#12 テスト勉強 前編

 今は、ゴールデンウィークの最中だ。しかしテストが1週間後にあるので、遊びには行かずに、勉強に明け暮れていた。正直、進学校ということもあって、試験問題の難易度は高い。一夜漬けだけしても赤点を普通に取ってしまうレベルである。なので一輝と真斗と三人で一緒に勉強をすることにしたのだ。まあ正直なところ真斗に教えることがメインであるが。


 実際真斗はなかなかやばいレベルであった。

 


 この前の国語の授業中、グループワークで感想を書いて見せ合う授業があった。その時俺はまあ自分で言うのもなんだが国語はそこそこできるので、感想をすぐに書いて他の人を待っていた。


「なあ怜遠、この漢字ってどう読むんだ」


 彼が教科書で指していた漢字は、翻すという字だった。意味はひっくり返すと言うような意味である。確かに簡単ではないかもしれないが、高校生でこれを読めないのは驚愕だった。


 他には、数学の授業で俺に宿題を見せて欲しいと頼んできた時、因数分解のやり方がわかっていなかったことだ。正直なぜこの学校に入れたのかが不思議に思えてくるほどであった。このままじゃ、今回の範囲の二次関数でも辛い思いをしてしまうだろう。



 俺たちは電車で一本で行ける商業施設のファミレスに入って、試験勉強を開始した。この商業施設は、俺がこの前大田さんと一緒に遊んだ場所だ。とりあえず真斗のわからないところを見つけて、基本的に理系科目は一輝、文系科目は俺が教えてあげようとしたが、不発に終わった。試験範囲のほとんどを理解していなかったからだ。前回でも、真斗が頭悪かった覚えがあるものの、ここまでとは思わなかった。


「二人とも〜、どうすれば赤点回避できる?」


「とりあえず今日固めるぞ、部活でほとんど空いてないんだろ?」


 真斗は首を縦に振って、閉口している。その姿はまるで、何かに対して怯懦しているようだ。


「じゃあ優しく教えるよ、まずは英語ね。Sが主語と言って、Vが動詞、Oが……」


 一輝の説明に加えて、俺が補足説明を加える。真斗は少しずつながら理解しているようだ。英語は文系も理系も使う教科なので、しっかり勉強をしなければならない。もちろん、短期記憶じゃなくて、受験で使えるように。


 そして、数学と化学の勉強も終えた。両者とも、俺は好きじゃなくて苦手な教科だったが、一輝の説明のおかげでなんとか理解できた。真斗は後半から放心状態だったが。


「少し、休憩しようか」


 一輝のその言葉を幕引きに、真斗が騒ぎ始めた。よほど勉強から解放されたのが嬉しかったのだろう。しかしあまりにもうるさかったので、俺が止めようとしたが……。


「すみません、私たち勉強しているので、もう少し静かにしてもらえますか?」


「ごめんなさい、キツくいっておきま……。大田さん?」


「え? 神里くん?」


 そこにはクラスメイトの大田さんがいた。隣にはぐったりしている莉果がいた。おそらく大田さんから勉強を教わって疲れ果てたと言うところだろうか。


「ごめんね大田さん……。真斗にはキツくいっておくね」


「大丈夫だよ森くん、静かになったから」


「あぁ……、恥ずかしいところ見られた」


 真斗は意気消沈していた。これが恥ずかしいと思うならいつも恥ずかしいことしてるだろと思ったが、言ったら弱り目に祟り目なので口を噤んだ。


 大田さんもやっぱりテストが近いので、莉果と一緒に勉強をしにきたらしい。莉果に頑張って教えたので結構疲れたと嘆いていた。面白いのは、一輝を除いて文系ということだ。まあ、大田さんは理系もそこそこできるだろうが。


「じゃあよかったら五人で一緒に勉強する? そのほうがわからないところも教え合えると思うし」


 この提案にみんな賛成して、五人で一緒に勉強することになった。


 この中のメンツだとまず頭が良いのが、大田さんだ。彼女は学年挨拶をしていたのでおそらく中学校では主席、そして高校で学年トップテンに毎回のように入っていた覚えがある。模試でも英語がトップレベルであった。


