴田さんに対して苦手意識を持っているらしい。まあ、委員会を真面目にやらない人を一輝がよく思うはずがない。 


「さ、勉強始めないと……」


 一輝は数学の問題集を取り出して解き始めた。まあ一輝には一緒に勉強しようという名目でここに来たとしか言ってないので仕方がない。しかし、俺の目的は別にあるのである。


「なあ一輝、委員会って最近どうなん?」


 一輝はペンを止めて、少し悩む素ぶりを見せた後、


「まあ、ぼちぼちかな。相変わらず柴田さんは面倒だけど……」


 まあ、今のところ問題は起きていない感じか。かと言って、一輝は辛いことを自分で溜め込む癖があるので油断はできないが。


 そのために、柴田さんと仲良くしておいて、情報をもらう作戦もありだろう。まあ、彼女が本当のことを教えてくれるとは限らないけれど。


「もし何かあったら、俺を頼ってくれていいから」


 単なる念押しにしかならないとは思うが、言わないよりはマシだろう。


「……うん。多分何もないと思うけどね」


 この前はそんなこと言ってあんな悲劇が起きてしまったからな……。まあ、今回は絶対そうはさせないけれど。


 それから、数学について少しだけ教えてもらった。


「サイン、コサイン、タンジェントは分かる?」


「……なんとなく」


 暗記で乗り切れた二次関数の範囲が終わり、三角関数に入ってしまったので、授業について行くのが大変なのだ。前世でなんも数学の勉強をしていなかった弊害がここに来て出てきている。一次関数と違って暗記で乗り切れるとは思えないし……。


「……で、直角三角形の直角とそれ以外の角度が1つわかると、三角形の辺の長さの比が決まるんだ」


 一輝の説明は分かりやすく、少しずつだが理解はできた。しかし、問題を解くときになると、ペンが止まってしまう。


「もう少し、公式をインプットしたほうがいいね」


「……そうするわ」


 俺は、数学ができる人を、今一度尊敬し直した。

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