#13 悲劇、そして言葉の意味とは
中秋の頃、高校二年生だった俺は、教室で本を読んでいた。
放課後の学校の教室は閑散としており、落ち着いた雰囲気を漂わせている。ふと窓から校庭を見下ろしてみると、部活動をしている生徒がいるのが見えた。野球部にサッカー部、そして陸上部が練習をしていた。陸上部の中にはかつての親友、田中真斗がいた。
*
彼との友情に亀裂が入ってしまったのは、高校二年に上がった頃だった。
担任が、信じられないことを口にした。
「残念な知らせだが、森一輝が、転校した。理由は、家庭の事情だそうだ」
俺はその言葉を聞いた瞬間、何も理解ができなかった。俺と仲の良かった一輝は、転校してしまったのだ。彼は去年の三学期から、不登校になってしまっていた。この時、欠席理由は体調不良と告げられていた。しかし、実は彼がいじめられていることを俺は知っていた。つまり、家庭の事情というのは表面上の理由に過ぎないだろう。だが、自分も標的にされるということを懸念に思って、見て見ぬ振りをしたのである。正直、俺に悲しむ資格はなかった。
この時真斗も、表情を見る限り、絶望しているのが感じられた。
放課後、俺は真斗に呼び出された。
「••••••なあ、怜遠。お前何も聞かされてなかったのか?」
「ああ、何もな」
真斗の苦しさを孕んだ声に、俺の感情のない声が重なる。
「オレは、あいつが不登校になっていたのに、何もしてやらなかった」
「俺も。俺に親友なんて名乗る資格はなかった」
真斗が俺を鼓舞しようと優しい言葉をかけてくる。しかし俺はそれを反対しようと言葉を発した。
「いじめは傍観者も悪いっていうだろ? 結局俺も最低だったってことだよ」
「お前? いじめってどういうことだよ?」
俺はうっかり一輝の退学した理由を口に出してしまった。真斗は初めて聞いたその理由に驚いて、俺に問いかけた。
「実は、一輝は去年の秋頃からいじめにあっていたんだ」
「クラスであいつをいじめてる奴なんていたか? 羨ましいことに女子とも仲良かったし、男子とも仲悪くなかったぞ」
いじめがクラス内で起きていると思っている真斗は、素直に思ったことを口にした。無論、いじめといったらクラス内で起こることが一般的だろう。
「一個上の坂本って知ってるか?」
坂本という生徒は、学校でも有名な問題児だった。学校の女子を誘いまくってるとか、授業中に大人のビデオを見たりだとか、悪い噂がひっきりなしに流れまくっていたほどに。部活はバスケをやっていた。
「ああ、知ってるよ。俺がバスケ部の体験行ったときに話したよ。人のこと見下してる嫌な先輩だった」
「あいつとその取り巻きが、一輝をいじめてたんだよ」
真斗の顔がだんだんと青ざめていくのが感じられる。
「嘘だろ••••••。てかどこで関わりが」
「多分、一輝が風紀委員として坂本に注意でもしたんだと思う。そして目をつけられたんだ」
彼は自分を変えようと始めた委員会のせいで、人生を狂わされたのだ。
「それから、なんでお前はそれを知ってるんだ?」
「••••••いじめられているところを目撃したから」
「それなのに、お前は助けなかったのか?」
真斗の顔がだんだんと険しくなってくるのが感じられる。
「助けようとは何度も思ったよ。だが、助けたら自分が標的になると思って、直接助けることはできなかった」
いじめの物的証拠を集めてから、告発しようとした矢先に、一輝が不登校になってしまったのだ。ただ、これを真斗に行ったところで、言い訳にしか聞こえないだろう。
「オレ、何度も言ったよな? 三人で、困ったときは助け合おうって••••••。結局、お前はただの腰抜けだったってことだな」
俺に対していいまくしたてる悪口。言われても仕方ないことなので言い返せなかった。