 次に一輝だ。中学ではトップレベル。高校でも基本学年トップテンに入っていた。数学が得意で模試も取れていたような気がする。


 そしてその次に俺が入る。俺は国語が少しできるだけで、決して勉強は好きではないし得意ではない。前は半分より少し上くらいだった。今回はもう少し頑張りたい。


 次は莉果だ。平均よりは下で、赤点はギリギリ取らないレベルである。


 最後は真斗で、下から数えた方が早いレベル。この短期間だけでもう教師陣に目をつけられてしまっているレベル。もちろん赤点ばかり取っていた。


 真斗と莉果が質問して、一輝と大田さんが答える。俺はそれをただ聞いていた、というより、全然集中できていなかった。何故なら、大田さんの髪の毛からなんかいい香りがするからだ。香水をつけているのか、それとも柔軟剤の匂いなのか……。といった雑念が頭から離れなくて集中できないのである。


「……ねえ聞いてる?」


「あ、ごめん。どうしたの?」


「今古文でみんなわからないところがあってね、神里くん分かる?」


 大田さんが見せてきたのは古典文法の係り結びについてだった。俺は古文に関しても知識が残っていたので、なんとかなった。


「『ぞ』『なむ』『や』『か』が連体形で『こそ』が已然形だよ。おそらくこれはテストに出ると思うよ」


 流石にテスト問題までは覚えてはないが、範囲ではあるし一問は絶対に出ていたと思う。


「怜遠は国語出来るから羨ましいな」


「俺からしたら数学できるお前が羨ましい」


「うるせ〜! オレが何もできないからって馬鹿にしてるのか?」 


 ものすごい剣幕で怒鳴る真斗を俺らが宥める。


「神里くん国語できるのすごいね。私は特別得意じゃないから……」


「大田さんって基本なんでも勉強できなかったっけ?」


「特別できるわけじゃないよ。英語が少し得意なくらい」


 こう言ってるけど彼女は全教科できていた。嘘である。


「てか、なんで怜遠は結菜が勉強できるの知ってるの?」


 確かにまだテストを行っていない今、大田さんが勉強できることを知っているのはおかしいだろう。だから、高一挨拶の話を持ち出して弁明した。


 それから、数時間勉強を続けた。そこそこ頭に入ってきて、理系科目も悪い点数は取らないくらいにまでは仕上がった気がする。真斗が赤点回避できるかどうかが一番気になるところだが。


 勉強中、真斗はちょくちょく莉果にちょっかいをかけていた。俺が大田さんと話すことが多かったので、一輝が真斗と莉果を教える時間が増えていた。最初に二人が会った時は、そこそこいい雰囲気であったのに、真斗の女子好きな性格がバレてから、結構塩対応されているようだ。正直、ドンマイとしか言いようがない。


 真斗が少し息抜きといって、他の施設を見に行こうと、俺らを誘ってきた。


「まあ見たい服あるし別にいいわよ」


「まあ結構集中してできたしいいよ」


 莉果と一輝は賛成した。しかし、大田さんは真斗を一瞥もせずにずっと問題を解いていた。そして、俺も今は動きたい気分ではなかったので、問題集に向き合ってるふりをした。


「なああの二人は来る気なさそうだし三人で行かね?」


 二人は静かに頷いて、真斗は俺らに一言言って店を出て行った。


 静寂に包まれたテーブルに、俺と大田さんは黙々と問題に向き合う。正直、とても居心地が良かった。ふと彼女を見つめると、髪に手をやって、真剣な眼差しをしていた。その姿はとても凛としていて、思わず見惚れてしまう。


「神里くんは、行かなくて良かったの?」


「うん。俺ももう少し勉強したい気分だったし」


 呟き、素直に思ったことを口にする。


「大田さんを一人残すのも、なんかアレだったしね」


「別に私を気遣わなくて良かったのに……。やっぱり神里くんは優しいね」


 彼女はそう口にして、笑みを浮かべていた。優しさを感じるような笑顔だった。


「いやいや、全然俺は優しくないよ」


「私は優しくできる人、魅力的だと思うけどね」


 自然に発しているように感じるその言葉に、深い意味を感じた。俺に対して言ってるのか、それとも普通にそういう人のことを表現しているのかは分からないが、どちらにせよ悪い意味ではない。


「そういえば、今更だけど学校には慣れた?」


「まあもう一ヵ月だしね。結構慣れたよ」


 実際は慣れるというより懐かしいという気持ちの方が強いものの、それを言ったら不思議に思われるので、心に留めた。


「私は中学からこの学校だし、なんかあったら相談してね」


「ありがとう。助かるよ」 


 とりあえず自然な振る舞いを心がけて、返答しておいた。


 しばらくして、頭の中に何かが浮かんできた。


『大丈夫? 何かあったら相談してね?』  


 それは、昔、彼女が俺に言った言葉だった。


 

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