#30 絶体絶命の状況と、思いがけないお誘い

「やばい・・・・・・」


 俺は今、絶体絶命である。なぜなら、女子部屋に忍び込んでいる状況だからである。ここにいるのは五十嵐のせいであるものの、それを言ったところで、言い訳にしかならないだろう。しかも彼女はバスタオル一枚。彼女のたわわな胸が目に入ってきて色々とまずい。どうにかしてこの状況を突破しないと。


「えっと・・・・・・」


 伊藤さんもこっちをじっと見つめてくる。こののっぴきならない状況をどうすれば回避できるのか。それを頭をフル回転させて考える。


「大田さん?」


 なんと、伊藤さんは俺だと気づいていないみたいだった。風呂上がりということもあって、裸眼なのだろう。助かった。


「うん。そうだよ。ちょっと向こう見てみて」


 裏声を出して誤魔化しながら、彼女の目線を逸らす。その隙に俺は押し入れに隠れる。


「どうしたの・・・・・・。って大田さん?」


 ごめん大田さん。君の名前を借りて。とりあえず彼女が部屋を出て誰もいなくなるまではこうするしかなかった。


 しかも携帯が手元にないので助けを呼ぶこともできない。風呂に行くだけだからと思って携帯を持ってこなかったのが裏目に出てしまった。


「まあいいや」


 ゴソゴソと音が聞こえてきたので、恐らく着替えていたんだろう。するとドアが開いた音が聞こえてきた。


「ねえ、伊藤さん? 結菜見なかった?」


 この声は・・・・・・。莉果だ。一番忍び込んでいることがバレてはいけない相手だろう。もしかしたらバレたらもう二度と口を聞いてくれないかもしれない。


「えっと・・・・・・。見ていないよ」


「探しに行こ!」


「ちょっと・・・・・・。先に着替えさせて」


 莉果がまだ着替えていない伊藤さんを連れ出そうとしたのだろう。本当に周りが見えないんだな。昔はそれも可愛かったのだが、今はツンツンしまくっているからな・・・・・・。


 そしたら、扉を叩く音が聞こえてきた。


「誰かな? はーい。って鈴木?」


「お邪魔します。大田さん、いる?」

 

 鈴木と大田さんってなんか接点あったっけ? なんか用があったのかな。


「いないけど・・・・・・」


「丁度探しに行こうと思ってたの。一緒に行かない?」


「わかった。いいよ」


 そして扉が開く音がして、この部屋の中が静寂に包まれた。俺は今がチャンスだと思い、押し入れを開けて、部屋を出ようとした。しかし再び話し声が聞こえてきたので、死角に隠れて、誰が来たのかを伺った。


 扉の開く音と共に、大田さんと関根さんと柴田さんが入ってくるのが見えた。非常にまずい。関根さんにバレたら本当に学校行けなくなるレベルな気がする。柴田さんも柴田さんであの裏の顔見た後だとなんかしてきそうだし・・・・・・。