「オレがお前だったら、絶対助けたぞ」
それから真斗は、俺の逆鱗に触れる言動をした。
「柚ちゃんも可哀想に、腰抜けの妹なんて。いや、腰抜けの妹だし妹も腰抜けか」
「••••••いい加減にしろよ。俺のことはいくら言ってもいいが、柚を持ち出すんじゃねえ」
そういって俺は真斗の胸ぐらを掴んだ。しかし、真斗は一切怯まずに煽りを続ける。
「お前がオレに勝てると思ってるのか? 無理に決まってるだろ」
呟き、少し間が空いた後に再び声を発される。
「まあ、一輝はもう戻ってこない。この腰抜けのせいで。そんな腰抜けとはオレはもう仲良くしたくない、絶交だ」
悪いのは俺なのに、真斗の先ほどの発言のせいで苛立っていた俺は、そのまま了承して、結局疎遠になってしまった。
*
そのまま俺はボッチになって、真斗は他のクラスメイトと仲良くしているのが現状だ。まあいつも一人でいるのが悲しくないと言えば嘘になる。ただ、広島にいた頃も仲のいい友達がいなかったので、そのときに戻ったと考えれば耐えることはできる。
この前買った小説をいいところまで読み終えたので時計を見てみると、五時を差していた。秋なので外はそこそこ暗く、日は完全に落ちようとしていた。
ふと教室を見回すと、まだ教室で勉強している生徒がいた。それは学年一位で男子からの人気もある美少女、大田さんだった。彼女は教科書をじっと見つめていた、自習をしているのだろう。しばらく見つめていると、丁度彼女もこっちを見てきて目が合ってしまった。俺はすぐに体を前に向けて、本を開いた。
「どうしたの? 神里くん?」
彼女は俺がぼっちになっても唯一話しかけてきてくれていた。俺は話しかけてくれ
るのは嬉しいと思いながらも、空気を演じている俺と接してる大田さんが悪く思われないかが心配だった。
「どんなジャンルの本読んでるの?」
「恋愛小説だよ。むしろ恋愛小説しか読まない」
「私も恋愛小説好きだよ。甘酸っぱさがいいよね」
このとき俺は、彼女が俺を気遣って話しかけてくれているものだと思っていた。もしそうだとしても、大田さんと喋れる時点で誰だって嬉しいことだろう。俺は大田さんが何していたのか一応聞いてみた。
「私はちょっと勉強していたんだ。もうそろそろ受験を考えないとまずいからね。神里くんは勉強どう?」
「••••••俺が成績いいと思う?」
「国語の模試で二位取ってなかった?」
「マグレだよマグレ、てかなんで覚えてるの?」
「私が三位だったから悔しかったの」
そういって彼女は不服そうな顔を見せる。正直にいうと、可愛いと思ってしまった。
「国語以外は点でだめだからね。正直、進路とか考えたことないし。大田さんはすごいよ。全教科できてるし、主席もキープしてるし。
実際、去年は友人との交流。今年は気持ちが折れていて今後のことなど一切考えていなかった。大学も適当に行けるところに行ければいいと思っていたし。
「でも、定期試験取れても、受験に合格するわけじゃないから、まだまだ頑張らないと」
しかもこれ以上努力しようとしてるのが素直に尊敬するポイントである。
「久々に家族以外の人と喋った気がする。ありがとね大田さん。空気みたいな存在の俺と喋ってくれて」
「神里くんは自分を卑下しすぎ。私はそんなこと一度も思ったことないよ。でも神里くん、いつも表情が暗いよ」
彼女は俺に起きた悲劇を多分知らない。勿論教えるつもりもない。そんなことでもしたら、他のクラスメイトから面倒なことを言われると思ったから。
「大丈夫? 何かあったら相談してね?」
彼女はそういって帰る準備をして、俺に挨拶をして教室を出て行った。俺はそのまましばらくその場所に留まっていた。
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