#24 ハイキングにて、明かされる彼女の事情

 集合時間に近づいたので、俺たちは集合場所に向かった。一組から順に回っていくので、俺らが最初になるのである。

 

 確か俺の記憶だと、このハイキングは何も勝負とかなく、淡々と山に登っていくような感じである。なので、しっかり危なくない格好をしている。女子の薄い格好が見れない騒いでいる男子もいたが、まあ気にしなくていいだろう。


 早速俺は虫除けスプレーを用意して体に吹き掛けた。長袖長ズボンであるが、念には念を入れておいて損はない。一輝と真斗は持ってきてなかったみたいなので、俺が貸してあげた。


「神里くーん。こっちだよ」


 大田さん達に呼ばれたので、彼女達がいる方に向かった。帽子に長袖長ズボンと完全防備だったので、真斗が俺だけに聞こえるように舌打ちをした。


「やっぱ少し暑いね」


「仕方ないよ、登山は危険だし」


「汗でメイク落ちちゃいそう」


「虫除け使う?」


「じゃあ使おうかな」


 ハイキングといっても、特別高い山ではないので、そこまで大変ではない。ただ、高い山ではなくても登山には変わりないので、気をつけないといけないのである。


 俺はまあ登山の経験があるのでこんくらいの山どうってことはないが、登山未経験で普段運動をしていない生徒は結構辛い思いをするだろう。


 そのため、ペースは班に任せるという感じだった。俺は自分のペースで行こうと思えば行けるだろうが、班のみんなのペースに従おうと思う。


「よーし早速飛ばそーぜ」


 真斗は颯爽と駆け始めた。確かに彼の体力なら、これくらいの山はどうってことないだろう。しかし、このスピードにみんながついて来れるわけが無い。


「もう少しゆっくり行かない?」


「速すぎるわよ。考えて」


「なんだ怜遠、もしかして俺について来れないのか?」


「違う違う。みんなに合わせて自重しろってことだよ」


「少し早いかな・・・・・・」


「わかったよ、少しだけ遅くする」


 そう言ってペースを少し緩めたものの、まだ早い。このままだとみんな息切れするぞ。特に伊藤さんとか結構辛そうだし・・・・・・。


「なんでそんな急いでるんだ?」


「石井と勝負してるんだよ」


「なんの勝負?」


「どっちの班が先に頂上に着くか」


 なんでそんな争いになったのかも気がかりであるし、それに班も入ってくるのかが疑問に思った。


「どういう経緯でそうなった?」


「どっちがモテるかで同レベルになったから。そして負けた方は激辛カップ麺食べることになってるんだよ」


 あのときに販売してたカップ麺か。あれ食べたら数時間は何も食べれなそうだ。だからあのとき二人の空気がピリついていたのか。謎が解けて少しスッキリした。


「そうだとしてもみんなのことも考えろ。現に伊藤さんなんて・・・・・・」


 そう言って伊藤さんの方を見ると、しゃがんで下を向いていた。恐らく真斗のせいでこうなったのだろう。


 俺はすぐに彼女の元に駆け寄って声をかけた。


「伊藤さん大丈夫?」


「・・・・・・ごめんね。まだコンタクトに慣れてなくて、外れちゃったみたい」


 コンタクトレンズ。俺はつけたことがないのであまり詳しくは知らないが、慣れるまで大変だとよく聞く。


「あーおけ。付き合うよ。真斗はもう少し考えてくれ。もし勉強で自分が理解してないのに、他のみんなが先先進んで行ったらどう思う?」


 真斗は狼狽えながら、黙り込んだ。


「う・・・・・・。ごめん」


「謝るなら俺じゃなくて伊藤さんだろ」


「ごめん。伊藤さん」


「・・・・・・大丈夫。気にしないで」


 伊藤さんは優しいので、一切真斗を咎めずにそう答えた。


 それから俺は、みんなとは一回別れて彼女と一緒にトイレを探しに向かった。確か案内マップを見た際に、道中に公衆トイレがあったのを覚えている。俺はそこに向かおうと彼女を連れて歩いた。


 てか、いくら見えにくいとは言って、俺が手を取る必要があったのだろうか。今になって恥ずかしさが込み上げてくる。しかも向こうも離す感じなさそうだし。


「ご、ごめん。急に手を取っちゃって」


「私のためにやってくれたんだよね? ありがとね」


 彼女は顔を赤らめながらそう呟いた。優しい彼女なので、俺に悪い思いをさせないようにそう言ってくれたのだろう。


「眼鏡かけなくて大丈夫なの?」


「神里君に掴んでるから大丈夫。カバンの奥底にあるから出すのが大変」


「なるほどね。裸眼だとどれくらい見えるの?」


「視力検査の一番上がギリギリ見えるくらいだよ」


 俺が一番下まで見えるか見えないかという感じなので、彼女は相当悪いということだろう。まあ視力は遺伝が強い。俺の家系は基本みんないいので、俺も似たのだろう。


「いつ頃から悪くなったの?」


「・・・・・・中二の頃」


 つまり俺らが会ったときはまだよかったということか。あの時は確かに眼鏡をかけていなかった。


「なるほど」


「あの時はまだ裸眼でも見えたよ」


 彼女の言ってる『あの時』とは俺の思っているアレと同じことを指しているのだろう。


「視力って遺伝するからね。なんかゲームとか勉強のやりすぎで落ちるとか言われてるけど。一番は遺伝なんだよね」


「確かに私のお母さん視力悪いよ」


 お父さんのことは触れない方がいいだろう。でもやっぱり母子家庭で私立に通ってる理由は少し気になる。


 そんな俺の考えてる姿を見たのか、彼女は俺の手をぎゅっと掴んだ。


「・・・・・・実は私のお母さん。中二の頃に再婚したんだ」

 

