#46 一歩踏み出すことは、勇気が必要である。
あの後、大田さんから莉果のことを詳しく聞いた俺は、体育館に向かって走っていた。
*
「莉果、もう一度バスケを始めるんだって」
「え?」
俺はその言葉を聞いて、すこし驚嘆してしまった。あの時言ったことを、彼女が覚えているとは思えなかったからである。
「それいつ頃から?」
「林間学校終わってすぐだった気がするよ」
それならなぜ俺に対して当たりが強かったのかがますます謎になる。ツンデレだからでは片付けられない感じだったし……。
「そうなんだ」
「うん。でも、私は少し不安だな……」
まあ中高一貫とはいえ、一応中途入部ってことになるので、彼女が不安視する理由もわかる。しかも、莉果と一悶着あったバスケ部だから尚更だ……。一悶着? そうだ。思い出した。
「ちょっと行ってくる」
「気をつけてね。神里くん」
*
俺はあの時、何かあったら助けると言った。しかし、莉果の性格上、何かあっても言わないだろう。俺から向かわない以上、進展はない。そして、俺は彼女の時折見せる暗い表情に気づいていた。これは、恐らく黒だろう。
そして、校内を駆けて、体育館の裏まで着いた。中を覗くと、バスケ部とバレー部が練習しているのが見えた。莉果がどこにいるかを探していると、奥の方に金髪ツインテールが見えたので裏から回る。そして、近づくと声が聞こえてきたので、後ろに隠れる。
「やっぱり数ヶ月のブランクは大きいわね」
「……なんで」
そこには、疲れ果てている莉果と、名前を知らないバスケ部の女子がボールを持ったまま、その取り巻きと一緒に莉果を嘲笑っていた。林間学校で見たので、同級生っぽい。恐らく、対決でもしていたのだろう。
「じゃあ今日の体育館の掃除よろしくね〜」
「……は? ふざけん……」
「へぇ。中途入部の癖に文句言うんだ」
莉果を挑発して勝負に持っていって、挙げ句の果てには雑用押し付けか……。
「ダメだよ野村さん」
「あはは」
莉果は下を向いたまま顔を上げない。
「中一の時の面影がないのウケるわ」
「媚び売ってただけでしょ」
正直、もう見ていられなかった。莉果には何も言われていないが、ここで動かなかったら一生進展しない。大丈夫だ。相手はあの坂本じゃない。ここで助けられなかったら一輝のことも救えない。
「なんか言えよ!」
そう言ってリーダー格の女子がボールを振りかぶったところで俺は一歩踏み出した。
放たれたボールを俺がキャッチして、莉果の前に立った。
「危ない危ない」
「は?」
「怜遠……」
俺の裾が引っ張られているのを感じる。裾が震えているので恐らく彼女の手が震えているのだろう。俺はそんな彼女を安心させるために彼女の頭に手を置く。
「誰だよお前」
「この子の友人だけど」
「待って、神里って人じゃない? 顔結構かっこいいし」
すると取り巻きの一人が俺の名前をあげた。なんで俺の名前がバレているんだ……。普通に面倒なんだが。
「誰だよ。確かに顔は悪くないけど」
「俺の名前がなんだろうと関係ないよ。それで、何してたの?」
そして俺は、彼女たちに確信をつく質問を投げかける。
「中途入部のくせに調子乗ってたから教育してたの」
「へえ、同い年なのに?」
その質問を投げかけると、黙り込んでしまった。恐らく同い年だと思われているとは思わなかったのだろう。
「しかも、教育なんて生ぬるいものじゃないって、彼女の顔を見たらわかるよ」
莉果は半泣きで、俺にずっと掴んできている。助けると言ったのは俺なので、彼女にそっと『大丈夫だよ』と言う。
「いい人ぶってんのきんも。それでヒーローにでもなったつもり? しかも野村は野村で悲劇のヒロイン気取ってんじゃねえよ」
正直この人の戯言を聞いているのは嫌な気分にしかならないが、莉果と昔は友達だったはずなので、救いようはある。やるだけやってみよう。
「悲劇のヒロインぶってるんじゃなくて、悲劇のヒロインなんだよ。例えば、パーティに行く前のシンデレラみたいな?」
「ハハ、何言ってんの」
「そして君は、シンデレラの義母で、二人はシンデレラの姉かな?」
その発言をした刹那、三人の表情がキツくなっていくのが感じられる。
「……お前!」
こういうやつは自分がそういう目に合わないと自分のやっていることが悪いと気づかない俺はそれを気づかせようと思う。
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