#10 スポーツテスト 前編

 テストまで後二週間と言うところで、俺はあることを考えていた。


 今回、人生に失敗しないように勉強はすると決めたものの、それをどのようにすればいいのか。例えば、テスト勉強を頑張るより、受験勉強を優先させるという戦略もある。もし行きたい学校があるのなら、テスト勉強に重きを置いて、推薦で行くのもありだろう。ふと思い立って推薦一覧表を見てみたところ、そこそこレベルの学校が見受けられた。これは一応学校のテストも取っておいて、逃げ道を残しておいた方がいいかもしれない。


 俺はテストまでの勉強スケジュールを立てた。教科数は中間考査なのであまり多くなく、そこそこ頑張ればいけると思う。ただし、数学という厄介なものがあるのが問題だ。


 昔から文系科目、特に国語に関しては本をよく読んでいたおかげでそこそこできていたものの、理系科目、特に数学は点でダメだった。

文系では一輝に勝てるのに、総合で負けるのもこの教科のせいである。下手したら理系に関しては、真斗も馬鹿にできないレベルかもしれない。唯一高校受験で合格者平均点を下回った教科であった。


 そして俺は今日は英単語だけやって眠りについた。




 鳴り響く目覚ましの音と、差し込む光によって俺は目覚めた。トイレに行って、顔を洗い、朝食をとる。家族といろいろ話しながらテレビを見た。もちろん知っている内容をやっているだけだが。いわゆる再放送を見ているような感覚だ。


 駅のホームに着くと、真斗と一輝は既に来ていた。単語帳を見ている一輝に真斗が一生懸命話しかけていた。その状況を見て、俺は少し笑ってしまった。


「真斗、ダル絡みはやめとけー」


「ダル絡みじゃねーし」


 そう真斗は言ってるものの、側から見れば邪魔しているようにしか見えない。


「怜遠おはよう、勉強どう?」


「いやまだまだ、スケジュールしか立ててない」


「立ててるだけ偉いと思うけどね」


 そう言って一輝は真斗の方をみる。真斗はぐうの音も出なそうだった。


「まだ二週間あるしなんとかなるだろ。目指せ赤点回避!」


 実際赤点を回避するだけだったら、前日に詰め込むだけで文系科目ならなんとかな

ると思う。数学は絶対不可能だけど。とか言って真斗は普通に赤点取りそうな気がするが。


「てか今日体力テストだよね、嫌だなあ」


 一輝は憂鬱そうな顔をしながら嘆く。一輝はそこまで運動が得意ではないので、そう思うのも無理はないかもしれない。


 今日は体力テストの日だった。正直にいうと、筋トレ始めてこんなすぐにあるのは嫌だった。まだ始めてそんな経ってないので、成果は出ないと思ったからだ。


「目指せ評価A!」


 対照的に真斗は余裕そうである。それもそのはずだ。中学校の頃から運動神経良くて有名だった。平気で評価Aを超えるだろう。


 俺はまあ、B行けばいいかなって感じだ。平均よりは運動できるとは思うけど、飛び抜けているわけではない。微妙なラインである。結局、記憶は引き継げても、運動神経とかは引き継げなかったかから仕方ない。むしろ引き継いでいたら、運動能力落ちていた可能性もあるので、なんとも言えないが。


 学校に着くと、黒板に『更衣室で着替えて教室待機』と書かれていた。教室内を見渡せば、早くきている人が着替えてる人と、それ以外はまだ学校に来ていないか、更衣室に行っているかのどちらかだろう。

