矛担ぎ 四

 またしても同じ夢――否、これは現か。

 彼岸と此岸、今の自分には、どちらが夢幻でどちらが現なのか、まるで見当がつかぬ。

 ここがどこであろうと、やはり、奔っていることに変わりはない。

 日が落ちるたび、足が急く。日が昇るたび、膝をつく。

 何度、止めようと思ったか知れぬ。何もかもを放りだして、露と消えればどれほど気が楽か。

 だが――この世にこの身を縛り付ける「縁」は、滅多なことでは解れ得ぬ。

 結局また、夜が来るたびに、奔らなければならなくなる。

 終わりのない、繰り返しの地獄――何を以てすれば、そこから解脱できるのだろう。解らない。解りはしない。こんな境遇になった者など、他にいなかろうから。

 苛立ちも、憤りも、荒い息となって迸り出る。瞋恚は夜と共に深く燃えが上がり、夜明けとともに絶望に変わる。

 今宵、あれはいるだろうか――。奔りながら、ふと考えた。

 道の半ばに立っていた、人間の子供。普段なら交わることのない、此岸と彼岸。それが、あの子供は半ば彼岸に足を踏み入れていた。その状態で行く手を塞いでいた。

 苛立ち紛れに伸ばした切っ先が、あの子供の服に食入った、その感触と興奮は、今も忘れ得ぬ。

 時間が許せば、確実に食ろうていただろう。時間――我が身を縛り付ける枷。

 その重さに歯噛みしながら、獲物を見逃さざるを得なかった。

 今宵、あれはいるだろうか――。改めて、考えた。

 もし同じようにいるとしたら。そして刃が届き得るとしたら。

 今度こそ、食ろうてやる。

 かっと眼を開いた。獲物がいたのは、確か、この先だ。

 見えた。

 この眼に映るということは、遠くの人影の主は、彼岸に半ば身を浸している。

 得物を持つ手に力が籠もる。足が自然と速くなる。

 飛矢の如く迫る。相手の姿が、明瞭となる。

 子供の背丈ではなかった。

 大人の、男である。道を塞ぐように、真ん中に佇立している。

 手には扇だとかいう変なものを持っている。それを広げて、顔の前に翳している。

 こちらが見えていないのか――。この隙に乗じれば、刃を突き入れることなど容易い。

 得物をしっかり握った。身体を捻って、突きの態勢に入る。

 そこで――気付いた。

 否、感じた。

 見られている。

 こっちが獲物を見つけたように――向こうも、こっちを見つけている。

 顔を扇で隠しているのに、こっちを見ている。

 凝縮された時間の中で、相手の姿が見えた。どこまでも精緻に、曇りなく。

 扇に空いた穴の一つ一つまでも。

 その穴の奥から覗く、怜悧な瞳までも。

 生まれて始めて、怖気をふるった。それでも身体は止まらない。

 相手の手に得物はない。間隙を一瞬で詰めれば――討てる。

 その時であった。

「牧さん――今だ!!」

 扇で顔を隠しながら、男は叫んだ。それと同時に、風を感じた。風は正面からではなく、右側から唸るように巻き起こった。

 鋼の臭い――。

 気づいた刹那には右手に持つ得物に衝撃が走り、落雷に打たれたかの如く全身が痺れた。足に力が入らなくなって、それまでの勢いのままに傾いで、頭が地面に激突する。

 しかし、衝撃はどこにも走らなかった。目も鼻も耳も、得物に衝撃が加わった瞬間に全て閉じられ、一切の感覚が遮断されていた。

 既に身体は暗闇にあった。怒りも悲しみも、後悔も安堵も感ずる暇を与えられず、やがて暗闇が精神までをも侵し、覚めることのない永遠の眠りを運んできた。

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