第2話 15年後


  約束した高級中華料理店に行く当日。

まだまだ暑い日差しが、サングラスに飛び込んでくる。


  佳那がお勧めするホテル中華は、都内でも有数のホテル内にある。

 東京駅近くの五つ星ホテルは、訪れる人たちの服装から違う。


 「よかった。今日はジルサンダーのパンツ履いてた」と、グレーのノースリーブ

サマーニットに、合わせた白のワイドパンツを自分で見て、心の中で思う。


 佳那は、ラフな服装だけど、実は一式ヨージ・ヤマモトだ。


 一流ホテルの良いところは、スタッフの人たちが本当に優しく、丁寧なところだ。

お互い客室乗務員経験者同士、どうしてもサービスチェックを、自然としている二人だ。


 「やっぱり、さすがだね」

 「うん、若いのに、ちゃんとしてる」

 「さっき、私がお手洗いにいった時、さっと私が使っていた布のナプキンをきれいにたたんでくれてたよね」

 「うん、ちゃんと見てるし、こちらから呼ばなくてもすぐに来てくれるし、トレーニングされてるね」


 「やっぱり、お値段が高いといいサービスを受けられるよね」

 「誘ってくれて、ありがとう」

 「良かった。そう言ってもらえて」

 「私が一番好きなのは、アワビの姿煮なんだ。普段はなかなか食べる機会がなかったけど、今日は普段頑張っている自分たちにご馳走しよう。割り勘で」


 「うん、そうしようと思って誘ったんだ」と、佳那は言った。



 フカヒレスープ

 北京ダック

 大海老のチリソース

 そして、鮑の姿煮

 

をまず注文した。

 

 「へー、アワビの姿煮って食べたことない」佳那が言う。

「前に食べて、本当に美味しかったんだよね」

「ふーん、キャプテンに奢ってもらった?」

「まあね」

「北京ダックは、こちらで包んでよろしいですか?」

と、よく訓練されたボーイさんが言う。

「お願いします」

 自分で巻くよりも、プロにやってもらった方が、絶対に美味しい。


 お酒に強い佳那は、ビールを終え、紹興酒に入った。


 「個室、いいね」

 「うん、何喋っても気にしなくていい」

 「何か、秘密で喋りたいことあるの?」

 「うん、佳那に話してなかったことがあったのを思い出した」

 「なになに?彼氏ができた?」

 「そんなわけないじゃん」

 「いやー、美咲モテるじゃん」

 「佳那こそ、占いにくる経営者の人にモテてるじゃん」

 「いやいや、みんな既婚者だよ」

 「私は女子の若い子ばっかりだよ。会うのは」

 「あはは、そうだよね」

 「いや、このアワビの姿煮は、新婚旅行の時に初めてすごく美味しいのを食べたんだよね」

 「へー、知らなかった」

 美咲は、新婚旅行のハプニングを話し始めた。

 「そんなことがあったんだね。ラッキーだったね」

 「うん、今日もホテル中華って言ったらすぐに浮かんできたのが、あわびの姿煮だったんだよね。だから佳那が誘ってくれた時、どきっとしたんだよ。

後から考えたら、秀ちゃんの命日、来週だったから」


 「え、そうだっけ?」

 「うん、十一月十一日。今年で十五年」

 「そうだったんだ。十五年かあ。早かった?」

 「うん、早かった。子供がいなかったから、なんだって仕事すれば食べていけるとは思ったけど、まさか三年で死に別れるとは思ってなかったから」


 「美咲、しばらく誰とも会わなかったよね」

 「会えるわけない。会いたくなかった。だって絶対に秀ちゃんのこと聞かれるじゃない。だけど誰にも話したくなかった」

 「私が電話しても、「あまり体調が良くないから」って言って、長話もしないし、全然会おうとしなかったよね」

 「うん、本当に辛い時は家族と一緒にいるのが精一杯。父と母もすごく心配してくれたし。大人しく家にいようと思ってた。あんなに辛かったのは、初めてだったな」


 「そっか」

 「結局立ち直るのに、半年かかった。でもいつまでも仕事しないのも、両親に申し訳ないと思って、エアラインスクールで働き始めたのが、結局立ち直るきっかけになったかな」


 「仕事って、やっぱり励みになるよね」

 「うん、暇があるとずっと秀ちゃんのことを考えてしまうから。もっと早くに気づいてあげていたら、くも膜下なんてならなかったんじゃないか、とか」

 「美咲のせいじゃないよ」

 「わかってるけど、色々家にいると考えてしまうんだよね。だから仕事を始めて、初めてのことばかりだったから、だんだんと仕事にのめり込んで行って・・・」

 「で、結局自分でスクールを開くまでになったじゃん」


 「まあね。だから、さっきあわびの姿煮を食べた時、秀ちゃんはこの味覚えているかな、って思いながら食べてた。覚えてて欲しいし、あの世で食べてて欲しい」

 「ハプニングがあった新婚旅行だったから、余計に覚えているよね」

 「うん、すごくラッキーだったし、その後に行ったパースは最高だった。思い切ってオーストラリアまで行って良かったよ」


 「そうだね。でもあの世に、高級中華あるかな」

 「現実的なこと言わないの」

 「ハハハ」

 「うふふ」

 なんでも話せる友達がいるって、幸せだ。



つづく

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