第2話 謎の壁文字:無限に伸びていく蝶原さんの残り時間は愛の証明
翌日になった。
橋本が「あとは任せたぜ」と言いながら停止。
残った20人のうち、9人も停まってしまった。
僕に対して友好的な人ほど、生き残っている。
「蝶原さん。ふと思ったんだけど、もしも蝶原さんだけが20年ここで過ごしたら、君は36歳になるのかな」
体育館に敷いた布団の上に座ったまま、僕は尋ねる。
蝶原さんは、長い髪と共にかぶりを振った。
「精神はともかく、身体はいまのままね。この8日間、私は自分や他の人たちの髪や爪を観察したけれど、まるで伸びても汚れてもいない。私たちの肉体は8日前――あの壁が出来た瞬間を基準に、まったく変化しないみたい。
学食の食べ物も、1日経ったら食べた分が元通りになっていた。午前0時ですべてがリセットされるみたい」:蝶原柚羽(27年12ヶ月14日16時間32分4秒)
「さすが蝶原さんだ。髪や爪の長さでそれを見抜くなんて、凄いな」
「なに言ってるの。褒めたってなにも出ないわよ。まったく口のうまい――あっ、また時間が延びた!? ど、どうして……」:蝶原柚羽(28年3ヶ月21日1時間2分14秒)UP!
壁についた鏡を見て、蝶原さんはまた慌てる。
数字は逆さまだが、残り時間がアップしたのは分かった。
蝶原さん、落ち着いて見えるが残り時間は正直だな。
しかし、なぜ彼女は僕が好きなんだろう。
僕は見た目だって大したことないし、勉強だって並だし。
そのとき梨華がやってきた。
「陵太、ちょっと来て。グッドニュース~」:川辺梨華(2日13時間9分24秒)
なんだろうと思って、僕と蝶原さんは彼女についていく。
体育館の外に出た。
生徒たちが多数停止している校庭を小走りに抜ける。
学校の外には出られないはずだが、と思っていると。
「じゃーん。梨華、大発見~。校門の隅にある金網が破れていました。この破れをくぐっていくと――ほら、学校隣のコンビニに入れます~!」:川辺梨華(2日13時間2分31秒)
おお……と、僕と蝶原さんは喜んだ。
コンビニと、その前にある駐車場部分には確かに行けた。
駐車場から外に出ることはできない。
やはり灰色の壁がある。
しかしコンビニが使えるのは大きい。
「ナイスだ、梨華。大手柄だよ」
「へっへっへ~、梨華に感謝しなさい。元に戻ったらパフェ10回オゴリね」:川辺梨華(2日13時間26分18秒)UP!
「ああ、奢る奢る。やったぜ。アイスが食べたかったんだ」
しかもこの世界は、1日ですべてがリセットの世界だからね。
なにを飲んでも食べても、元通りだから罪悪感ナッシングだ。
こんなことだから、時間が停まっている間に嫌いなやつの顔に落書きでもしてやろうと思うときもあるが、蝶原さんにバレたら失望されそうなのでやめておく。
とにかく僕はアイスコーナーに向かう。
すると蝶原さんが隣に来て、
「川辺さんと仲がいいのね」:蝶原柚羽(28年3ヶ月21日50分2秒)
「あ、うん、まあ幼馴染だから」
「可愛いもんね」:蝶原柚羽(28年3ヶ月24日1時間49分52秒)UP!
「まあ、うん……」
「ポニーテール、似合ってるものね」:蝶原柚羽(28年3ヶ月26日3時間12分3秒)UP!
「梨華は小学生の頃からあの髪型だよ。トレードマークってやつ」
「小学生のときから見てるのね」:蝶原柚羽(28年3ヶ月29日3時間2分7秒)UP!
「いや、まあ……」
なぜこの流れで残り時間が増える?
なお、蝶原さんは顔を伏せている上に長い髪に隠されているため、その表情は見えな――うわっ!
すっくと立ち上がった蝶原さんは、顔を真っ赤にしながらプルプルと震えていて。
「負けない。絶対に負けないんだから。私のほうが絶対に、――君のこと、すき……」:蝶原柚羽(28年7ヶ月21日1時間9分16秒)UP!
いちおう名前のところだけは聞こえにくかった。
でも誰のことを言っているのかモロバレだよ、蝶原さん。
「ねえねえ、凄いよ。チキンが熱々のままで――え、また時間延びてる!? 蝶原さんなんで!?」:川辺梨華(2日13時間5分2秒)
「え、また私、延びてるの? どうして。心当たりなんかないのに!」:蝶原柚羽(28年7ヶ月21日1時間8分43秒)
「めっちゃ延びてるよ~! どうするの? このままじゃ陵太と二人きりになっちゃうよ~? この世界のアダムとイブになっちゃうじゃん!」:川辺梨華(2日13時間4分30秒)
「アダムとイブ……
私と橘くん、が……?
…………
……………………」
蝶原柚羽(28年7ヶ月21日1時間7分2秒)
蝶原柚羽(29年2ヶ月13日6時間16分33秒)UP!
蝶原柚羽(29年11ヶ月3日17時間33分49秒)UP!
「増えてる増えてる! マリオの無限1UPかってくらい増えてるよ~! 蝶原さ~ん!」:川辺梨華(2日13時間3分32秒)
「どうしてなの!? 私、なにもしてないのに。無限!? 無限に増えていくの? 私の残り時間!」:蝶原柚羽(29年11ヶ月3日17時間33分1秒)
またも顔を真っ赤にしながら慌てふためく蝶原さん。世界創世の妄想だけで好感度が上がるとか、どれだけ。でもやっぱり嬉しいかな。
とにかく僕らはコンビニで食料や日用品を入手すると、学校に戻ろうとした。
だがそのとき僕は目の前の壁に、うっすらと文字が書かれてあることに気付いた。
【Αυτό είναι ένα κόλπο του Θεού και ο κόσμος θα επιστρέψει στην κανονικότητα του χρόνου.】
「なんだ、これ。何語?」
「分からないけれど、この文字を解読したら世界の謎が解けそうね。……橘君、よく気が付いてくれたわ。あっ、だからって別に私があなたに特別に好意を抱いているとかそういうわけじゃないんだからね。そ、そこは勘違いしないでよねっ!」:蝶原柚羽(30年2ヶ月9日1時間8分17秒)UP!
蝶原さんは実にチョロ原さんだった。
なんてことを考えている場合でもなく。
2日後の夜、梨華の時間も停止。
学校にはついに、僕と蝶原さんだけが残った。
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