第22話 優しさの情緒・哀しみの情感・怒りの情動

 白狐びゃっこから告げられた言葉。それは光華こうかの力についてではなく、霊糸の繋がりによって先代が生きているかも知れないという情報。しかしながら、行方は分からず生死不明の状態である。


 こうした事情を聞かされた烏兎うとは、悩みながら困惑する表情を浮かべた……。


「こん。だからね、事情を読み解けば……那岐なぎさまの真意が分かるかも知れないと思ったの」

「確かに……光華こうかの力が何なのか分かれば、生まれた意義や想いも知ることが出来るかもね」


「こん。そうなの……あの時にこぼした言葉は、絶対に私たちと何か関係があるに違いないわ」

「…………でも、知らない方がいいことだってあるよ。だってね、話さないっていうのはさ、何かしらの理由があってのこと。もしかしたら、知ることで白狐びゃっこが辛い思いをするかも知れないよ」


 光華こうかの力について知ることが必ずしも良い事とは限らない。姉妹達にとっては辛い過去であり、思い出すことで悲しい想いをさせてしまう。こう考えた烏兎うとは、言葉を選びながら白狐を宥めようとした。


「こん。そうね……烏兎うとの言う通りかもしれない。けどね、たとえ辛い過去だったとしても、私には知る権利があるの。それに覚悟ならできているわ」


 瑞獣として蘇った以上、先代の真意を知りたいと強く願う。その強い意志は、白狐びゃっこの覚悟が本物であると物語っていた。


「だから、お願い! どうやって光華こうかの力が使えたのか教えて欲しいの」

「そんな風に言われても、その輝きを見たのは一度きりだからね。…………いや? 今日の出来事も含めると、二度目かな」


 白狐びゃっこの切実な願いに、これまでに起きたことを振り返る烏兎うと。何か手掛かりになるものはないか思考を巡らせていると、ある出来事が脳裏をよぎる。


「こん。二度目?」

「そうだよ、確か……黒猫を浄化した時だったかな?」


 浄化の力によって黒猫を天へと帰した瞬間――、不思議な輝きが烏兎うとの周囲を包み込んだという。


「こん。いまの話、もっと詳しく教えてくれないかしら。出来れば、一度目に魅せた光華こうかの輝きからがいいわ」

「うん、分かったよ。あんまり話したくないけど、白狐びゃっこの頼みなら仕方ないね」


 過去を切なそうに想い馳せる烏兎うと。少しばかり心を落ち着かせると、白狐びゃっこに向けてゆっくり口を開く……。


 一度目に魅せた、約束された導きの光。


 それは幼い頃、朝早く琵琶湖の周辺を散歩していた時のこと。白髭神社の近くを通りかかった時、何やら道路に横たわる小さな狐を目撃する。その動物は何度も車に撥ねられ、見るも無残な変わり果てた姿。


 優しく抱きしめ安否を気にするも、状況から判断して既に息を引き取っていた。これに心を痛める烏兎うとの瞳からは、透き通る涙が頬を伝い流れゆく。一つ……また一つ……そっと緩やかに零れ落ちた。


 ――と、同時に溢れ出る心の想い。


『くっ…………なぜ誰も助けない、なぜ見て見ぬふりをする、人間だけが一番偉いのか! そんな愛のない世界など、崩壊すればいい――!!』


 それは悲しみではなく、「怨恨えんこん」「怨念おんねん」「怨嗟えんさ」といった怒りの感情。


 この憎悪に身をまかせていると、やがて掌からは燦爛さんらんとした粒子が溢れ出す。まるで想いに呼応するかのように、小狐の体を温かい光が優しく包み込む。


 こうして輝きを帯びた亡骸は、跡形もなく空の彼方へ消えていったという……。


「こん。もしかして……光華こうかの力って、全ての想いなんじゃないかしら」

「全ての想い?」


 白狐びゃっこが話す想いとは、烏兎うとから溢れ出す想い。それは、優しさの情緒・哀しみの情感・怒りの情動、人の心に眠る感情だと伝えた。つまり瑞獣とは光の霊糸で繋がっているため、この想いが関係しているのかも知れない。


 従って、何かの拍子に全ての心情が一致していた可能性がある。これにより、光華こうかという不思議な力を発揮していたのではないかという…………。

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