メモリーオブハネムーン
浅香 凪
第1話 新婚旅行前日
「ねえ、中華食べに行こうよ」
友達の佳那が、表参道の並木道が見えるカフェでハーブティーを飲みながら突然言いだした。
「え、中華?なんで突然?」
お互い四十代になって、そんな脂っこいものは食べなくなってるはずなのに、
突然の中華提案に、美咲は驚いた。
佳那とは客室乗務員の同期として入社して以来の、二十年以上の付き合いだ。
今佳那は売れっ子占い師、私はエアラインスクール経営者として、自由になる時間が増え、仕事の話、独身同士の恋愛話など、なんでも話せる仲として、月一程度は会っている。
「ホテル中華に行きたいんだよね。美咲は中華で何が一番好き?」と聞かれて、ふとその昔ホテルの豪華な中華を食べたことを思い出した。
絶対に忘れることはないと思っていたのに、すっかり忘れていたホテル中華の思い出。
佳那にさえ、話していないと思う。
その昔、客室乗務員と言う、味にうるさい集団に属していた美咲が忘れられない中華の逸品。
それは、「アワビの姿煮」だ。
*****
美咲が夫とオーストラリアの東海岸に、1週間の新婚旅行に行くことにしたのは、たまたま読んだ雑誌に「ウエストコーストよりも、パースを始めとする、東海岸の方がゆっくりできる」と書いてあったのがきっかけだ。
フライトでシドニーは、何度も行った事があったが、パースには行っていない。
どうせ行くなら、日頃の疲れが取れる場所がいい、と思っていた気分に、「東海岸」「パース」「インド洋」のキーワードがピタッとハマったのだ。
海外に詳しくない夫を説得するのは、簡単だった。
「美咲がいいところでいいよ」と、大手スポーツ用品会社で働く夫は言った。
あとはお互いに、「どれだけ長い休暇が取れるか」だったが、幸いなことに、お互い十日間の休暇が取れた。 新婚旅行は一週間のプランに決めた。
シドニーと、パース。ゆっくりとする時間が取れるプランにした。
パースでは、学生時代ゴルフ部のキャプテンだった夫が、一緒にゴルフをしようと
言い、楽しみにしていた。
結婚式を終えた翌日、前泊を兼ねて、東京デイズニーランドの近くの五つ星ホテルに宿泊した。
もちろん、デイズニーランドで、目一杯遊んだ。
新婚旅行1日目、海外出発前日が終わってホテルに戻ると、フロントにメッセージが残っていた。
「なんだろう」とメッセージを読むと、旅行会社が間違えて、一日遅れの飛行機を
予約していた、シドニーへの出発は明後日になるが、日程に問題がなければ、
ホテル代、食事代全てをお詫びに支払ってくれる、と書いてあった。
日程に問題がない私たちは、「やったー。ラッキー」と大喜びした。
ホテルは、五つ星ホテル。
そこのご飯を、好きなものを、好きなだけ食べて、支払いは旅行会社。
大手の旅行会社だからなのか、金額の上限もない。
早速、ホテルのレストラン案内を見ながら、どこで食事をするか、
二人で話し合って「中華料理」に決まった。
予約もすんなり取れ、案内された中華レストランの個室で、私と夫はメニューと
見つめあっていた。
値段は確かに高い。
フカヒレのスープ 八千円。
アワビの姿煮 六千円。
大海老のチリソース炒め 五千円。
街中にある中華料理店とは、値段が全く違う。
先輩や、キャプテンたちに御馳走していただいて、ホテル中華に行ったこともあるが、その時には金額なんて全く見てなかったので、少し驚いた。
今日の「スポンサー」は、日本で一番大きな旅行会社だ。
自分たちが食べたいものを、ジャンジャン頼んで、食べよう。
夫は紹興酒を、次々に飲み、見た目と違ってあまりお酒に強くない私は
ひたすら食べた。
「アワビの姿煮でございます」
そう、ボーイさんが言った瞬間、その大きさに目を見張る。
茶色のツヤツヤのソースの中に、鮑は確かな存在感を持ち、堂々としている様に
見えた。
今までに食べたことがないくらいのレベルで、中華料理なんて簡単に言っては
いけないくらい、程よい硬さと弾力、噛むとジュワーっと広がる醤油と、中華独特の調味料。
何より、アワビ自体の材料の良さが、全てだ。
玄界灘の魚を北九州で食べて育った私が、幼い頃から刺身で食べていた鮑。
(あわび)
それに勝るとも劣らない品質であることがわかる。
「ホテル中華と、街の中華レストランは、全くの別物である」
夫と二人で出した結論だった。
お腹がはちきれんばかりに食べ、ホテルの部屋に入った途端、夫がいびきをかきながら寝てしまった程、飲んだ夜だった。
つづく
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