第3話 両想い確定:海とポニテと告白をしてもなお終末は遠い
屋上。
普段は施錠されていて入れない場所に、僕らはいた。
「海も見えないのね。潮風も吹いてこない。寂しいわ」:蝶原柚羽(32年7ヶ月16日7時間34分19秒)
海にほど近い我が学び舎は、本来、屋上から確実に海が見える。
それなのにいまは、灰色の壁が天空までそびえ立っているだけだ。
「海が好きなんだ?」
「え――ええ、大好きよ。だって――ううん、海もいいけれど、いまはそれだけじゃなくて。ポニーテール、風になびかせたいな、って」:蝶原柚羽(32年7ヶ月16日7時間33分9秒)
蝶原さんは今朝からずっと、長い髪をポニーテールにしているのだ。
いや、僕は別にポニテが好きってほどでもないんだけど、と言いかけたが、
「ち、違うのよ!? 川辺さんがポニテだったからって、対抗しているわけじゃないの! ただ、その、この世界にはもう私たち二人じゃない? だったら、あなたが喜ぶような髪型がいいかなってちょっと思っただけで! 本当にそれだけで他意はないの! 他意はない! にゃ、にゃいんだから!」:蝶原柚羽(32年7ヶ月16日7時間32分9秒)
ちょうど丸1分、蝶原さんは赤面して慌てふためいていた。可愛すぎるだろ!
語尾まで怪しげな猫口調になるほどチョロインなのに、どうして僕はこんな事態になるまで彼女の好意に気付かなかったのか。もったいなすぎる。
でもマジでミステリーだよ。
蝶原さんがこんなに僕のことが好きだなんて。
そして――
僕は昨夜から決めていた。
僕の情報を打ち明けないと、やっぱり良くない。
「蝶原さん。もし違ったら恥ずかしいんだけれど。……残り時間って、この僕への好意が大きいほど、長いんじゃないかな」
え、と蝶原さんは言った。
僕は顔から火が出そうだった。
だってそうだろう。
僕の推論はあまりにナルシスト的だ。
間違っていたら切腹ものだ。でも――
「様子を見ていると、そうとしか思えないんだ。僕と知り合いじゃない生徒は瞬時に停止したし。……蝶原さん。違うなら違うと言ってくれ。もしかして蝶原さんは、
僕のことが、す――」
「吐きそう」:蝶原柚羽(32年7ヶ月16日7時間26分33秒)
「はい?」
「げ、げろ、げろげろげーろ」:蝶原柚羽(32年7ヶ月16日7時間26分17秒)
「ちょっと待った! いや待たなくても、どうせ誰も見てないけれど、でもえっと、バケツかなにか」
「ま、待って。げふっ。……大丈夫、立ち直ったわ。むしろいまのは冗談よ。蛙のモノマネよ。得意技なの」:蝶原柚羽(32年7ヶ月16日7時間25分36秒)
「嘘だあ。こんな一大事にモノマネを披露する蝶原さんなんて嫌だあ」
「ごめんなさい、嫌いにならないで! ……蛙のマネが得意なのは嘘よ。でも苦しくなったのは本当。だって橘君に見抜かれるなんて思わなかったから。私、……そうよ、私は――
橘君が好き。
ずっと。
ずっと、好きだったの……」:蝶原柚羽(33年1ヶ月6日14時間23分50秒)UP!
蝶原柚羽(36年11ヶ月14日1時間2分16秒)UP!
蝶原柚羽(38年3ヶ月9日1時間37分37秒)UP!
蝶原柚羽(45年2ヶ月15日20時間11分15秒)UP!
「……もう。……好きだって伝えたら、もっと好きになっていく。私いま、時間がどんどん延びてるのよね?」
「うん、すごく」
「あああぁぁ、もう、恥ずかしいよ……。恥ずかしい、でも、……好き……。橘君はどうなの? 聞かせて。あなたの答えを」
「……僕も好きだよ、蝶原さんのこと」
「……! あ、ぅ……」
蝶原さんは顔を赤くしながら、両手を顔の前で合わせた。
「初めて会ったときから好きだった。そのあと性格を知ってもっと好きになった」
真面目なところはかっこいいし、ちょっと抜けたところも可愛い。
「好きだよ、蝶原さんが」
蝶原柚羽(46年1ヶ月1日3時間1分5秒)UP!蝶原柚羽(47年8ヶ月20時間3分2秒)UP!蝶原柚羽(48年6ヶ月7日45秒)UP!蝶原柚羽(49年1ヶ月3日13時間7分5秒)UP!
「はうっ、はうっ! あ、ぅぅ……。あ、ありがとう。橘君……」
蝶原さんの残り時間アップは留まるところを知らない。
顔が赤くなりすぎて湯気が出ている。漫画みたいだ。
とにかく僕らはこうして両想いになった。
彼女ができた。
それもあの蝶原さんだ!
やったぜ!!
……それで?
思い上がりのようだけど。
僕にはちょっとした予感があった。
もし僕らが付き合ったら、この奇妙な世界は終わる。
そして学校が元の世界に戻ってハッピーエンド。そんな気がしていたんだ。
そんなことはなかった。
世界は相変わらず、停まったままだった。
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