 大田さんにももちろんバレたくない。折角仲良くなれたのに、こんなことがバレたらここまでで築き上げたものが全て壊れてしまう。


 押し入れに隠れる時間がなくて、近くにあった布団の中に隠れた。正直押し入れに隠れれば良かったと後悔した。少し動いただけでバレそうだったからだ。


「ねえユイナはキャンプファイヤー誰と踊るか決めた?」


「うーん。私はまだ決めてないかな」


「そうなんだ〜わたしはもう大体決めたかな〜」


 これは俺が聞いてはいけない話な気がする。ごめんなさい三人とも。でも、大田さんが誰と踊りたがっているのかは気になるな。


「ぶっちゃけ、カミザトとか?」


「神里くん?! いや向こうはこういうの興味ないらしいし・・・・・・」


 俺は驚愕のあまり、足を壁にぶつけてしまった。部屋の中に打撃音が響き渡る。


「なんの音〜?」


「隣の部屋かな?」


「あっちあんま目立たない女子たちの部屋でしょ? ありえなくない?」


 とりあえず俺がいることはバレてないらしい。良かった・・・・・・。


「二人は誰と踊りたいの? 七海は鈴木くんとか?」


「やっぱりわかっちゃう?」


「七海ちゃんのことだもんね。そうだと思ったよ〜」


 柴田さんはこう言ってるけど、裏では恐らく見下しているのだろう。


「未来は・・・・・・。石井くんとか?」


「うーん・・・・・・。どうだろ〜」


 多分柴田さんは誰にも裏の顔を見せていない。なので石井のことを下に見ていることは誰にもバレていないのだろう。俺と真斗を除いて。


「結菜ちゃんも神里君と踊れるといいね〜」


「だから向こうは興味ないんだって・・・・・・」


 すみません。大田さんと踊れるのなら興味はあります。まず俺と踊ってくれる人なんていないと思っていたからな。まだ可能性のありそうな莉果がアレだったから勝手に諦めていただけだった。


「てかあたしたちの布団もう並んでるじゃん」


「結菜ちゃんがやってくれたの〜?」


「私もやったけど、伊藤さんがメインだったよ」


 意識を布団に向けるのはやめてくれ。バレる確率が上がってしまう。


 そして足音が近づいてきた。俺は気配を出来るだけ消した。


「あれ? この布団誰かいる・・・・・・


 俺は冷や汗をかいているのが感じられた。どうにかして乗り切らないといけない。今自分にできることは、音を立てないことしかない。息を殺してじっとしていよう。


「伊藤さんかな? まあ今日結構疲れたから仕方ないね。私も少し横になろうかな」


 つまり彼女は俺の横で寝そべるということだろう。バレるリスクが向上してしまう・・・・・・。


 最悪バレるなら彼女だけがいい。まだ俺の言動を信じてくれそうだし。あの二人にバレたら本当に不登校になってしまうかもしれない。


「疲れたー。布団で寝たことあんまりないけど、たまにはいいよね。ねえ伊藤さん」


 そして、彼女が布団の隙間からこちらを覗いてきたので、俺と目が合ってしまったのだ。


「え・・・・・・? 神里くん?」


 俺は焦燥感に駆られながらも、彼女に向かって、ナイショのポーズをした。


「・・・・・・後で事情は説明するから、今は彼女たちをどうにかして欲しい」


「うん。後で絶対教えてね」


 それから彼女は二人を退出させるように動いていた。あんまり二人は動こうとしなかったが、会話に鈴木を出したところで、動く気になったようだ。


「鈴木くんたちにお誘いしてきたら?」


「あーたしかに。ユイナありがとー」


「結菜ちゃんありがと〜」


「気にしないで。私は少し休憩してから行くよ」


 それから扉の開く音がして、部屋が一気に静かになった。大田さんが『もう大丈夫だよ』と言ったので、俺は布団から出た。


「ありがとう大田さん。助かったよ」


「うん」


 彼女はこちらをじっと見つめてきており、俺は恐らく疑われているんだろうなと思った。まあこの状況ですぐに告発しないだけ大田さんは俺のことをまだ信頼してくれているということだろう。


 俺は、こうなった経緯を細かく説明した。五十嵐たちに嵌められたこととか、石井たちが半ば強制的にこのクソゲーに参加させてきたことなど。


「なるほど・・・・・・。五十嵐くんたちが・・・・・・。酷いね」


「もしかして、俺の言葉を信じてくれるの?」


「私が神里くんと五十嵐くん。どっちの方が仲良いと思ってる? しかも、神里くんはこういうことしないでしょ?」


 なんと、百疑われるこの状況で、俺を信用してくれたのだ。彼女は本当に聖女だ。俺の学校生活に平和が訪れた。


「で、信用するって言ったけど・・・・・・。一つお願いがあるの」


 もしかして黙ってる代わりに、なんかやれということだろうか。まあ正直平穏な学校生活を送れるってこと考えたら全然易しいものである気がする。


 しかし彼女は顔を赤めながら、何かを言おうとしていた。俺は不思議に思って、彼女の言葉を待っていた。


「じゃあ・・・・・・。私と踊って欲しい」


 それは思いもよらない発言だった。

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