#11 スポーツテスト 後編

 窓の外から差し込む光によって、俺は目を覚ました。ずいぶん長く眠った感覚があり、体全体が心地よく痺れている。今日はシャトルランがある。限界まで走り続けないといけないので、少し憂鬱ではあるものの、自分の体力がどのくらいあるのか確かめるいい機会であった。朝ごはんを食べて、学校に向かった。



 学校に着くと、すぐに着替え終えて、シャトルランの時間になった。


 中学生は午後登校なので、高校一年から順番に行うことになる。


 計測を行う体育館では、髪型が崩れるという理由もあって憂鬱そうにしている女子達と、女子に良いところを見せようと張り切っている男子達の声が混ざり合って混沌としていた。


「ボクはサッカー部の意地で百二十五回目指すよ!」


「俺あんま体力ないから六十回行ければいいわ」


 鈴木と同じクラスの石井達哉イシイタツヤが意気込みを言い合っていた。それ

を見て俺も目標を決めようとした時に、真斗がこちらを見てニヤニヤしてきた。


「なあ怜遠、一緒に走ろうぜ」


「それ途中で裏切るやつだろ。断る」


 俺が断ると、真斗は聞こえよがしに舌打ちをして、一輝に俺と同じ質問をに行った。しかし、一輝は首を縦に振ってしまっていた。


「一輝、気をつけろよ、絶対裏切るよ真斗」


「裏切らねーよ」


 そうやって口では言ってるものの、体力の差で一緒に終えることはほぼないと言っ

ても良いだろう。


 煽ってくる真斗を見ていて、いつのまにか、不思議なことに真斗に負けたくないという気持ちが強まってきているのが感じられた。自分でもこんなことに本気になってるのが恥ずかしい。


「真斗、勝負しようぜ」


「お、乗ってきたな、じゃあ負けた方はクラスの子を誘ってデートな」


「わかった」


 いつもならはぐらかす条件も飲んでしまっていた。意外と俺って単純なのかもしれない。


 俺達があまりにも本気でやり合おうとしているのを見て、女子達がざわついているのに気づいた。


「神里君と田中君勝負するらしいよ」


「どっちが勝つんだろう? 私的には目立ってる田中君が勝ってほしいなー」 


「いや神里君の方がクールで良いじゃん」


「どうでもいいわよ、それより鈴木! 私とペア組まない?」


「いや鈴木君私と組もうよ〜?」


 なんか変なことを言われている気もするが、どうでも良く思えた。


 そこに、大田さんと莉果がこっちに向かってきた。


「二人ともどうしたの? 勝負って聞こえたけど」


「男同士の勝負って感じだけど」


 二人は不思議そうな目で俺らを見てきた。まあ普通に考えて、シャトルランで勝負とか稀有なので仕方ない。


「そういえば、ペア組もうよ野村さん、怜遠も大田さんと組んだら?」


「私は全然いいわよ」


「俺もまあいいけど、いい? 大田さん?」


「私は全然いいよ、むしろ組もうと思ってたし」


 それからこうなった経緯を説明したが、真斗がとんでもないことを言い出した。


「そういえば、勝った方はペアをデートに誘うっていう特権があるんだよね」


「は?」 


 俺は目を丸くした。さっきの約束はほぼ受け流した物だと思っていたのに、ここで再登場してきたからだ。


 しかも『勝った方』『ペアを誘う』という二つの変更点も律儀に用意されていた。

つまり、ここで負けたら大田さんを複雑な気持ちにさせてしまうかもしれないのだ。俺は戸惑いを隠せなかった。


「ということで野村さん。勝ったらオレとデートしてください」


 真斗は真剣な表情をしていた。莉果は小さく頷いた。


 それから俺は、自分の恋路に自分を利用したのかと理解した。憤怒と羞恥心でいっぱいだった。


 そして真斗が俺の耳元で囁いた。


「お前も言えよ、オレは知ってるぞ、お前が大田さんに気があることを」


 そして頓珍漢なことを口にした。確かに大田さんを可愛いと思ったことはあるけど、別に好きというわけではないと思う。


 ただ、ここで俺が引き下がったら、俺と大田さんが変な目で見られると言ったので、やむを得ず、宣言した。


「大田さん、勝ったら俺と遊びに行ってください」


 正直顔から火が出そうだった。これを言うだけですらこの有様なのに、告白をできる人のメンタルは流石だと痛感した。


「真斗も怜遠もかっこいいね、僕もそう言うこと言える自信あればなあ」


 羨ましそうな目で見てくる一輝を見て、俺は辛かった。ほぼ俺は半ば強制で言わされたようなものだから。一輝の反応は一切胡散臭さがなくて、本心を言ってくれるのでありがたいが、今はそれどころでない。


 まずは最初に体力が自信がある人がやるらしく、男子は強制的に一回目の方に入れられた。そして、始まった。音源が鳴り終わるまでに折り返すというルールは至ってシンプルなものだが、だんだんと音源のスピードが加速していくのである。大体の人が、六十回を超えるとキツくなってくる感じだろう。


