それは人類史上最長の学園溺愛ラブコメディ

須崎正太郎

第1話 時間停止!:でも僕への好感度が高いと動ける世界で、片想い相手の蝶原さんは

「改めて、現状を確認しよう」


 1年A組の教室で僕は言った。


「僕らの学校は、外の世界から隔絶されている」


「そうだな。そして校内にいる関係者は、この頭上に表示された時間分しか動けねえ」:橋本悠真(8時間27分16秒)


「残り時間、どんな基準で決まってるんだろうね~。サッカー部の人たちなんてあっという間に停まったけど」:川辺梨華(3日5時間19分33秒)


 僕ら3人は、落ち着いた声で話し合う。

 学校と外界の間に、灰色の壁がそびえ立ってから7日が経った。


 壁ができた瞬間、ほとんどの生徒はピタリと活動を止め、瞬きさえしなくなった。

 だが不思議なことに、A組の生徒だけは頭上に残り時間が表示されてしばらくは動けたのだ。

 時間が切れた人から、停まっていったけれども。


 残り時間の基準は、幼馴染の梨華が言ったように不明だ。

 と言いたいところだけど、実は僕は基準の秘密に気が付いていた。




 どうやら残り時間は、僕に対する好意が高いほど多いらしい。




「運動神経があるほど残り時間が少ねえのかな」:橋本悠真(8時間25分29秒)


「え~、そうかな? 梨華はこれでも体育4なんだけど。ん~、分からん! 陵太りょうたはどう思う?」:川辺梨華(3日5時間17分36秒)


 梨華に聞かれたが、まさか『僕を好きな人ほど長く動けるらしいよ!』なんて言えるはずもなく、「さあ」と言って首をひねる。


「モンちゃん、モンちゃーん! ……ねえ、モンちゃんまで停まったんですけど!? ねえねえ、アンタたちさあ、なんでそんなに余裕かましてんの!?」:柴田夢姫(15分53秒)


 ギャルの柴田さんは友達が停まったことで涙目だ。


「余裕なんかないけれどさ、焦ってもどうにもなんないから。それに~――」:川辺梨華(3日5時間16分42秒)


「それに、何!? いいね、残り3日もある人は。ウチなんてあと15分で終わりよ!? どうなるん、ウチらみんな、どうなるん!?」:柴田夢姫(15分11秒)


 そのときだった。


「冷静になりなさい、柴田さん」


 黒髪ロングに、やや青みがかった瞳をした女の子が教室に入ってきた。

 蝶原柚羽ちょうはらゆずは――クールな性格で、我がA組の級長を務める才媛であり、学校の誰もが認めるS級美少女が、歌手のごときソプラノボイスで――


「私が必ずこの時間停止の謎を解いて、みんなを救ってみせるから」:蝶原柚羽(27年8ヶ月21日23時間5分17秒)


 27年て。

 最初見たときは驚いたよ。

 本人もさすがに驚愕したらしいよ。


 僕も、自分への好意が残り時間なんじゃないかと気付いたときには、まさかと思った。


 だって、あの蝶原さんが。

 正直、入学式のときから気になっていた蝶原さんが。

 クラスではモブ同然で、地味男子な僕なんかを好きかも、なんて。


「そして安心して。川辺さん達にはもう話したけれど、停まった人は死んではいないの。測ったら体温もあるし心臓も動いている。ただ純粋に時間停止しているだけ」:蝶原柚羽(27年8ヶ月21日23時間4分51秒)


「そうそう。死ぬわけじゃないならなんとかなるかな~って、梨華、思っちゃって」:川辺梨華(3日5時間13分59秒)


「停まるのも嫌だよ、怖いよ! お願いだよ級長、ウチらを助けて。マジで救ってよね!?」:柴田夢姫(13分52秒)


「落ち着きなよ、柴田さん。水でも飲む? もち、新品だけど」


「橘のくせに気が利く! むかつく! 飲む!」


 飲むんかい。

 柴田さんは僕が差し出したミネラルウォーターを一気飲みした。


「大丈夫だよ、夢姫。蝶原さんは頭がいいから。ねえ、陵太もそう思うよね?」:川辺梨華(3日5時間14分1秒)


「あ。……うん、そうだね……」


 と、特に考えもなしに言うと、



 かあぁぁぁ……。



 分かりやすいくらい、顔を赤くした蝶原さんが。


「べ、別に橘君に頭がいいと言われても、嬉しいわけじゃないけれど! けれど! そこまで言われるなら、……頑張るわ……!」:蝶原柚羽(27年11ヶ月27日21時間14分22秒)UP!


 これである。

 僕への好意が増えると残り時間が延びる。


 蝶原さんはこの7日間、些細なことで延びている。僕がちょっと褒めただけで延びる。セリフとは裏腹に心の中では喜んでいるのが分かってしまう。


 蝶原さんはクールに見えて、その実はいわゆるチョロインだったのだ。


「蝶原さんの残り時間がまた上がった!? くっそ、マジ基準わかんねぇ!」:橋本悠真(8時間21分12秒)


「羨ましいし! っていうか級長、橘なんかよりもウチの期待に応えてよ!」:柴田夢姫(2分4秒)DOWN…


「夢姫の時間が減った! 大丈夫だよ、夢姫。死なないから~。停まっても助けるからね。絶対に、絶対――」:川辺梨華(3日5時間12分40秒)


「やだやだ、停まりたくない! 停まり」:柴田夢姫(9秒)


 柴田さんの頭上が『0』になり、ピタリ。

 彼女の時間は停止した。


「……これで生き残りは私たちを入れて、あと20人ね。早く解決しなくちゃ」:蝶原柚羽(27年11ヶ月27日21時間13分49秒)


「そうだな。このまま来週になったら、動けるのは橘と蝶原だけになるぜ」:橋本悠真(8時間20分1秒)


「……だね」


 僕は窓ガラスに映りこんだ自分を見た。



 橘陵太(21日16時間15分7秒)



 絶妙な残り時間。

 長いんだか、短いんだか。

 正直、自分のことはそんなに好きじゃないんだけど。

 それでも自分は自分。本能的に大切にしようと思っているのかな。


 ただひとつ言えること。

 蝶原さんって僕自身より僕のことが好きなんだな。

 それも何十倍も。


 マジかよ、と言いたくなる。

 だって、あのS級美少女・蝶原さんだよ?

 それが僕のことを27年分も好きだなんて、そんなこと――


「そう、そうね。このままだと学校に残るのは私と橘くんの二人だけ。二人きり……。なにが起こるのかしら。学校に二人きりだなんてそんなこと……やだ。私、なにを口走っているのかしら!? あっ、また時間が延びた。どういうこと!? もう、もう、もうもうもう、どうして……!」:蝶原柚羽(27年12ヶ月15日8時間1分6秒)UP!


 また残り時間が延びた。

 照れてる姿が可愛い。


 でもそれはそれとして。

 蝶原さんは実にチョロインなのだと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る