 そして俺らは、更衣室に行って、着替えて教室で話していた。


「五十メートル七秒きるぜー」


「僕は八秒切ればいいかなあ」


 確か最後に測った高三の頃、六秒前半だった気がする。運動神経が高一の時のままなら、七秒は切れる気がする。

部活を一切やらずにこの数字を出せたってことだから。


「俺は七秒切るわ」


「じゃあ俺と勝負しよ、負けた方はこのクラスの女子の誰かをデートに誘う!」


「なんでだよ。一緒に走るのはいいけど勝負はなしにして」


 そう言うと真斗は舌打ちをして、貧乏ゆすりをしていた。こう言うことには頭回るのになぜ勉強面に活かせないのか・・・・・・・。


 ホームルームの時間が近づいて、だんだんとクラスの人たちが登校してきた。


「おはよう、神里くん、田中くん、森くん」


 そして大田さんもきたようだ。清楚なところが朝の雰囲気とマッチしている。


「おはよう、今日の体力テスト面倒だね」


「うん、でも手を抜きたくないから全力でやるよ」


 流石大田さんと言ったところか。しっかり真面目なところもいい。


「神里くんは私と違って運動できるからまだいいでしょ。私はあんまり得意じゃないし・・・・・・」


 大田さんってそんなに運動音痴だったイメージないんだが・・・・・・。


「いやいや俺もそこまで得意じゃないよ。俺より真斗の方が全然運動できるよ。な真斗?」


 俺が真斗に話題を振ると、真斗は食いついてきた、そして首を盾に振る。


「ああ。やっぱり大田さんも運動できるやつが好きな感じ? じゃあオレと今度体育館でも行って一緒に運動でも・・・・・・」


「ごめんね、多分楽しめないと思うよ、私が足手纏いにしかならないと思うし」


 真斗の提案を苦笑いしながら、オブラートに包んで断る大田さん。この返し方じゃ真斗は諦めないぞと思い俺は天井を見た。その後大田さんが着替えに更衣室に向かった後、莉果が来た。


「よ、莉果」


 しかし返答はなかった。無視されてるんだとしたら少しかなしい。


「莉果? 聞こえてるか?」


「イヤホンしてるの見えない?」


 俺が挨拶しただけなのに、逆ギレされてしまった。ギャルってよくわからん。そう言われてため息をつく俺に一輝が慰めを入れる。やっぱり一輝が俺の一番の親友なのかもしれない。


「お、おはよ」


 小さい声ながら莉果は俺に挨拶を返してくれた。嫌われているわけではないようだ。


「おはよう、野村さん」


「野村さんは体力テスト自信あるのか? もしスポーツ好きならオレと一緒に・・・・・・」


「一回真斗は黙ろうか」


 俺は優しく真斗に釘を刺した。果たして彼からしたら優しく思えたかは、わからない。どうせ真斗は莉果に無視されるだろう。


「私は普通ぐらいよ、田中は運動できるの?」


 しかし俺の予想をとは裏腹に、真斗の質問に莉果は答えていく。莉果は確かにそこそこ運動できた気がする。


 その後ホームルームが始まって、着替えてない人は全員着替えに行った。そして数分後、全員が着替え終えて集合した時、回る順番が発表された。

そして男子と女子で分かれて、二人組を作れと言われた。


 俺は誰と回ったかなんて覚えてなかった。なので真斗と一輝で組ませようと思った。ぼっちになるのは俺でいい。


「一輝と真斗一緒にやったら?」


「え? そしたら怜遠が••••••」


「そのほうがいい。真斗を上手く扱えるのは俺より一輝だし」


 俺がそう伝えると、一輝は黙ったまま頷いた。真斗はずっと不服そうな顔をしていたが、気にしないでおこう。


 ま俺は中学の時や、職場のせいでボッチ耐性あるから大丈夫だろ••••••。


「ねえ、よかったらボクと組まない? 神里クン?」


 そこで俺に話しかけてきたのは、確かこのクラスで一番人気のあった、鈴木直人スズキナオトと言う生徒だ。確か前回はサッカー部のエースだった気がする。爽やかなイケメンである。