 と考えていると、音源が鳴り始めた。


「怜遠、俺について来れるかな?」


「短距離走じゃないからついて来れるもクソもないだろ」


 俺は突っ込みながらも足を動かす。実際、まだ十回くらいだったので、全然大変ではなかった。それから真斗も俺も黙々と足を動かす。気がつくと四十回を経過していた。ここらへんになってくると体力がない子達は着々と離脱していった。しかし、かろうじて男子はまだ全員残っていた。


「どうだ怜遠? 調子は?」


「全然余裕だが」


 真斗の煽りを軽く受け流して、自分のペースを保っていく。そうしているうちに五十回、六十回を超えて、男子も五人、女子は二人しか残っていなかった。七十回を超えると、頑張っていた一輝が脱落して、俺と真斗と鈴木の三人だけになった。


 ここからが長かった。とりあえず真斗に負けないように俺は走り続けた。八十を超えるともう体力的にはそこそこキツくなっていたので、真斗を気にする余裕がなかった。


 そして気に触るのが、女子たちによる鈴木に対しての声援だ。彼はサッカー部の爽やかイケメン。女子からモテるのは当然のことではあるものの、普通に気が散るからやめて欲しいと思った。


 真斗も一部の女子から応援されていた。羨ましいとは思いながらも、俺は心を無にした。しばらくすると、俺も応援されていることがわかって、嬉しくなった。


「怜遠・・・・・・。どうだ・・・・・・」


 真斗もどうやら疲れてきているようで、声が震えている。俺は相槌だけした。


 そしてふと大田さんの方を見ると、俺の方を見ていた。そして小さな声で俺に向かって、


「頑張って」


 と言ってきた。これによって俺のやる気はマックスになった。


 結局三人とも百二十五回いくことができた。拍手と歓声が沸いたがほとんど鈴木に対するものだろう。俺はあまり目立ちたいと思っているわけではないからいいものの、真斗は不満そうにしていた。ただ、真斗の方に莉果が来て。


「田中、かっこよかったわ。怜遠もね」


 なんか俺が後付けみたいな扱いを受けているけど、気にしないでおこう。


「神里くん、かっこよかったよ!」


「ありがとう、大田さんの応援のおかげもあって頑張れたよ」


「私の応援にそんな価値ないよ、神里くんの努力だよ」


 俺的にはデートに誘った時点で恥ずかしかったが、もうみんな覚えてないだろう。


 結局同率だったので、罰ゲームは無しになった。


 それから教室に戻って、点数の採点時間に入った。教室はクーラーが効いていて涼しかった。もしクーラーがなかったらと考えるとゾッとする。もちろん共学なので、暑くて服を脱ぐ奴はいないと思うが、クーラーがなかったら本当に脱いでしまいそうなくらい体が暑かった。


「なあ怜遠結局何点だったんだよ?」


「それ言わなきゃダメか?」


「オレも言うからさ?」


 正直点数自体は全然悪くはない。ただ、帰宅部がこの点数を取ってることがバレてしまうのは、面倒なことになると思ったので、言いたくなかったのだ。


「俺はいいから他の人と見せあってくれ」


「いいだろ、どうせ高いんだから」


 そういって真斗は俺の記録用紙を取り上げた。そして一瞥してこっちを見てきた。


「お前、普通に高・・・・・・」


 俺はすぐに真斗を黙らせた。真斗は訝しげにこちらを見ている。


「ねえねえ二人とも、どうだった?」


「ああ一輝、俺はそこそこよかったよ」


「なあ一輝、こいつを信じるな、オレと同じくらい高いぞ」


「何言ってるんだ真斗、帰宅部の俺がそんな高いわけないだろ」


 俺は真斗を疎ましく思っていたが、一輝も真斗に対して嘘はよくないと言ったので、助かった。因みに一輝はCだったようだ。


「私Cだったー」


「私はギリギリB乗ったわ」


 大田さんと莉果が話しているのが聞こえてくる。まあ莉果は運動神経いいので、Bを超えていても一切驚きはしなかった。


 そしてしばらくして、体育の教師が評価を聞いてきて、AとBの評価の人は挙手させようとしていた。俺はもちろんBで上げるつもりだ。一点低かったらBであるから大丈夫だろう。A評価で手を挙げたのは、真斗と才走っている鈴木のみだった。そしてBで俺は手を挙げた。他には莉果とバスケ部の女子が一人あげていたのみだった。


「先生こいつAですよ」


「何言ってるんだよ真斗。違うから」


 俺は目立ちたくないし、帰宅部だからAってバレたら面倒いんだってという言い分

も伝わらないまま、物事は進んでいく。


「帰宅部がAってことはないですよ」


「別に関係なくない?」


 鈴木にツッコミを入れられてしまった。そのまま鈴木が俺の記録用紙を見る。


「彼はAだったよ」


 その言葉と同時にざわめきが現れる。


 しかし俺の思っていたことはなく、むしろ褒められた。


 とりあえず一件落着と思うことにした。


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