矛担ぎ 一
知らない道を、ただ奔っている。
どこだか分からない。いつだか分からない。現ではないのかも知れない。夢の中を奔っているのかも知れない。
見えているようで、何も見えない。暗くはないが、明瞭でもない。水の中でものを見たような、あるいは水の流れに包まれているような、淡くぼんやりした中にいる。
本当に、夢の中にいるのかも知れない。
分かっているのは、立ち止まってはならないことだけ。
全てが朧な中で、唯一感じるのは焦燥。
追いかけられているのではない。追いかけている。
絶対に、取り残されてはならぬ。間に合わなければならぬ。
疲れはない。時を超えて奔り続けた足だ。もはや何の感覚も覚えない。
ただ、前に進んでいる感じがしない。
代わり映えせぬ――否、変化の有無がまるで分からぬ、曖昧模糊とした世界。
もどかしさだけが、じれったさだけが募る。叫んでも、声は届かない。
本当に、夢の中にいるのかも知れない。
次第に周りが明るくなってくる。もとから暗かったわけではない。が、それでも変化がはっきり判るくらい、明るくなってくる。
身体が熱くなる。このままでは拙い。間に合わない。
一番鶏が鳴いたら、それで終わりだ。
それまでに、せめて行き着きたい。前に合流したい。
よりいっそう、足を急がせているつもりだった。実際はどうなのだろう。
虚無の上で、忙しく足を前後させているだけかも知れない。全然、進んでいないのかも知れない。
やっぱり、夢のなかにいるのだ。
そうしているうちに、目の前が赤くなった。周りを濡らし、ぼやぼやさせていた水の流れのようなものが一掃されて、見慣れぬ町並みの中に――朝の人世に立っていることに気付かされる。
嗚呼――。
脱力して得物を取り落とす。嗤い声が聞こえる。分かっているのだ。この後どうなるか。分かっていて止められず、諦めて、嗤うのだ。
現に立ち返って漸く、何もかもを悟る。あまりにも遅く、気付けても、その後一瞬で、もうどうにもならなくなる。
また――間に合わなかった。
だらしなく口が開く。自分も嗤っている。何百年もの間、足掻いて、抗って、変えられなかった、巨大な赤光を前にして。
光は東方より、いよいよ眩く空を貫く。豪という音がしたと思った瞬間、何も分からなくなった。
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