「いいけど、何で俺?」


「一番話しやすそうな感じがしたからかな」


 そう言って鈴木は優しそうな笑みを浮かべた。男子にも優しいところは高評価だな。


「おけ、じゃあ組もうか」


 ただ、俺と彼じゃ運動神経に差がありすぎる気もするけど、まあいいや。


 黒板に貼られている紙を確認して、自分の回る順番を確認する。


 まずは体育館の中で行う、反復横跳び、状態起こし、立ち幅跳びで、そのあと五十メートル走とハンドボール投げを行って、最後に握力と長座体前屈で終わりらしい。シャトルランは明日行うとのこと。


 シャトルランが同じ日じゃないだけマシだと思うことにした。


 早速体育館に向かい、反復横跳びを行う。この競技は俺からしたら得意分野だ。昔から俺は陸上系のものは何でも出来たからである。


 先に鈴木にやってもらって、一応コツを見てみようとした。流石サッカー部ということもあり、動きは機敏であった。タイマーが鳴って、その時までの回数を数えると五十六回であった。五十六回行けば普通にすごい方だと思う。


 二回測れるので、鈴木がもう一回測っていると、後ろで莉果がやっているのが見えた。彼女の動きもそこそこ機敏で、帰宅部のようには思えなかった。ただ、鈴木の回数を数えないといけないので、見るのをやめて、数えることに集中した。結局、回数はさっきより落ちていて、一回目の回数になった。


 そして俺の番がやってきた。確か前回は六十回超えていたので、今回も超えたい。


 確かコツは、『足だけを動かす』『ステップの幅を一定』『上に跳ばない』だった気がする。ふと後ろを見ると、大田さんが準備をしていた。そして俺と目が合った。すぐにお互いに目を逸らしたが、俺は逆にやる気が漲ってきた。可愛い子にかっこいいところを見せたいと思う男ならではの感情である。


