比嘉島さんは秘密主義

平賀・仲田・香菜

比嘉島さんは秘密主義

 クラスメイト女子の着替えを偶然目にしてしまう。放課後、高校の教室での出来事である。週末前に学校を休んだ僕が、体操着を持ち帰りに寄った際の話だ。

 着替えを目撃するなど、確率が大変に低いことであろうが、決してゼロパーセントではない。日本中全ての男性に聞いてまわれば、ほんの数パーセントは恐らく存在することであろう。

 それではその女子が、本日やってきたばかりの転校生いう要素を付け加えればどうだろう。それでも可能性はごく僅かだか残ると思われる。

 だが僕が対面したこの出来事を経験した人間は、きっと一人もいないことだろう。

 放課後の西陽。キャミソールにクマさんパンツのみを身に付けた彼女が照らされる。振り向く彼女と目が合った。

 比嘉島なるは、額から鬼のような角が生えていた。


 ーーー

 よく見たら角が生えているどころの話ではなかった。

 キャミソールとうなじの境目は皮膚にチャックが付いているし、露わになっている二の腕は何処ぞの民族の伝統か隙間なく刺青が彫ってある。

 尻の辺りからはドラゴンを思わせる巨大な尻尾も生えている。鱗でおおわれた尻尾はヌメヌメと粘液に包まれる。

 慌てたジャージを履いているが、その右足は機械鎧だ。しかも逆関節。

 突っかかって転びそうになると、奇妙な言語を口走って空中に浮き始めて事なきを得ている。

 あわやトラブルを潜り抜けた比嘉島は、恐る恐るといった様子で僕の顔色を伺う。

「見た……よね?」

 恥ずかしいのか彼女の頬は赤く、瞳はしっとりと濡れている。僕はゆっくりと頷くが、はっきりいってどれのことを言われているのかが全くもってわからない。

「まいったなあ……変なところを見られちゃった」

「変なところというか。比嘉島さんだっけ、君って……」

「言わないでよ!? 恥ずかしいんだから!」

 顔を両手で隠し、いやいやと首を振る比嘉島さんである。

「わかったよ。とりあえず今日は帰ろう。歩きながら話そう」

 ようやく落ち着いたか、比嘉島さんは小さく首を縦に振る。ぶつぶつと何やら呟くと、彼女の角は引っ込んだ。チャックも尻尾も刺青も消えて、ごく普通の女子高生が立っていた。


 僕の学校に転校してきた女子高生が鬼でドラゴンで少数民族の生残りのうえに機械鎧を身に付けた正体不明の魔法使いだった件について。

 改めて数えてみると属性が多すぎる。こんなヒロインのライトノベルやコミックを書いて編集部に持っていけば怒られることこの上ない。『欲張るな、絞れ』などと説教が始まるに違いない。

 僕と比嘉島さんの間には沈黙が続いていた。恐らくは隠し通そうとしていた秘密があっさりとバレてしまったのだ。大変に気まずいのだろう。僕だって気まずい。

 僕は元来、口が回る方でもないのだが、この空気にも耐えられずどうでもいいことばかりが口から走りはじめた。

「天気がいいね」

「うん」

「前の学校と違いはある?」

「特には」

「カレー好き?」

「普通」

 一時が万事この調子である。そりゃあ鬼なの? ドラゴンなの? どこの民族なの? など聞きたいことは山ほどあるのだが、聞いていいものなのか判断に困る。

 やはりお互いに口数は減っていき、校門をでたその瞬間の出来事である。

 ボールを追いかけた少年がトラックにいまや轢かれんとしているタイミングに僕たちは直面した。

『ダメだ、間に合わない』

 僕が胸中で言い訳をしている時間に平行するように、比嘉島さんは駆け出した。少年の前に仁王立ちである。両手を前に構え、トラック相手にがっぷり四つ。

 まさかと思ったその時にはことが終わっていた。比嘉島さんはトラックを腕二本で止めてしまったのである。

「お姉ちゃん……大丈夫? ごめんなさい……」

「平気よ。お姉ちゃんは強いの。見ての通り……鬼の血を引いているの」

 衝撃で魔法が解けたのか、比嘉島さんは角と尻尾が生えてるし刺青がイカついしジャージの隙間からは機械鎧が見えている。背中にもチャックが出てきているだろう。

「そういうのって秘密じゃないの?」

「なにが?」

 不思議そうな顔で僕を見るな。僕がおかしいのか。

 一度魔法が解けてからの比嘉島さんは凄かった。

 サングラスをかけた黒服に襲われて銃を撃たれていたが、自慢の尻尾で跳ね返す。機械鎧には散弾銃が仕込まれていた。背中のチャックから黒い影が飛び出したかと思えば直ぐに戻る。これの正体は最後までわからなかった。しかし、民族伝統かと思っていた二の腕の刺青はおしゃれなのだという。

 目撃者はもちろん多数。鬼もドラゴンも魔法も機械鎧も背中のチャックも秘密ではなかった。

 これは一体どういうことか。逡巡するが答えは出ない。明確な答えはないが、一つ気が付いたことはあった。

 比嘉島さんはとても楽しそうだということである。人と違う見た目をしていることなど、きっと彼女にとってはどうでもいいことなのであろう。

 自身と自愛に満ちた彼女はかくも美しい。

 比嘉島さんのようになれればとも考えたところ、合点のいかない疑問が残っていた。

「鬼の角でもドラゴンの尻尾でも刺青でも機械鎧でも魔法でも背中のチャックでもない。比嘉島さんが見られて恥ずかしがっていたのって……」

「パンツに決まってんじゃん! この歳でクマさんは子どもっぽくて恥ずかしいよ!?」

 比嘉島さんは美しく格好がいいが、年相応の少女であった。可愛いなちくしょう。

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