まよなかのこえ

まよなかのこえ

 真夜中に声がする。

 平日も週末も。時間も一定ではないが声がする。

 だいたい深夜の一時から三時の間に、外から声がする。


 女性か、子供のような、少し高い声が外から聞こえる。


 男が住んでいる部屋は裏路地に面している。

 そっちのほうから声がしてくる。

 ただ二階なのでそこそこ距離がある。

 声はして、たしかに聞こえるのだが、その声が何を言っているかまでは聞き取れない。

 そんな声が、ほぼ毎日聞こえてくる。


 週末なら遊びまわっている大学生なのかもしれないが、平日だろうがなかろうが、深夜に声が聞こえてくるのだ。

 会話している、何かを話している。

 ただ淡々と、笑うでもなく、怒るでもなく、ただ淡々と長々と、会話をしている声が聞こえてくる。


 それほど大きな声ではないが、男はどうしても気になって、その声がしだすとどうも寝付けない。

 いつしかイライラは募り、どんな奴が夜中に話しているのか、気になって来た。


 そこで週末、男は雨戸を少しだけ開き、声のする裏路地のほうを覗けるようにしておいた。

 もちろん部屋の電気はすべて消し、部屋の中から覗いていることをばれないようにしてだ。

 毎晩ではないが、夜中に長々と話をし続ける非常識な連中だ。

 自分が直接注意するのは逆恨みでもされたら困るからだ。

 とりあえず誰だか確認して、後は警察にでも、男はそう考えていた。

 それで警察が動いてくれるかどうか、男にはわからないが溜飲が少しでも下がるならと、そう思っての行動だった。


 そうなってくると逆にその話声が今度は待ち遠しい。

 部屋を暗くし、ほんの少しだけ開いた雨戸から裏路地を見続ける。

 まるで童心にかえったかのように男はわくわくしていた。


 しばらく待つ。

 時刻にして深夜の一時半くらいだろうか。

 話し声が聞こえてくる。

 雨戸や窓をあけているせいか、声が普段よりはっきり聞こえる。


 女の声だ。

 まだ若い女の声だった。


 やはり誰かと話してる。

 けど違和感がある。

 少しの間、その会話を聞き続けて男は違和感に気づく。


 会話しているようだが、それは会話ではない。

 

 返事が何一つない。

 ただただ一人が何かを、まるで会話しているかのようにしゃべり続けているのだ。


 男はその時点でゾッとしたものを感じた。

 けれど、雨戸の隙間から目を離せなかった。


 声が聞こえ始めてしばらくすると、それはゆっくりと現れた。

 雨戸の隙間からでも、しっかりと見えるように裏路地をゆっくりと歩いて現れた。


 それは女だった。

 ふらふらとしてぼんやりとした女だった。


 だが、おかしい。

 まるで空に浮かぶ月のように、ぼんやりと淡く白く、輝いて見えた。


 男は、ああ、あれは人間ではないんだ、と理解できた。

 雨戸の隙間から、チラッと一目見ただけだが、それが人間ではないと理解できてしまった。


 男は息を殺し、冷や汗を流しながら声が聞こえなくなるのを待った。

 完全に、声が聞こえなくなってから、男は雨戸を音が出ないように静かに締め、鍵をかけ、窓を閉めた。

 

 その後、台所でコップ一杯の水を一気に飲む。

 男は何も見なかったことにして寝ることにした。


 今でも毎晩ではないが、深夜に外から、あの裏路地から声が聞こえてくる。

 だが、男は気にしないことにした。

 気にしてはいけないことだと思うことにした。

 もう覗こうとは決して思わない。




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