第25話 妖艶な姿をした九尾の狐。その名も……。

 白狐びゃっこの仲間であり、那岐なぎの眷属でもある九尾の狐。どういう訳か、今では数名の霊気しか感じ取れないという。そんな過去の情景を想い馳せる姉妹たち。琵琶湖に浮かぶ大鳥居を眺めると、寂し気にそっと口を開く……。


「こん。私達の仲間はね、国の戦乱を治めるために、消滅してしまったわ」

「消滅?」


 不穏な白狐びゃっこの言葉を聞いた烏兎うとは、思わず眉を顰め聞き返した。どうやらその争いとは、国同士の戦いを指しており、仲間の気配が消えた理由と何か関係があるらしい。


「こん。そう、その時に生き残ったのが、私たち姉妹を含めて五人の瑞獣ずいじゅうだけよ」

「五人ということは…………四人の仲間たちが亡くなったってことだよね」


 烏兎うと躊躇ためらいながらも質問をすると、白狐びゃっこは悲しそうに小さく頷いてみせる。その表情から察するに、仲間を失ったことが相当辛かったのだろう。しかし、気になるのは残りの仲間がどうなったかである。これについては、今まで黙っていた妹が言葉を発した。


 黒狐こっこ曰く、生き残った瑞獣ずいじゅうたちは、各地を転々としているのではないかという。


「ごん。そうだぞ、戦乱で半分の仲間たちが亡くなった。残ったのは、空狐くうこ様と天狐てんこ様。そして、忌々しい女狐だ!」

「女狐? ずいぶんと乱暴な言い方だけど、同じ仲間なんじゃないの?」


 黒狐こっこが発した女狐という言葉。その口振りからは、かなり険悪な関係であることが窺える。


「ごん。女狐が仲間だと? うーん、そうとも言えるが、そうではない」

「えっ、それってどういう意味?」


 また先ほどのように、黒狐こっこの矛盾した話が始まった。これには流石の烏兎うとも困り果て、訳が分からず首を傾げる。この発言を聞いた白狐びゃっこは、女狐と呼ばれる存在について妹の代わりに事情を伝えようとした。


「こん。烏兎うとが困ってるようだから、あとは私が説明するわ」

「ごん。姉さま、またしてもすまない……」


 それはかつて、九尾の狐として共に過ごしていた仲間の一人。序列では一番位が高く、側近を務めるほどの妖力を持ち得た存在。とはいうものの、その性格や行動には問題があり、容姿の優れた男がいれば見境がなく声をかける。


 ところが、こうした放漫な性格は留まることを知らず、あろうことか那岐なぎをも誘惑しては困らせていた。これに腹を立てる仲間たちは、押さえつけようと試みるも返り討ち。何故なら、一人で数百ともいえる魔物の群れを、一瞬で滅するほどの力。格下の瑞獣ずいじゅうが束になってもかなう筈がない。


 そんな黒狐こっこが女狐と呼ぶ瑞獣ずいじゅう。風貌は妖しく艶のある肌をしており、顔つきは人々を惑わせる美しさ。金色の衣装を身に纏い、時には冷酷なまでの一面をみせる。その名も、最強と謳われた金毛の狐。またの名を、白面はくめんという……。


 このような事から、仲間たちの中でも人一倍嫌悪感を抱く黒狐こっこ。一方で、笑みを浮かべながら丁寧に事情を烏兎うとへ伝える白狐びゃっこ。二人から窺えたのは、対照的な姿であった。


「こん。黒狐こっこ白面はくめんのことを嫌っているようだけど、本当はとても仲間想いで優しいの。敵を前にしたら、いつも我先に突き進むでしょ。あれは、皆を傷つけさせないための行動なの。だから、誤解しないであげて欲しいのよ」

「ごん。じゃあ何故、女狐は那岐なぎさまを誘惑するのだ」


 姉の話に納得のいかない妹は、不満げな表情で反論する。けれども、この質問に対しても笑顔で答える白狐びゃっこ。どうやら、白面はくめんの心情を理解しているようである。


「こん。それはね、あえて嫌われるように仕向けているのかも知れないわ。そうすることで、戦場から自身への意識を逸らしていると思うの」

「ごん。どういうことなのだ? 私には、姉さまの言ってることが、さっぱり分からないぞ」


「こん。そうねえ……分かり易くいえば、黒狐こっこは私と白面はくめんはどっちが好き?」

「ごん。もちろん、姉さまに決まっている」


「こん。だったらね、戦火の中で、白面はくめんが傷を負い危険な目に遭っていた。そんな時、私は負傷していないものの、苦戦を強いられていた。黒狐こっこだったら、どちらを助けるかしら」

「ごん。答えは同じく、姉さまだ」


 二択の中で、仲間を救うためならどちらを選ぶのか。そんな突拍子もない質問に対して、黒狐こっこは迷うことなく答える。


「こん。つまりね、そういうことなの。好意を寄せている者達を優先するのが瑞獣ずいじゅう白面はくめんは自分が傷ついても、他の者達を助けるように促していたのよ」

「ごん。そうなのか?」


「こん。そうよ、だからそれを知っていた那岐なぎさまも、嫌うことなく白面はくめんを好きなようにさせていたの」

「ごん。あの女狐め、回りくどいことを……」


 腕を組みながら不満そうに呟く黒狐こっこ白面はくめんが何故そうした行動をとっていたのか、ようやく理解できたようだ。


「こん。これで白面はくめんがどんな想いで仲間たちを守ってきたのか分かったでしょ。まあ、あまり男癖が良いとは言えないけどね。でも、私たちの中で一番人間に近い存在だったのかも知れないわよ」

「ごん。人間に?」


「こん。人ってね、嫌いでも困っている人がいれば、誰彼構わず助けようとする。それが人間の感情であり、那岐なぎさまが私たちに学んで欲しかった心の形。今思えば、何もかもが繋がったような気がするわ」


 白狐びゃっこは、過去を懐かしむように瞳を閉じて語った。その話を聞いた烏兎うとも、これまでの出来事を思い返しながら静かに頷く。こうして最後に、黒狐こっこが思いの丈を言葉にして伝え、女狐ではなく白面はくめんと呼ぶことを約束するのであった…………。

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