秘密と嘘

書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売!

短編

 僕と姫香ひめかとの関係は、きっと腐れ縁と呼ばれるものなのだと思う。

 小さな頃から些細なことで喧嘩をして、その度に仲直りをして、二人手を繋いで。

 年齢の差はほとんどないけど、僕の方が僅かに早生まれだから、森兄もりにぃって呼ばれてた。


 森祠もりじりょうって名前だけど、本名で呼ばれた事はほとんどない。

 大体が森兄ってあだ名で呼んで、僕は姫香って呼び捨てで呼んでたんだ。

 

「森兄、宿題写させて?」

「ダメ、姫香が自分でやらないと意味ないでしょ」

「大丈夫だよ、姫香は将来アイドルになるんだから、勉強なんて意味ないし!」


 当時はやりのグループアイドルのダンスをコピって踊る、女の子なら誰しもが夢見るものだ。

 姫香の将来の夢はこれで三個目、お花屋さん、幼稚園の先生、そしてアイドル。

 小学四年生なんだ、これぐらいは当然なのだろう。


 僕だって宇宙飛行士やパイロット、そういう人から尊敬される職業を夢見ていた。

 だけど、勉強すればするほど、その夢はとても難しいものだって気付かされる。


 小学校で一番だったテストの点数も、中学に入れば一桁台保持で精一杯になり、高校受験でふるい落とされ、高校ではその他大勢の部類に入ってしまうような、そんな人間だったんだ。


 今更「夢は何ですか」と聞かれても、答える事は出来ない。

 夢は夢であり続けるからこそ夢であり、手にしたらそれは夢じゃないんだ。

 なんて言い訳をしてしまう程度の人間、それが僕だ。


 けど、姫香は違った。


 小学五年生の時、雑誌の付録はがきに書いて応募したオーディションに合格。

 雑誌のモデルとして活躍し、そのままグループアイドルオーディションにも合格。

 声優としてデビューも果たし、アニメ映画の吹替の仕事も経験済みだ。


 中学生になった姫香は、グループアイドルでの頭角を現す。

 守護神と呼ばれる程にセンターに君臨し続け、テレビにも出演している程だ。

 最近では動画配信者としてチャンネルも開設し、その登録人数は三百万人を超える。


 そして高校受験も合格したとだけ発表したが、どこの高校とまでは明かしていない。

 姫香の家は実家だ、マスコミの張り込みが見えるのだから、いつかは明かされるのだろう。

 

「森兄、遊びに来たヨ」


 そんな状況なのに、姫香は僕の家に普通に遊びに来る。

 変装……なのだろう、サングラスにスウェットの上下、そしてサンダル。

 ぱっと見はだらしのない女子高生の日常そのものだ。

 

「普通に遊びに来るけど、大丈夫なの?」

「なにが?」

「僕とのことが記事にでもなったりしたら大変じゃない? 責任取れないよ?」


 ぱたぱたぱたと階段を上がると、僕の部屋に当然の如く入り、姫香はベッドにダイブした。

 僕もそんな姫香の側に立ち、どうしたものかと困った顔になる。 


「別にいいでしょ、私が森兄とどこで何してようが。それよりも最近流行のアニメとか漫画とか教えてよ。今度ラジオにアニメの監督さんがゲストに来るんだけど、知識ないから何話していいか分からないんだよね」

「そうは言っても……んっ」


 姫香は起き上がると、僕の唇を奪った。

 子供の頃からしてるから、慣れ親しんだ唇でもある。


「森兄は私のものでしょ」

「……うん」

「だから、マスコミに何を言われようが、全然私は気にしない。叩きたかったら叩けば?」


 こんな姫香だから、いつかはバレるんだ。

 僕の家に入り込む姫香が激写され、彼女はそれをありていのままに認める。

 何が悪いんだと、昔馴染みに家に行くことがそんなに悪い事かと。


 ファンだって許さないし、仕事関係の人達だって怒るに決まってる。

 だって僕達はまだ高校生なんだ、十六歳になったばかりなんだ。


 恋愛禁止のアイドルグループにおけるスキャンダルは、昨今の凡例を見れば一目瞭然だ。

 契約違反による損害賠償、及びグループ除外、姫香の卒業式も行われない。

 

 僕のせいで、世間的に姫香は窮地に立たされてしまっている。

 

 ネットニュースには今日も姫香のポストが投稿され、それに対する糾弾の声がリポスト欄に立ち並ぶ。ガチ恋勢と呼ばれる人たちの怒りの声、ファンを辞めました、最低最悪の女、今も彼氏としてんのか、あばずれが、死ね、金返せ……そんな酷い言葉の羅列を見て、僕は涙する。


「ごめんね姫香……」

「森兄が泣く必要ないじゃない」

「だって、全部僕のせいで……」

「森兄のせいじゃないし、私がしたいようにした結果だし」


 いつだって姫香は強い、誰にも負けない、諦める事もしない。

 憧れみたいなものを、僕はずっと姫香に感じてたんだ。

 

 ……だから、今度は僕が姫香を守りたい。

 一緒に並んで、彼女の側にいたい。


「姫香、プロデューサーさんと会わせて貰えないかな」

「……森兄? まさか、貴方……」

「うん、僕も、アイドルとして姫香の隣に立ちたい」



§



「良ちゃああああああああああああああああああああぁん!」

「好きだあああああああああああああああああああぁ!!!」

「姫香あああああああああああああああああぁ!」


 観客席から叫び声が聞こえてくる。

 隣には笑顔の姫香がいて、僕も隣で同じ衣装を着て踊る。

 ずっと昔から一緒だったんだ、ダンスの呼吸だって自然と合っちゃうよね。

 

「え、森祠さんって女の子だったんですか!?」


 姫香のプロデューサーさんが驚きの声を上げるのも無理はない。


 だって、僕は男が欲しかった両親のもとに生まれたせいで、ずっと男みたいな生活を送っていたから。髪だって伸ばさなかったし、着ている服だって男物ばかり。通う学校だってパンツスタイルに男物のリュックで通っているから、誰がどう見ても男にしか見えなかったのだと思う。


 声も意識して低く喋っていたせいか、どこか男っぽい声をしている。

 喉仏も無いけど、ずっと摘まんでいたせいか少しだけあるように見えるんだ。


「そして、歌劇姫様組に入りたいと……なるほど、姫香の誤解も解けますし、グループに低音女子が加わる事でバリエーションも増えますね。森祠さんは長身でスタイルも良い、王子役としてぴったりではありますが……姫香との関係はあくまで友人という事で、お願いしますからね」


 恋人がいるという事実には変わりはない、でも、それは世間には公表しない。

 僕の加入によってグループへの風評被害は、そのまま追い風へと変化した。


 グループメンバーの中には「森祠さんが女の子で良かった、えぐっ、グループ解散かと思っちゃった」と泣きじゃくる子もいたりして、本当に申し訳ない事をしたと反省すると共に、良い子ばかりのグループなんだなって、改めて再認識させて貰った。

 

「森兄」

「姫香……」

「私、ずっと森兄が来てくれるの、待ってたんだからね」


 ぽすんと子犬のように僕の胸に飛び込んでくる姫香は、とても可愛らしく。

 咲いた花のように開いた口を、僕はもう一度塞ぐためにゆっくりと重ねていくんだ。

 そんな様子を見ていたメンバーへと、僕はウィンクをする。

 この秘密は、洩らしちゃダメだからね……と。

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