18話 会議の裏側
御前会議の間、筆頭魔導士研究室の中の仮眠室に、アリサは隠れたままだった。念のため男装姿をしている。
「ねえディリティリオ。サマーフ殿下は間に合ったかしら?」
『うん』
「良かった……ギリギリだったもんね……」
バルナバスが王位継承争いの情報を持ってきた、あの日の後。
コラリー・ジョクスが我が物顔で王宮を歩いていたことから、ロイクは早馬を使い必死でクアドラド王太子を呼び寄せた。馬車で片道十四日かかる道のりを、自ら馬を駆って来てくれた、と迎えに出たバルナバスが教えてくれた。
「人のことより、自分のことですよ。アル様」
軽食をトレーに乗せて持ってきてくれたニコに、アリサは眉尻を下げる。
「ニコもね? 本当に無事で良かった」
「ディリティリオのお陰です。ダミーっていうんでしたっけ? 影人形の魔法。あれを吸い込んで魔力補充するだなんて。考えたなぁ」
『イヒヒ〜。ニコこそ、よくサロンに誘い出すって分かったよネ』
「アル様の部下も三年目なんでね」
アリサは仮眠室のベッドに腰かけ、足をぶらぶらさせている。
その場にいられない、もどかしさ。ここで待っているしかできず、落ち着かない。
サイドチェストに乗せられたサンドイッチや紅茶に、手を伸ばす気にもなれない。
「あーあ。どうなったかな~。大丈夫かな~」
アリサの不安げな声を聞いたニコが、無遠慮にベッドの隣に腰かける。
それから、優しくアリサの背を撫でた。こういうところを見ると、やはりニコはだいぶ年上なのだなと実感する。
「大丈夫ですよ、アル様」
「うん……ロイク様が心配なだけ」
「お優しいですね」
「普通よ?」
ニコは、そんなことないですよと苦笑する。
「貴族らしくないですよね、アル様は」
「そうかしら……でもそれなら良かったわ。ニコは、貴族が大嫌いだものね」
「っ、ご存じでしたか」
「うん。過去に何があったのかは、聞かないわ。無理してトリベールに
「……俺は、アル様といたいのです」
「ならニコ。わたくしのために命を使うことは、もうしないで。ポーラも悲しむわ」
ポーラは危険のないようにと、オーブリーの実家であるブオノ子爵家に預けられている。
「っ、わかりました」
「ふふ。ロイク様との約束破っちゃったわたくしが、言えることじゃないけどね……」
「アル様……」
◇
――ヨロズ商会に置いた、アリサの闇魔法で作られた『ダミー』は、五の鐘の後でサロンへ向かうように仕込んでいた。
バニラ使用者を把握し、常用させるため顧客として囲い込む。そのために仕込まれた方位占いの魔法陣によって、使用者の居所が明らかになると、追跡してより良いモノを手渡し、常用するようになると高値で売る。
前世の知識からも、恐らくそんなところだろうと予想を立てていたアリサは、必ず影人形のことも追跡してくる自信があった。
はたして影人形がサロンに着くと、追跡していた手下たちは動揺し、すぐに中に居たダミアンを呼び出した。
狙い通りに、待ち構えていた魔導士団と警備隊が捕縛に動く。
「オレは! ジョクス伯爵家の者だぞ! すぐに侯爵家当主になる予定なんだ!」
唾液を撒き散らしながら暴れるダミアンに、ホルガーは水魔法をお見舞いした。それから、寒空の下でガタガタ震え出す伯爵令息に向かって、冷たく言い捨てる。
「知らん。商会襲撃と、売上金強奪の疑いで連行する」
「オレじゃない!」
「ほーう? オレじゃないってことは、誰がやったかは知ってんだな?」
「くそ!」
ぎゃあぎゃあ喚くダミアンの手首を縛り上げていると、どこからかナイフが飛んできた。
「っぱ、消すよなあっ!」
路地裏に待機していたニコが飛び出て、手に持っていた木の棒ですかさず叩き落とした。その後も次々放たれる武器の数々を、警備隊と共にダミアンを庇いつつ、全ていなすことに成功。
と思ったところに、強力な
『わあ〜魔術だ〜』
分身としてニコの後頭部に張り付いていたディリティリオが、影人形を吸い込むことで魔力を補充し、それらを防ぐ闇魔法を展開して事なきを得た。
「な、な……」
「ふい〜。なあアンタ。もう檻の中の方が安全だぜ? 多分」
「!!」
ニコの言葉で、ダミアンは大人しく収監されたのだった。
◇
アリサが宰相執務室に呼ばれる前。ロイクは、自身の伯父であるヴァラン侯爵モーリスが、名を呼ばなかったことにずっと引っかかっていた。
でっぷりとした腹に、ガマガエルのような顔。まったく笑っていない目に、ひっきりなしに吐き出す葉巻の煙。
「あれは、本当に伯父だったか?」
何年かぶりに会ったというロイクは、自信がなかった。
身体的特徴は、合っている。だが、あそこまで醜悪だったか? と。
アリサはアリサで、いかに身分が高かろうと、あんな男が女遊びできるだろうか? と疑問に思っていた。娼婦でも裸足で逃げ出すような、貴族とは思えない下品な仕草や言葉。気軽にアリサの背中を叩くこともそうだ。曲がりなりにも、王族の血筋である公爵家育ちで侯爵。他の貴族が連れている従僕に触れることは、決してない身分である。たとえ落ちぶれていようとも、端々に
「ロイク様。誰かが化けている、ということもあるのでは」
「! アル……まさか」
「あの葉巻が、なんらかの術だとしたら」
「ありえるぞ。あのものぐさジジイが陰謀に関わるとは思えん。だが、ヴァラン侯爵の後ろ盾があるとなれば、ダミアンのような小物が
「となるとまずいですね……調査の手が及んだと気づかれれば、十中八九逃げます」
「変装できるとなると、国境警備に確保依頼することもできんぞ!」
そこでアリサは、ひらめく。
魔術師バジャルドは、王太子が聖女を
「……とりあえずロイク様は、御前会議に集中を。まずはそこを成功させなければ、わたしたちの身動きが取れません。必ずや情報はお渡ししますから」
「アル……頼むから、命だけは懸けるなよ。無事に戻れ」
「あは。たかが庶民にもったいなきお言葉」
「お前は俺にとって、ただの庶民ではない。幼なじみを救ってくれた恩人であり、共に陰謀に立ち向かう仲間であり……大切な友人だ」
『ああ見えて、胸の内は熱い男だ』とホルガー様が言っていたな、とアリサの頬は思わずほころぶ。
「ありがとうございます」
「全てが終わったら、酒でも飲もう。約束だぞ?」
「わかりました」
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