うた

うた

 歌が聞こえる。

 夕暮れ時。

 世界がオレンジ色と闇に染まるときに。

 歌がどこからともなく聞こえてくる。



 どんな歌か。


 恐らくは子守唄。

 子供を寝かしつけるための、そんなゆったりとした歌。

 少し間延びした、そんな歌だ。



 どこから聞こえて来るのか。


 わからない。

 しいて言えば闇の中からだ。

 日が落ち、明かりなしでは何も見えない広がり続ける闇の中から、どこからともなく聞こえてくる。

 誰もいない空き家から、誰もいない通りから、誰もが去った公園からも。

 歌は聞こえてくるのだ。



 どんな歌詞か。

 

 それも良く聞き取れない。

 子守唄のようだと、そんな歌なのだけれども、その内容を聞き取ることはできない。

 それほどはっきり聞こえてくるわけではない。

 風に乗り、どこからともなく、聞こえてくるからだ。

 どんな歌詞なのか、その歌にどんな思いが込められているのか、誰も知らない。



 誰が歌っているのか。


 とりあえず女性であることは歌を聞けばわかる。

 声からして少女でもない。

 若い母親、その声を聴けばそれがなぜか一番最初に思い浮かぶ。

 なら、やはり歌っている歌は子守唄で、赤ん坊を寝かしつけているのか。

 けど、赤子の泣き声は聞こえてこない。

 緩やかな、少し悲しい歌声だけが、どこかで誰かが歌っているのだ。



 その歌を聞いたって何か悪いことが起こる訳ではない。

 もちろん良い事も起こらないが。

 ただ、夕暮れ時に歌は聞こえてくるのだ。

 どこかものわびしい、哀愁漂う歌が。

 どこからともなく、聞こえてくるのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る