神社で飼っている

洞貝 渉

神社で飼っている

「カリカリっていくらするの?」

 放課後、帰り支度をしていたら同級生に話しかけられた。

「知らない。いつも母ちゃんが買ってきてるから」


 犬を飼っている、という話をさっきまで親友としていた。でかくて、すぐ遊びに誘ってくるかわいい奴。散歩とかフンの始末とか、いろいろと面倒ではあるけれど、それ以上に一緒にいて楽しい大切な家族。

 話をしている時、その同級生がじっとこちらを見ていたのには気づいていた。

「犬に興味あるの?」

「ううん。犬じゃなくてカリカリの値段が気になって」

「ふうん。カリカリって言ってもいろいろあるから、安いのも高いのもあるんじゃないかな。でも、なんでまたカリカリの値段なんかが知りたいの?」

「……別に」

 同級生があからさまに嫌そうな顔をする。

 ヤバイ、なんか失敗したか?

「あー、あ! そうだ、カリカリ、少しだけならあげられると思うけど、いる?」

「え、欲しい、いる!」

 同級生の表情がぱっと明るくなる。

 よかった。よくわからないが失敗は挽回できたようだ。


 明日持ってくるから、と言ったけれど、今日欲しいと言われたので、家まで一緒に来てもらうことにした。

 この同級生と一緒に下校するのは初めてで、何を話していいのかわからない。というかこの同級生の名前が分からない。顔は知っているけれど、喋ったことどころか今まで挨拶すらしたことがない。

 犬の話でもするか? いやでも、興味あるのは犬じゃなくてカリカリの方か。

 じゃあ、カリカリの話でもするか? いや、カリカリの話って、なんだ?

 つらつらと頭は回転し続けるが、一向に話題は見つけられない。そうこうしているうちに、二人とも無言のまま家に着いてしまった。


「ちょっと待ってて」

 一人家に入って、カバンを乱暴に放り投げ、ドックフードをストックしているケースを開ける。どのくらい必要なんだろうか。キッチンにあるポリ袋を一枚拝借して、とりあえず犬の一食分くらいのフードをそこに移し入れ、口を軽く縛る。

 お待たせと玄関のドアを開けると、同級生は面倒くさいと言わんばかりに、ん、と言って手を突き出した。

 ん、と言い返しドックフード入りのポリ袋を手渡すと、早口でアリガトと呟いて同級生は走り出す。


 カツッ。


 足に何かが当たった。

 目をやれば、それは古びたお守りだった。同級生のものだろう、たぶん。走り出した時に、カバンに付けていたものが取れて飛んできたのだ。

 おい、これ、と声を上げるも、同級生の後姿はみるみる小さくなっていく。

 明日でいいか? いやでも、お守りだし、大事な物だろうし、というか明日みんなのいる教室で話しかけるとかちょっとなぁ……。


 同級生の足はそんなに速くないが、ぐずぐずと悩んでいるうちにずいぶんと距離が開いてしまった。

 見失わないようお守りを片手に慌てて後を追いかける。

 

 同級生が右へ左へ道を曲がるたび、視界が微かに陰っているような気がする。空間に薄い暗い膜がかかっていくような錯覚。早く追いつきたいのに、もう目の前にいるはずで手を伸ばせば触れられるくらいの距離まで近づいているはずなのに、なぜか声が出ないし同級生に触れて静止させることもできない。

 明らかに何かがおかしい。なのに、おかしいとは一ミリも思わなかった。ただ、見失ってはいけない、という考えだけで同級生の後ろを走り続ける。


 どれくらい走ったか、同級生は塗装の剥げた鳥居をくぐり抜け、うら寂れた神社にずかずかと入って行く。それまでぴったりと同級生の後ろについて走っていたけれど、鳥居の前でピタリと足が止まってしまった。背筋にぞわぞわとした感覚がある。ここには入りたくない。

 こんなところまでついて来ておいて、と焦るような気持ちがわいてくる。

 同時に、もういいから諦めて明日教室で返そう、と怖気づく気持ちもあった。

 同級生のお守りをぎゅっと握りしめ、そもそもあの子はこんな所に何の用なんだろうか、と首をかしげる。

 あんなに急いで、ドックフードなんかを持って。

 ……まさか、ここで何かをこっそり飼っている?


 昔は今と違って野良猫も野良犬もそこそこいたらしい。

 今は野良の猫は激減して、地域猫などの名前に変わっていたりするし、野良の犬に至っては見たことが無い。

 でも、完全にいなくなったわけではないだろう。ムカつくし信じられないことだけど、犬を飼いきれずに捨ててしまう無責任な奴も世の中にはいるだろうし。

 同級生も、そんな不運な犬か何かの動物をここでこっそりお世話しているのかもしれない。……だとしたら、ちょっと、見てみたいかも、その動物。


 薄気味悪さからくる恐怖心と同級生のこっそり飼っているらしき動物への好奇心の間でゆらゆらと揺れていると、唐突に耳をつんざくような気味の悪い声が響いた。

 ぎょっとした。境内の木々から一斉に凄い数のカラスが飛び立ち、驚きと恐怖で悲鳴を上げてしまい、脱兎のごとく鳥居に背を向け走り出す。

 どうやって家まで帰りついたのか覚えていない。

 気づいたら荒い息で自分の部屋のベッドの上にいて、布団にくるまりガタガタと震えていた。持っていたはずのお守りもどこかで落としてしまったらしく、服のポケットなどを探してみても見つからなかった。




 翌日、同級生はいつも通り教室にいた。

 昨日の出来事が気になりすぎて、声をかけようかとも思ったが、なんて声をかければいいかわからない。

 お守り落としたよね、拾ったから返そうと思ったんだけどさ、実は無くしちゃったんだ、ごめん……うーん、これ絶対、あの同級生怒るよね。

 昨日、なんかすげー雰囲気ある神社に行ってたの見たんだけど、何してたの? もしかして、カリカリってそこでこっそり飼ってる動物にあげたとか? ……これは、なんか、詮索しすぎ?


 悶々と考えていると、同級生の方から近づいて来て話しかけてきた。

 昨日はありがとう。とてもお腹が空いていたから、助かった。

 ニコリともせずに言う。

「あ、いや、あのくらいなら全然いいんだけど、その、助かったっていうのは、ええと、もしかして、親とかには内緒でなにか飼ってたり、するのかな?」

 …………。

「えと、もし飼ってるなら、なにを飼ってるのかなー、なんて。ドックフードが必要だったってことは、やっぱり犬、とか?」

 ……………………。

 同級生は無表情で数秒黙り込んだ後、ニヤリと口元を歪ませた。


 ぎらつく目玉、ぐいっと上がった口の両端から垂れるよだれ、押さえられない興奮に荒っぽくなる呼吸。初めて見る同級生の表情に、ドン引きするよりも先に懐かしさというか、親しみのようなものを感じる。

 とても身近な存在が、大切な家族の一員が、よくこんな表情で遊びに誘ってくるから。



 すっと潮が引くように、同級生の表情が無になった。

 そして一言だけ呟く。


 秘密、と。

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