#48 大切なものは、失ってから気づく。


『まあ、一輝はもう戻ってこない。この腰抜けのせいで。そんな腰抜けとはオレはもう仲良くしたくない、絶交だ』


 なんでまたこの夢が出てくるんだよ……。


 これで何回目だろう。俺のトラウマを抉ってくる夢を見たのは。俺はもう二度と、この過ちを繰り返さないと心に誓ったのに。リスタートしてから、気持ちを切り替えたことがろくに反省をしていないと神様に思われたのだろうか。


『一輝に変わって、お前に復讐するわ』


 彼はそう言って、ナイフを持ってこちらに近づいてくる。俺は恐怖を覚えるものの、足が動かない。夢だとわかっていても怖いのだ。そして俺とナイフの距離の差がなくなったところで目が覚める。


 体が熱くて、冷や汗をかいているのが感じられる。かと言って、熱っぽい訳ではないし、何故こんなに暑いのだろうか……。疑問に感じて布団を見ると、誰かが布団に入っているのがわかった。恐らく柚だろう。というか、柚しかありえないだろう。母さんがこんなことするはずないし。


「おーい柚? ちょっと暑いから退いてくれ」


 しかし動く様子はなく、どうしようかと考えているときに、部屋のドアが開かれた。


「お兄ちゃん。起き……。もう起きてたんだ」


「は?」


 何故柚が前に立っているんだ? じゃあここにいるのは母さんなのか? ますます謎が深まるばかりだ。


「てかお兄ちゃん起きてるなら莉果さんと会った?」


「なぜ莉果?」


 てか、莉果と柚が最後に会ったのは結構前な気がするけど、何故莉果が話題に出てきたのだろうか……。もしかしたら、ここにいる人が……。いやまさかな。


 そう思って布団をどかすと、中には眠っている金髪の少女が出てきた。俺はその姿を見て仰天した。莉果がいるということは柚によって薄々感じていたものの、髪型がツインテールからボブカットになっていたからだ。子供っぽさが消えており、麗しさが増した気がする。


「寝ちゃってるね」


「時間やばいし起こすか」


 そう言って俺は彼女に声をかけた。しばらくしてから、体を起こしてきた。


「おはよー、怜遠、柚ちゃん」


「おはよう」


「莉果さんおはよー」


 莉果はそれからこっちを見てきてずっとニヤニヤしている。こんなに莉果って愛想あったっけ? 普通に可愛いけど。


「ねえ怜遠、どこか変わったところない?」


「…‥ボブカット、似合ってるね」


「可愛いよ莉果さん」


「ありがと、二人とも」


「てか急に髪を切ってどうしたの?」


 髪を大幅に切る理由としてよくあるのは失恋だが、彼女が誰かに恋しているという話題を聞いたことがないので、違うだろう。


「強いていうなら、過去の自分との決別……かな?」


 なるほど。それなら俺も髪を切ったほうがいいのかもしれないな。最初は、正直なところ、好印象を持たれるために今のセンターパートにしていただけだった。しかし、やっているうちにこの髪型を気に入ってしまったからあまり変えたくない。


「そうなんだー。私久々に莉果さんに会えて嬉しかった」


「私もよ、柚ちゃん」


「てか、一つ疑問なんだけど、どうしてこんな朝早くに来たの?」


 莉果は顎に手を当てながら、


「私の家はさ、怜遠の最寄駅からも行けない距離じゃないからね。あと、髪切ったのも早く見せたかったし」


 ここまで素直だと少し調子狂うな。これはこれで新鮮で悪くないけれど。少しだけ冗談を言ってみるか。


「俺と一緒に行きたかったの?」


「私はただ柚ちゃんに会いたかっただけだから。勘違いしないでよね」


 ツンデレが発動したようだ。莉果が顔を赤くしている。


 前、柚に莉果と同じ高校だったって話したら、『会ってみたい』と言っていたので会わせることができてよかったと思う。莉果とはまた小学校の頃みたいに仲良くしたいし。何より、もう後悔は残したくない。


「下降りないの?」


「まあもうそろそろ支度したほうがいいよね」


 リビングに行くとすぐに、俺の両親が莉果にいろいろ話しかけていた。彼女は持ち前のコミュ力で返答していたが。


 小学校の頃の記憶が鮮明に甦ってきて、懐かしさで涙が出てきそうだった。


 朝食を食べ終え、歯磨きとヘアセットなどを終えてから、玄関に向かう。すると、莉果が既に玄関にいた。


「怜遠行くよ」


 彼女の言葉によって、小学生の時、学校に行くときに、ほぼ毎日莉果が迎えにきていたのを思い出した。


『怜遠、早くいこー』


 大切なことは、失ってから気づくということを俺はとてもよく感じた。

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