秘密屋

不労つぴ

秘密屋


「坊っちゃん。どうです、寄っていきませんか?」


 学校からの帰り道、誰もいない寂れた商店街を歩いていると、不意に声をかけられた。


 声がした方を見ると、暗い路地裏に青いクロスの敷かれたテーブルが置かれてあり、そこに1人の老婆らしき人物がキャンプ用の折りたたみ椅子に座っていた。

 老婆は深くローブのようなものを被っており、顔は見えなかった。


 テーブルの上にはタロットカードと大きめで六角形のダイストレイが置かれていた。


「坊っちゃんは今、何か気になっている事――知りたいがあるのでしょう? 私なら坊っちゃんの力になれますよ。どうです、寄っていきませんか?」


 老婆はこちらに向かって手招きをしている。


 普段であれば、このような如何にも怪しい人物の誘いには乗らなかったのだが、老婆の言う通り今の自分には、どうしても知りたいことがあった。


 なので、老婆の誘いにまんまと乗ってしまい、手招きしている老婆の方に吸い寄せられるように向かってしまう。


 気づくとテーブルを挟んで老婆の真正面に立っていた。


「さぁ、おかけになってくださいな」


 そう言って、老婆は自身の座っているものと、同じ折りたたみ椅子を渡す。

 それを組み立て、自分も同じカーキ色の折りたたみ椅子に座る。


「言い忘れておりましたが、お代は結構です。ただし、坊っちゃんにはお代の代わりに、を知ってもらいますので何卒ご了承ください」


 秘密を知るとはどういうことなのか――それが分からなかったが、そもそも、この胡散臭い老婆が自身の知りたいことを教えてくれる保証などどこにもないのだ。


 むしろこの老婆が自称霊能師だったりインチキの可能性のほうが余程高い。

 それなら、代金を取らないだけマシだと思い、老婆に了承の意を伝えるため、首を縦に振った。


「それでは坊っちゃん、目を閉じてください。そして、坊っちゃんが知りたい秘密を頭の中で強く念じるのです。さすれば、坊っちゃんの知りたい秘密を必ずや知ることが出来ますよ」


 老婆の言葉に従い、目を閉じ、自身の知りたい秘密を頭の中に浮かべる。








 俺には幼馴染の真礼という女の子がいる。

 幼稚園から高校まで全て同じで、家も隣だった。


 なので、今でも登下校の際は一緒で、くだらない会話をしながら二人で自転車を押しながら歩くのが日課だった。


 俺にはその時間がとても心地よかった。


 今日も一緒に帰るのかなと思っていたのだが、いつも放課後になるとすぐ俺のクラスに来る真礼だったが、その日は来なかった。

 もう帰ったのかななんて思い、真礼のクラスに行くと、真礼は同じクラスの女子数人と楽しそうに喋っていた。


 邪魔しちゃ悪いな、なんてその時の俺は考え、真礼のクラスを後にしようとしたのだが、ある言葉が聞こえて俺は足を止めた。


「ねぇ~真礼って好きな人いるの?」


 俺の存在をバレないようにしながら真礼の様子を覗く。

 すると真礼は頬を赤らめながら「うん」と俯きがちに言った。


 心臓の鼓動がドクンドクンと激しくなり、血流が激しくなっていく感覚を覚える。


「え~誰なの誰なの教えてよ!」


 女子生徒が真礼に興味津々で詰め寄る。

 真礼が困ったような顔をしながら、言葉を紡ごうとしたとき――。


 真礼の声が聞こえる前に、無意識的に俺は走り出し、その場を後にしていた。

 自分でも意味が分からず、呆けた顔になっているのが分かる。

 しかし、自分の意志に反して体は走るのをやめなかった。


 俺が走るのを止める頃には下駄箱についており、真礼のいる教室に再び戻るような勇気は俺にはなかった。


 何故、あのようなことをしたのだろうと自転車を押しながら何度も考える。

 時間が経つにつれ、段々と冷静になっていき、自分の心情や行動を分析できるまでに落ち着いた。


 おそらく、俺は真礼の想い人が俺じゃないことが怖かったのだ。


 真礼が好きな男は自分だと革新できるほど、俺は自惚れていない。

 真礼は可愛いし、男子からも結構モテる。

 だから、俺以外である可能性のほうが高いと思う。


 しかし、時間が経って頭が冷えていくにつれ、残ったのは後悔だった。

 あのとき、逃げずにちゃんと向き合うべきだったのだろう。


 明日からどんな顔をして、真礼と喋ればいいのか分からない。

 俺は考えていることが顔に出るタイプなので、きっとすぐに異変に気づかれてしまうだろう。


 だからこそ、俺は逃げずにちゃんと真実を受け止めるべきだったのだ。







「では坊っちゃん、始めますよ」


 老婆の声で思考の海から帰還する。

 どうやら深く考え込んでしまったようだ。


 老婆のひんやりとした指が額に触れる。


 額から感じる老婆の指の感触はえらくしわくちゃだった。


 すると、老婆の指先から俺の脳内に膨大な情報の濁流が流れ込んできた。


「私の好きな人はね、大輔くん!」


「大輔くんはね、目つきは悪いし、口もあんまり良くないけどね。でも、私が困ってたら文句は言うけど、なんだかんだ言っていつも助けてくれるんだ。大輔くんのそういうところが私は好き!」






 はっ、と我に返る。

 体中悪夢を見たときのように汗が吹き出しており、また、まるでマラソンを走った後のように息が苦しかった。


 あたりを見渡すが、先程同様自分は椅子に座り、テーブルを挟んで老婆と対面していた。

 先程聞こえた声は何だったのだろう、あれが俺の知りたかった秘密というやつなのだろうか。


「秘密を知る事はできましたか? 坊っちゃん」


 老婆が俺に向かって尋ねる。

 俺は、先程自分が見た光景は何だったのかと老婆に尋ねる。


「それは、坊っちゃんが望んでいた答えですよ」


 それを聞いたとき、俺は全身が熱くなるのを感じた。

 そして、今すぐ真礼に会いたいという気持ちでいっぱいだった。


「さて、約束通り坊っちゃんには秘密を知ってもらいます。この袋の中から1つサイコロを取り出してください」


 老婆は黒い小さめの袋を取り出し、それを俺の前に持ってくる。


 俺は袋の中から1つ手づかみで選んでそれを取り出す。

 取り出したサイコロは普通の六面ダイスで、点のかわりに何やら文字が掘られていたが小さすぎて読めなかった。


「それをこのトレイの上で振ってくださいな」


 言われた通りにダイストレイの上で、サイコロを転がす。


 サイコロはコロコロと回転した後、回転を止め、やがて1つの面が上を向いた。


 老婆はサイコロを手に取り、自身の顔の近くまで持ってくる。


「なるほど、坊っちゃんが引いたのはですね。坊っちゃんには宇宙に関する全ての秘密を知ってもらいます。それでは始めましょうか」


「え?」


 突然のことに呆気にとられている俺に対し、老婆は手を伸ばす。


 先程の情報量ですらきつかったというのに、宇宙の情報を与えられてしまったら俺はどうなるのだろう。

 俺はその場から逃げようと体を動かそうとするが、体はまるで金縛りにあったかのように動かない。


 俺の必死の抵抗も虚しく、老婆の手が俺に近づいてくる。


 そして――

 皺くちゃな指が俺の額に触れた。


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秘密屋 不労つぴ @huroutsupi666

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