 スタートの合図があって、俺はひたすら足を動かした。横に跳ぶように、ステップの幅を一定に••••••。集中してやったからか、この時間が刹那のように感じた。


「神里クンすごいね、六十回だったよ」


「本当? そこそこ行けてよかった」


「六十回って確か満点だよ」

 自分的にも納得できる点数を叩き出せたし、大田さんにもいいところを見せられたと思って、そっと胸を撫で下ろした。


 そしたら、『結菜四十回だよ、私が五回勝ってる』という莉果の声が聞こえてきた。やはり莉果は予想通り回数多いな。大田さんが丁度女子の平均当たりと言ったところか。


 そのまま状態起こしや立ち幅跳びもそつなくこなしていった。二つとも八点を超えていた。長座体前屈で点数が伸びないので、それ以外で稼ぐしかないのである。


 その後、外競技を計測するので外に出たら、声をかけられた。


「ねえ、もしかして私のストーカーしてる?」


 そこにはなぜか怒っている莉果がいた。俺はなんか怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。


「するわけないだろ、てかする理由ないし」


「さっきからジロジロ見てきてるし、私たちについてきてるじゃない」


 丁度鈴木がトイレに行ってしまってるので、弁明するのが面倒になっている。早く戻ってと願いながら一人で弁明する。


「このクラスの周り順がそうなってるから仕方ないだろ、それに俺は別にお前のことを見てたわけじゃないぞ」


 実際莉果はたまたま見た時に丁度いただけで、自分の意思で見たわけじゃないから正しいだろう。


「もしかして結菜のこと見てたの? 結菜のストーカー?」


「なんでだよ」


 見てただけでストーカー扱いは意味不明すぎるだろ、と俺は空を仰いだ。



「お前前はこんなツンツンしてなかっただろ、昔の素直な莉果可愛かったのになー」


 俺はふと本音が溢れた瞬間気づいた。自分がとてつもなく恥ずかしいことを言っていると。


「はぁ?! 怜遠のばかぁ」


 と俺のことを馬鹿扱いして逃げていった。何がしたかったんだあいつは。


「あーあ怒らせちゃったね」


 そこにトイレに行っていた鈴木が出てきた。こっちを見て笑っている。


「もしかしてずっと見てたのか?」


「ストーカー扱いされてたあたりから」


「ほぼ最初からかよ」


 経緯を説明したら、納得してくれた。俺にも味方がいたらしい。そのままグラウンドに向かおうとすると、また誰かに話しかけられた。


「あ、神里君に鈴木君、莉果を見なかった?」


 そこには莉果の話曰くストーカーの被害者にされた、大田さんがいた。先ほどは前側しか見えなかったけど、今見ると、後ろに髪を束ねて、動きやすそうな感じがする。


「さっきグラウンドの方へ走っていくの見たよ」


「ボクも見たよ」


「ありがと。また後で」


 そして大田さんは走っていった。


 俺たちもその後五十メートルとハンドボール投げを計測した。五十メートルは目標の七秒切りに成功して、六秒六だった。ハンドボール投げは、二十八メートルというそこそこ程度だった。ソフトボール投げならもっと飛ぶのにと思いながらも、どうしようもないので言うのをやめた。


 そして最後の二つの項目をやりに向かう途中で、真斗と一輝に出会った。


「おー、怜遠」


「調子はどう?」


 真斗は調子良いらしくて、数字が俺と同じくらいだった。一輝も決して悪い点数ではなかった。鈴木と俺の点数を聞いて驚いていた。俺は鈴木が運動できるのは知っていたので何ともなかったが。


 そして、最後に握力と長座体前屈を測った。握力は、四十三キロ出たが、長座は、三十三センチという恥ずかしい点数を叩き出してしまった。鈴木にも、柔軟だけ点数一気に落ちたねと揶揄われてしまった。鈴木はサッカー部ということもあり、俺より点数高そうだった。 


 そして教室に帰る途中で、横にいた女の子が記録用紙を落とした。俺はそれを拾ってその子に渡した。


「はい、落としたよ?」


「・・・・・・ありがとう、神里君」


 顔を見てみると、伊藤さんだった。そういえば、誰と組んだのだろうか••••••。


「••••••回数見た?」


 少しだけ俺は見てしまった。確かに結構悲惨ではあった気がする。俺は首を縦に振った。


「••••••誰にも言わないでね」


 そう言って彼女は走り去ってしまった。


「神里クンって女子と仲良いんだね」


「いや、特別そんなことないと思うけど、むしろ鈴木君の方がモテてると思うよ」


「ボクは全然モテてないと思うけどなー」


 前世からずっとモテてたのを俺は知ってるんだよ。嘘ついても無駄なのに。


 教室に戻って、みんなの点数見せ合いっこが始まった。勿論俺も回数を見られた。


「は? 怜遠普通に高いやんけ」


「真斗覚えてない? 怜遠普通に運動できたじゃん」


「やっぱりすごいね、神里君」


 みんなから驚異的な目を向けられるが、莉果はずっと不満気な表情をしている。まださっきのことを根に持ってるのか?


「ありがとう、おーい莉果? ごめんって」


「話しかけないで」


 だめだこれ。完全に俺とのコミュニケーションをシャットアウトしている。俺はため息をついた。


「神里くん? 何があったの?」


「実はね••••••」


 俺が話そうとすると、鈴木が俺の代わりに全てを話してしまった。そして鈴木が俺らのやりとりを盗み聞きしていたこともバレた。さらに莉果は不機嫌になった。


「野村さん、大丈夫?」


「野村さん、もしオレでよかったら話聞きますよ?」


「ありがとう、田中。でも大丈夫だから」


 そう言って莉果はそっぽを向いた。ギャルって分からんわ。


「ねえ神里君」


「どうしたの? 大田さん」


「莉果ああやって言ってるけど、多分恥ずかしがってるだけだと思うよ」


「恥ずかしがってないから!」


 莉果の大きな声が教室内に響く。みんながこちらを見てきたので、莉果の顔はみる

みる赤くなっていった。


「莉果、ごめんな。俺何も考えないで言葉発して」


「••••••もういいよ、私も拗ねて悪かったわ」


 とりあえず仲直りできてよかったと安堵した。


 明日はシャトルランがあるので、今日は早く帰って体を休めようと思った。

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