 それで俺の疑問は消えた。再婚したのなら私立に通えてることに納得する。でもそういう話を俺にしても良かったのか?


「そうなんだ」


「前にも話したけど、私は中学校の時、みんなからよく思われてなかったんだ」


 この子は、頑張って自分を変えようとしたのに、その努力を踏み躙られたのだ。今の俺がその場にいたら、居ても立っても居られなかっただろう。


「男の子たちに言い寄られたこともあったし、私をよく思わない人たちからも悪口言われちゃってね・・・・・・」


 それが原因で彼女は男性が苦手になったという。他人と関わるのがあまり得意ではないらしいが、それ以上に男性とは上手く喋れないようだ。


「俺は、大丈夫なの?」


「神里君は、平気。私を変えてくれた人だし」


 『変えてくれた人』か。俺が人のためになることを出来たと思うと嬉しさが込み上げてくるな。昔の俺なら、絶対こんなことは出来なかっただろう。


「俺の行動が、君のためになったのなら良かったよ。少々やり過ぎたかもって思ってたから」 


「全然そんなことないよ。寧ろ私が卑屈すぎたし」


 彼女は俯きながらそう呟いた。俺は『もう終わったことだし』と言ってこの話題を止めた。彼女が話してる話題を変えてしまったのは俺であったからだ。それから彼女は先程の続きを話し始めた。


「私はそれで引きこもっちゃったんだ。お母さんには悪いと思ったけど、当時の精神状態じゃそんなこと気に留められなかったから・・・・・・」


 一輝ももしかしたらこんな状態だったのかもしれない・・・・・・。そう思うと無性に奴に対しての怒りが沸いてきた。


「そんな時、私のお母さんが再婚したの。お相手は、会社の社長さんだった。二人はひょんなことから出会ったんだ」


 そんな状況の中再婚なんて色々と気持ちの整理が落ち着かないだろう。そのまま彼女はお義父さんとも徐々に仲良くなってきて、それから転機が起こる。


「野球の試合に連れて行ってくれた時、私は一人の選手に出会った。それが田中選手だったの」


 田中選手。確かカップという球団に所属している野球選手だった気がする。野球を見なくなって時間が経っているため、詳しくは覚えていないが。

 

「真斗?」

 

「違うよ。もう」


 流石にこの場面でこのギャグは不躾だっただろう。俺は平謝りをした。


「彼の言葉のお陰で、私はもう一回学校に行ってみようと思えたの」


 確かに推しからの励ましの言葉は、一番の薬になるだろう。


「そして信頼できるのは、神里君が、その田中選手とそっくりなのもあると思う」


 相当古い記憶だったので、顔が思い出せず、スマホで検索して見ると確かに俺と雰囲気が似ていた。


「それからお義父さんの会社が成功して、本社を移転して、こっちに引っ越すことになったんだ」


 なるほど。こういう経緯でこっちに来たのか。俺の頭の中の疑念は全部晴れた。


 程なくして、トイレにたどり着いた。彼女を待っている間、一輝にメールをして見た。すると、『真斗が石井に負ける!』と言って焦っていると返信が来た。俺はそれを見て微笑しながら、『真斗の子守り頼むよ』と返しておいた。


 暫くして、伊藤さんが出てきたが、眼鏡をして出てきたので、ちょっと尋ねて見た。


「あれ? コンタクトは?」


「・・・・・・部屋に置いてきちゃった」


 彼女は申し訳なさそうにそう呟いた。まあ時間は結構経ってしまったものの、彼女と結構話せたので俺的には何も言うことがなかった。


 それから順路に向かうと、もう二組の生徒たちが登り始めていた。彼らはなぜ一組の俺らがここにまだいるのだろうと不思議に思ったに違いない。


「あれ? あいつ一組の神里じゃね」


「大田さんと仲良さそうにしてたと思ったら次は違う子かよ」

 

 面倒なことになりそうだと思った俺は少し早めに登ろうと思って、伊藤さんと共に歩き始めた。


 幸い、まだ緩やかな方だったので、面倒事は避けることができた。もう少ししたら、追いつけそうだ。


「そういえばさ・・・・・・」


「どうしたの?」


 彼女は俺の真剣な表情を見たのか、真面目に聞いてくれている。


「俺の友人の一輝と真斗さ、いい奴らだから、良かったら伊藤さんも仲良くしてあげてほしい」


 彼女は暫く黙った後、少し笑って、


「うん、頑張ってみる」


 そう小さく呟いた。

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